焦点:スパイ昆虫ロボやAI戦車、ドイツがけん引する欧州兵器開発

 欧州で最も企業価値の高い防衛系スタートアップである独ヘルシングの共同創業者グンドベルト・シェルフ氏にとって、ロシアによるウクライナ侵攻はすべてを一変させた出来事だった。写真はピストリウス国防相。独エルディングで22日撮影(2025年 ロイター/Angelika Warmuth)

[ミュンヘン/ベルリン/フランクフルト 23日 ロイター] - 欧州で最も企業価値の高い防衛系スタートアップである独ヘルシングの共同創業者グンドベルト・シェルフ氏にとって、ロシアによるウクライナ侵攻はすべてを一変させた出来事だった。

4年前に軍事用ドローンや戦場AIを開発する同社を設立した際、シェルフ氏は投資を呼び込むために奔走しなければならなかった。しかし今や、資金は問題ではなくなった。ミュンヘンを拠点とするヘルシングは先月の資金調達で評価額を2倍以上に伸ばし、120億ドル(約1兆7500億円)に到達した。

「今年、欧州は数十年ぶりに防衛技術への投資額で米国を上回った」とシェルフ氏は語る。

元マッキンゼーのパートナーでもあるシェルフ氏は、欧州の防衛分野が、第二次世界大戦中に米国が核兵器を開発した「マンハッタン計画」に匹敵するような技術革新の転換点にあるとの見方を示す。「欧州はようやく防衛と向き合い始めた」という。

ロイターは、ドイツが欧州最大の経済大国として大陸再軍備の中心的役割を果たそうとしている現状を探るため、経営者、投資家、政策担当者ら約24人に取材した。

ドイツのメルツ首相率いる政権は、防衛計画の要としてAIやスタートアップ技術を重視しており、スタートアップ企業が軍上層部と直接つながるための煩雑な手続きを大幅に簡素化していると関係者は語る。

ナチス時代が残したトラウマや戦後の強い平和主義の影響で、ドイツは長年、米国の安全保障の庇護下で比較的小規模かつ慎重な防衛産業を維持してきた。ビジネスモデルもリスク回避志向が強く、破壊的イノベーションよりも段階的な改善を重視してきた。

しかし米国の軍事支援が不透明になる中、ウクライナ支援の主要国であるドイツは、2029年までに通常の防衛予算をほぼ3倍の1620億ユーロ(約27兆9000億円)に引き上げる計画だ。資金の多くは、戦争の様相を根本から変える技術開発にあてられる見通しだと関係筋は語っている。

ヘルシングは、AI搭載の戦車型ロボットや無人のミニ潜水艦、戦闘用スパイゴキブリなど、最先端技術を開発するドイツの防衛系スタートアップ企業の一つだ。「我々は欧州が『背骨』を取り戻す手助けをしたい」とシェルフ氏は語る。

こうした新興企業の一部は、防衛大手ラインメタル(RHMG.DE), opens new tabやヘンゾルト(HAGG.DE), opens new tabといった歴史ある大手企業と並び、政府への助言も行っている。大手は従来型システムの受注残が多いため、イノベーションを最優先しにくい状況だという。

メルツ内閣が23日に承認した新たな調達関連法案は、資金繰りに悩むスタートアップが入札に参加しやすいよう、前払いを可能にする内容だ。さらに、欧州連合(EU)域内の企業に入札を限定できる規定も盛り込まれた。

自律型ロボットメーカーARXロボティクス創業者兼CEOのマーク・ビートフェルト氏は、最近ピストリウス国防相と面会した際、政府内の考え方が変わったことを目の当たりにしたと語る。「国防相は『金がない、はもう言い訳にならない。資金はすでにある』と言った。まさに転機だった」

<変革をリードするドイツ>

トランプ米大統領が再び政界に復帰し、北大西洋条約機構(NATO)へのコミットメントを疑問視する発言を繰り返す中、ドイツは2029年までに国内総生産(GDP)比3.5%の防衛費とするNATO目標を達成すると表明した。これは欧州の多くの同盟国よりも速いペースだ。

政府当局者は、米企業に頼らず欧州独自の防衛産業を育成する必要性を強調している。しかしドイツや欧州で産業のチャンピオンを育てるハードルは高い。米国と異なり、欧州では市場が細分化され、調達基準もバラバラだ。

