ウクライナの若者たちが主張通す 汚職対策機関の独立性確保、ゼレンスキー氏が新法に署名し事態収拾
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ジャンナ・ベズピアトチュク、BBCウクライナ語(キーウ)
ウクライナの国会議員らが首都キーウで登院した7月31日、中には「私たちは国民と共にある」と書かれた段ボール製のプラカードを手にする議員もいた。
これは、反政府デモに参加した若者たちへのメッセージだった。ウクライナではこのところ、ロシアによる全面侵攻開始以来、最大規模の抗議が続いていた。若者たちはこの日も、大々的に街頭に繰り出していた。
議員らはその後、議会(ラーダ)に入り、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領が7月22日に成立させた新法を覆すための採決に臨んだ。内外で批判されたこの新法は、国家汚職対策局(NABU)と特別汚職対策検察庁(SAP)を検事総長の管理下に置き、その独立性を制限する内容だった。
議員たちが議会に入る際に掲げたプラカードは、全国の都市で1週間近く続いた若者たちの抗議行動で繰り返された合言葉に、反応してのものだった。
抗議者たちは、ゼレンスキー氏とその政権に対し、2つの汚職対策機関に「手を出すな」と要求し、政府が方針を転換するまで抗議を続けると訴えていた。
そして数日のうちに、政府は方針を転換したのだった。
ゼレンスキー氏が提出し、成立させた当初の新法は、重大な汚職事件を起訴するかどうか判断する権限を、NABUとSAPから取り上げ、大統領が任命する検事総長にその権限を移管する内容だった。
プラカードを掲げる抗議者たちにとって、ロシアとの戦争が国家の存亡に関わる事態だというのと同じくらい、NABUとSAPの独立性を守ることは、ヨーロッパの一部になるという自分たちの未来にとって、不可欠なことだった。
ウクライナ政府は2022年6月、欧州連合(EU)加盟候補国の地位を獲得したが、その条件として、汚職との闘いを信頼できる形で進めることが求められている。
ウクライナを支える西側諸国にとって(国際支援や資金提供プログラムを通じてウクライナに大金をつぎ込んでいる資金提供者や投資家たちも含め)、NABUとSAPの存在と独立性は、交渉の余地がない必須要件だ。
そして、戦争で壊滅的な打撃を受けているウクライナ経済にとって、外部からの財政支援は不可欠なのだ。
ウクライナの国会議員たちがゼレンスキー氏の法案を支持し可決したのは、わずか10日前のことだった。しかし7月31日には、331対0の圧倒的多数でその法律を撤回した。どちらの採決でも、議員らはゼレンスキー氏の指示に従っているように見えた。
ゼレンスキー氏はソーシャルメディアで、「ウクライナは民主主義国家だ——疑いの余地はない」と述べた。
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多くのウクライナ人は、ゼレンスキー氏の最近の決定の後ろには、側近アンドリー・イェルマーク氏の影響があると見ている。
イェルマーク氏は大統領府長官を務めているが、その職務は憲法で規定されておらず、権限の制限や監視もない。このような役職がウクライナの民主主義においてどのような役割を果たすべきなのか、疑問の声が上がっている。
民主主義を守り、ウクライナが欧州との統合へと進む道を守ること。これが、若者たちの抗議の原動力だった。若者たちの親や友人たちが前線で国を守っている中、若者たちは民主主義と国の未来を守ろうとしていた。
問題は解決されたと、議員たちは精一杯アピールした。しかし、今回の危機は、不快な余韻を残した。
ゼレンスキー氏が汚職対策改革についてどこまで真剣なのかが、疑問視されてしまったからだ。
汚職対策について妥協する姿勢を大統領が見せたことで、EUの信頼が大きく損なわれた可能性がある。
ゼレンスキー氏の周りにいる有力者の一部が捜査線上に上がり、一部の有力者が捜査もしくは訴追されるかもしれない事態になっている。このことが、NABUとSAPの独立性を政府が制限使用したのと関係しているのではないかと、そう結びつける意見もある。
加えて、経済犯罪を扱う主要機関「経済安全保障局」の新長官として、独立委員会が選出した候補者を、政府が拒否した直後での、ゼレンスキー氏の動きだったことも注目された。
独立委員会に指名された候補者オレクサンドル・ツィヴィンスキー氏は、大統領の管理下にあるウクライナ保安庁(SBU)の身元調査の結果、国家機密の閲覧権限を認められなかった。それが、政府が就任を拒否した理由だった。しかし、ツィヴィンスキー氏は高く評価される汚職対策の専門家で、選定委員会は依然として彼の任命を求めている。
こうしたさまざまな要素が重なり、ゼレンスキー政権にとって2019年の政権発足以来最大の権力危機の一つが、繰り広げられた。
ロシアとの全面戦争が始まって3年半がたった今、ゼレンスキー政権に今後も同じような失策が続けば、相当の代償が伴う可能性がある。
ウクライナ中央銀行の試算によると、来年の財政赤字は130億ドル(約1兆9000億円)に達する見込みだ。西側諸国の支援を失えば、ウクライナは戦争を続けられなくなる。
すでにEUは、ウクライナ政府が約束した改革を履行していないとして、財政支援の一部を削減している。
今回抗議し続けたウクライナの若者たちは、この現実を深く理解していたようだ。ロシアのドローンやミサイルで命を落とす危険が続く国に、あえて残ることにした若者たちだ。彼らはその祖国で、政府に異議を唱える覚悟があることを、今回身をもって示したのだ。