トランプ関税にいら立ちと無力感-通関業者と輸入会社のビジネス一変
米国の海産物専門通関業者ニューヨーク・カスタムズ・ブローカーズのジョナサン・リーバーマン社長はオフィスにある冷凍エビの箱を前にし、次第に落ち着かなくなってきている。
重さ75ポンド(約34キログラム)のこの箱を、ジョージア州へ向け発送する準備を午後2時までに終えなければならない。インドからやって来たエビの9000マイル(約1万4500キロメートル)に及ぶ旅の最終段階だ。
リーバーマン氏(37)は中身を調べ、重さを量り、温度を確認し、ドライアイスを補充し、通関書類を完成させる必要がある。「このエビは長い旅をしてきた」と言いながら、段ボール箱を軽くたたいた。「チェンナイからはるばるここまで来た」と言う。
冷凍され、洗浄済みのこのエビは「リトペナエウス属バンナメ」という種類で、25セント硬貨ほどの大きさ。関税分類番号(HSコード)は「0306.17.0041」だ。
エビには、加熱済みか、殻をむいてあるか、背ワタが取ってあるか、缶詰か瓶詰か、ソースかペーストか、頭があるかどうかなどによって、数十種類もの関税コードが存在する。リーバーマン氏は、それらの大半をそらで言えるほど精通している。
通関業者は比較的控えめな料金(通常1件80-300ドル=約1万2000-4万5000円)で、米国に毎日輸入される何百万もの商品の案内役となる。刻々と変わる規制や変動する関税率、大統領令が入り組む通関の迷路を通して、商品を無事に目的地まで導くのだ。
今は複雑で厄介になってしまったこの仕事も、かつてはもっとシンプルだったとリーバーマン氏は振り返る。同氏は父親からこの事業を継いだ。
もちろん、時には突発的な事態にも見舞われた。書類の不備でワニ肉のコンテナをオーストラリアに送り返したこともあった。それでもほとんどの日の夜は、妻と幼い子ども2人と夕食を囲むことができていた。
自由貿易
数十年続いてきた貿易協定とグローバル化の進展により、海外から米国に入る大半の産品は、非常に低い関税か無関税の状態が続き、手慣れた政府職員が通関を支えてきた。
アメリカン大学のエコノミストで世界貿易機関(WTO)のチーフエコノミストを務めたロバート・クープマン氏は、「他の先進国市場と比べると、米国の規制はかなり緩やかだ」と指摘。より質の高い、より安価な製品を米国の消費者がより多く手に入れられたのは「米国にとって大きな利点だった」と話す。
第二次世界大戦が終わると、ほとんどの国は一貫して自由貿易に向け進んできた。こうした体制下では、エビのような比較的安価な商品でも、何千キロも離れた需要の高い地域へ利益を上げながら輸送することが可能となる。貿易は拡大し、企業は増え、各国の経済は潤った。
一方で、この体制の恩恵にあずからなかった米国内の労働者や地域も多かった。そうした働き手や住民らが2016年と24年の大統領選でドナルド・トランプ氏を強く支持した。
トランプ氏は貿易政策の転換を掲げて選挙戦に臨み、今年1月に2期目が始まると程なくして、対米貿易黒字が大きい国々を対象にした輸入関税を次々と発表した。
大統領に返り咲いたトランプ氏は、大規模な関税措置を発表した4月2日を「解放の日」と呼び、「米国の産業が再び生まれ変わった日として永遠に記憶される」日になるとスピーチした。
だが、誰もが歓迎したわけではない。イリノイ州ノースブルックに本社を置く海産物輸入会社センシーは、古くからのリーバーマン氏の顧客だ。
同社はレストランや食料品店にエビやその他の海産物を供給。ここ45年間で着実に成長してきたが、4月以降に状況が一変した。中国からの輸入を含め多くのオーダーを一時停止している。
センシーのネイト・トーチ共同社長は「コストが分からないままで、どうやってビジネスをやれと言うんだ」と嘆く。