世界最大の軍事支出国である米国は、ロッキード・マーチンやRTXといった大手企業を擁し、衛星技術や戦闘機、精密誘導兵器など主要分野で優位に立つ。米政府は2015年から、シールドAIやドローンメーカーのアンドゥリル、データ解析企業パランティアといったスタートアップにも軍事契約の一部を与え、支援を始めた。

一方、欧州のスタートアップは最近までほとんど公的支援を受けられなかった。しかしアビエーション・ウイークの5月の分析によれば、今年の軍事調達支出は欧州の主要19カ国(トルコやウクライナを含む)が1801億ドル、米国が1756億ドルと、欧州が上回る見通しだ。ただし、米国の軍事費総額は依然として欧州を上回る。

ドイツ安全保障・防衛産業協会(BDSV)のアツポディエン代表は、軍の調達システムが既存サプライヤー向けに設計されており、新技術が求めるスピードに対応しにくい点が課題だと指摘する。

独国防省は声明で、調達の迅速化やスタートアップの取り込み強化を進め、新技術を速やかに軍に提供できるよう取り組むと述べた。

軍の調達当局トップ、リーニクエムデン氏は、ドローンやAIをドイツが今後開発すべき分野として挙げ、「これらが戦場にもたらす変化は、機関銃や戦車、飛行機の導入と同じくらい革命的だ」と語った。

<「スパイゴキブリ」の登場>

軍のイノベーションを促進する「サイバー・イノベーション・ハブ」を率いるスベン・バイツェネガー氏は、ウクライナでの戦争が社会の意識を変え、防衛産業で働くことへの偏見を薄めていると語る。「ロシアの侵攻以降、ドイツ社会は安全保障問題への新たな開かれた姿勢を持つようになった」

バイツェネガー氏によると、リンクトイン上での防衛技術のアイデアを持ち込む問い合わせは、2020年には週2─3件だったが、今では1日20─30件に増えている。

現在開発中のアイデアには、SFさながらのものもある。たとえば「スワーム・バイオタクティックス」のサイボーグ・ゴキブリは、小さなバックパックを装着し、カメラなどでリアルタイムのデータ収集が可能だ。電気刺激で人間が遠隔操作でき、敵の位置など、危険な環境での偵察情報をもたらすことを狙っている。

同社のシュテファン・ビルヘルムCEOは「我々のバイオロボットは生きた昆虫をベースに、神経刺激、センサー、安全な通信モジュールを搭載している。個別にも群れでも自律的に動かせる」と語る。

エネルギー価格高騰や輸出需要の鈍化、中国との競争で苦しむ4兆7500億ドル規模のドイツ経済は、過去2年で縮小した。軍事研究の拡大は経済刺激策にもなり得る。「強い防衛産業基盤イコール強い経済、イノベーションの加速、という発想に切り替えるべきだ」と、防衛系投資会社トーラス・キャピタルのフェダーレ氏は語る。

<「死の谷」からの脱却>

欧州投資家のリスク回避志向はこれまで、スタートアップに不利に働き、コストが高く売上が少ない初期段階、つまり「死の谷」を生き抜く資金調達が困難だった。

しかし、ウクライナ侵攻以降、欧州各国の防衛費増加が投資家の目を引きつけている。

ドイツは米国に次ぐウクライナへの軍事支援国となり、従来なら数年かかる発注も数カ月で決まり、スタートアップは現場で製品を迅速に試す機会を得ているという。

欧州防衛テックへのベンチャーキャピタル投資は24年に10億ドルと、22年の3億7300万ドルから急増し、今後さらに拡大が見込まれる。

また、自動車産業の低迷がドイツに生産能力の余剰をもたらしており、経済の基盤である中小企業にも波及している。

徘徊型兵器を製造するバイエルンのスタートアップDonaustahlのシュテファン・トゥマンCEOは、自動車業界の従業員から1日3-5件の応募があると話す。

「スタートアップに必要なのは、設計や試作を担う頭脳だ。そして、ドイツの中小企業が『筋肉』となる」

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Supantha leads the European Technology and Telecoms coverage, with a special focus on emerging technologies such as AI and 5G. He has been a journalist for about 18 years. He joined Reuters in 2006 and has covered a variety of beats ranging from financial sector to technology. He is based in Stockholm, Sweden. 

Chief correspondent covering political and general news in Germany with experience in Argentina and in Cuba leading Reuters’ broader Caribbean coverage.

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