【中国ウオッチ】習主席迷走の謎◇1強体制下で軍が大混乱:時事ドットコム
「反腐敗」を口実とする中国軍内の権力闘争は、中央軍事委員会主席を兼ねる習近平国家主席(共産党総書記)が行き当たりばったりの対応を重ねた結果、軍主要機関・部隊首脳の大半が失脚するという前代未聞の事態を招いた。制服組トップを含む一連の大粛清は、1989年の天安門事件以後で最大の政変となった。10年以上かけて1強体制を固めたはずの習氏がなぜ、これほど迷走して大混乱となったのか。その行動には謎が残る。(時事通信解説委員 西村哲也)
中国共産党政権では通常、党中央の決定に基づいて、ある高官が不正容疑で調べられていることが発表されると、関連機関が「党中央の決定を断固として擁護する」と表明する。1月24日に不正調査が発表された中央軍事委員会の張又侠筆頭副主席(制服組トップ)についても、軍機関紙の解放軍報が直ちに党中央の決定擁護を全軍に呼び掛けたが、これまでのところ、呼応した機関・部隊は一つもない。習氏の盟友だった張氏の粛清がいかに衝撃的だったかが分かる。
習氏が総書記として異例の3期目に入った第20回党大会(2022年)で発足した今期の中央軍事委指導部は、習氏の西北地方人脈に連なる張氏と習氏側近グループである福建閥の中核だった政治工作部の苗華主任(当時)の2人を支柱としていた。
習氏と張氏の父親は革命時代に軍事指導者として共に西北で活動した戦友で、張氏は習政権1期目(12~17年)から中央軍事委員として習氏を支えた。苗氏は、習氏が若い頃に勤務した福建省の部隊(旧第31集団軍)出身。17年から中央軍事委で人事を担う政治工作部主任(中央軍事委員)を務め、軍における習氏の代理人のような存在だった。
張氏は第20回党大会の時点で70歳を超えていたのに、慣例に反して引退せず、軍人の最高位に昇進した。一方、もう一人の中央軍事委副主席になると思われた苗氏はなぜか昇格できず、代わりに福建閥の後輩である何衛東氏が同副主席に大抜てきされた。何氏は党中央委メンバーではない一般党員で、党大会代表(代議員)ですらなかった。
習氏が張氏に遠慮して、最側近の苗氏を昇格させなかったかのような人事となり、苗氏には不満が残ったと思われる。
粛清の矛先が二転三転
翌23年夏から軍の大粛清が始まり、張氏に近い李尚福国防相(中央軍事委員)が解任されて、苗氏が海軍政治委員だった頃の部下が後任となった。苗氏の策略だったようだが、24年秋になると、張氏側が巻き返し、苗氏は停職処分に。その後、何氏を含め、苗氏人脈の軍高官が大量に失脚した。
軍高官の処分はすべて、軍の最高指導者である習氏の承認を要する。習氏は当初、苗氏ら側近グループを支持して張氏側の要人を打倒しておきながら、風向きが変わると、張氏側の意向に沿って側近グループを徹底的に粛清する処分を認めた。
軍内の勢力バランスを取るため、側近グループの一部を切るのならまだしも、なぜ根絶やしにするような処分に踏み切ったのか。その結果、軍内の政治的均衡は崩れ、張氏の勢力が肥大化。切羽詰まった習氏は結局、今年1月に奇襲攻撃のようなやり方で張氏も粛清し、軍指導部がほとんど空になるという異常な状況となった。
75歳と高齢の張氏は来年の第21回党大会で引退するのが確実だったのにもかかわらず、習氏があえて打倒に踏み切ったのは、多くの中国政治ウオッチャーにとって、意外な展開だった。制服組の1強となった張氏を政治的脅威だと感じた可能性があるが、そもそも、習氏の無計画な粛清人事が招いたことである。
個人独裁追求を優先
以上の経緯から、習氏が「強い軍隊になれ」という掛け声とは裏腹に、実際には軍事力強化よりも自分個人の権威維持を重んじていることがはっきりした。しかも、四苦八苦しながら、その場しのぎの強権発動を重ねるので、混乱が広がるばかりだ。
当初7人いた今期の中央軍事委は、文官の習氏と政治工作部門出身の委員の2人だけに減って、作戦指揮に通じた委員は皆無になった。中国が台湾だけでなく、東・南シナ海を挟んで日本やフィリピンとも対立し、米国のトランプ政権は台湾への武器大量売却を決めるという状況なのに、習氏の行動には軍事的緊張感が感じられない。
ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によれば、中国主要兵器メーカーの売り上げは24年に減少したという。軍の粛清が多くの関連企業の経営陣にまで及んでいるため、兵器の開発・供給に支障が出ているようだ。
政権や国家全体の利益よりも自分の個人独裁追求を優先するスタンスは、国内経済・社会に大打撃を与えたゼロコロナ政策や民営企業たたきと共通している。
また、習氏と軍人たちの溝も決定的になった。権力闘争に勝ち負けがあるのはやむを得ないことだが、習政権3期目の軍粛清では、習氏にどんなに近くても、どの勢力に属していても、失脚を免れなかった。軍人たちは生きた心地がしないだろう。
軍内で威信が高かった張氏まで切り捨てたことで、軍の立て直しは難度を増したが、習氏は今後、空席になった多くの重要ポストを一つ一つ埋めていかねばならない。上将(大将に相当)のほとんどは既に失脚。中将以下も張氏や苗氏が引き上げた幹部が多く、軍再建の人事は容易ではなかろう。
党内で習氏の指導力に懸念も
日本では習1強盤石説が多いので、ここで海外識者の厳しい意見を紹介しよう。
台湾の政治大学国際関係研究センターは1月30日、中国軍粛清に関する座談会を開催。中央通信社電によると、参加した専門家は「軍上層部人事の波乱は軍や党のエリートの不満を招き、それは習近平の威信を損なうだろう」「これから起用する軍人は習との関係が薄く、彼はどんどん孤立していく」「習近平は幹部の『寝そべり』(不作為)という問題に直面する」といった見解を示した。
また、かつて米国家安全保障会議(NSC)や中央情報局(CIA)の幹部として中国などを担当したジョージタウン大のデニス・ワイルダー教授は同日の英紙フィナンシャル・タイムズに寄稿した論文で次のように指摘した。
一、張氏ら軍高官の粛清は、腐敗や能力不足のため習氏が排除しただけだという見方は危険なほど誤っている。そのような見方は、中国の政治体制で最も強力な機関である共産党とそれに次ぐ軍の間の緊張が不可避であることを見逃している。
一、習氏は、張氏が次は自分を(権力闘争の)ターゲットにする、もしくは、自分の4選を阻止しようとする可能性があると考えたのかもしれない。
一、いずれにせよ、張氏の失脚により、党のエリートたちの間で習氏の判断力や指導力に対する懸念が生じる恐れがある。彼らは、習氏に後継者指名やより若い指導者との権力分担を求める可能性がある。
一、習氏はこれまで、鉄拳で中国を統治してきた。しかし、張氏の粛清はやり過ぎだったかもしれない。
要するに、ワイルダー教授は「1強が絶対的権力を持つとは限らない」と言いたいのだろう。
なお、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは1月25日、張氏が中国の核兵器に関する機密情報を米国に漏らしていたとの説を報じたが、中国では激しい権力闘争があるたびに負け組を裏切り者呼ばわりするうわさが流されており、この説も同様の情報操作だと思われる。
(2026年2月11日)