一般的に関税を支払っているのはセンシーをはじめとする米国内の輸入業者で、中国などの貿易相手に負担を求めるというトランプ氏の主張とは逆だ。エビのような安価な商品では、10%の関税で利益が吹き飛んでしまうこともある。
料金上乗せ
解放の日以後、リーバーマン氏の電話は鳴りっぱなしだ。夜明けから深夜まで15分刻みで顧客と話し、ベッドの中でも通信アプリ「ワッツアップ」で質問に答える日々が続いた。
同氏は何十年も付き合いのある顧客が「皆おびえている」と語る。「大統領の考えていることが読めたらなあ。水晶玉があればいいのに」とずっと言っていたという。
そしてリーバーマン氏はいら立ちと無力感を覚え、アマゾン・ドット・コムで運勢を占うおもちゃ「マジック8ボール」を注文した。
「これでもう、マジック8ボールに尋ねればいい」と言いながら、机に座ったままボールを振り、ボールの小窓に現れたメッセージを読み上げだ。そして、「答えがあいまいだな、もう一度だ。でも、なかなかいいじゃないか」と笑いながら言った。
トランプ氏は1月の大統領就任以降、関税に関して50件以上の発表を行っている。週2回以上のペースだ。そのため、リーバーマン氏のチームは連日連夜、書類の更新や米税関・国境警備局(CBP)からの通知の検証や、影響を受けそうな顧客への連絡に追われている。
この追加業務の影響で、リーバーマン氏は通常料金に加え、1件当たり5-20ドルの追加料金を請求するようになった。また、通関業者への需要も急増している。
米税関のウェブサイトによると、現在米国内には約1万4500人の有資格通関士がいる。しかしその数を増やすのは容易ではない。資格試験の合格率は20%未満だ。
試験対象となる参考書は数千ページにも及ぶ。リーバーマン氏はそれらを製本した分厚い冊子を、事務所の片隅に置かれた金属製のしっかりしたスタンドに立てかけている。
リーバーマン氏は2回目の受験でこの択一式試験に合格したが、今でも間違えた問題の一つを覚えているという。通関士試験は年2回しか実施されないため、業界の人手不足は当面解消されそうにない。
クープマン氏はこうした状況について、「経済の歯車に砂をまくようなものだ」と述べる。「摩擦が生じ、動きが鈍くなり、摩耗が激しくなるだけ」というのがその理由だ。
輸入断念
ニューヨーク・カスタムズ・ブローカーズでは、リーバーマン氏がエビの検査とドライアイスの補充を終え、荷造りを済ませていた。あとはフェデックスの集荷を待つばかりだ。そして、最後の作業として、関税の計算に取りかかった。
インド産のエビ75ポンド分の評価額は55ドル。輸入時点でのインド製品への関税率は10%で、関税は5.50ドルとなった。だが、関税率は毎日のように変わっている。
「今回は大した額じゃない」とリーバーマン氏は言うが、評価額100万ドル近い3万5000ポンドのロブスターテールを積んだコンテナには、およそ10万ドルの関税がかかった。
こうしたコスト増により、輸入を見合わせる企業も出てきている。「海産物の輸入を完全にやめてしまった企業が、ここ数カ月で3、4社ある。今はもう採算が取れないと判断したためだ」とリーバーマン氏は話す。
そして、今後輸入される海産物の価格は確実に上がり、需要の減少を招くと考えていると話した。
同氏のビジネスにとって、それはコストの増大と利益の縮小を意味する。そのため海産物から手を引き、酒類やバナナのような関税に耐えやすい高利益商品の取り扱いへの転換も検討している。
「マジック8ボールを振って、未来を読もうとしている」が、「結局のところ、うまくいくことを願うしかない」と打ち明けた。
(原文は「ブルームバーグ・ビジネスウィーク」誌に掲載)
原題:Customs Broker Was a Low-Stress Job. Not in the Age of Tariffs (抜粋)