東京23区でも「クマ鈴」が必要に!?:時事ドットコム
連日ニュースで報じられるクマ被害。環境省の「クマの出没情報(速報値)」によると、今年度上半期(4~9月)の全国の通報件数などをまとめたクマの出没件数は2万792件。これは、2024年度同時期の1万5832件を大幅に上回っている。
それにしても、これほどクマが人々の生活圏に出没するようになったのは、いったいなぜなのだろうか。都会で見かける生き物たちのエピソードをまとめた『新 都市動物たちの事件簿』(佐々木洋著)から、一部を抜粋・編集して紹介する。
東京・町田市にクマが出没!
2023年10月23日、衝撃的なニュースが飛び込んできた。
私の住んでいる東京都町田市内でツキノワグマが目撃されたと、町田市が発表した
のだ。
町田市は2025年8月1日現在、人口43万574人の東京郊外の大きな市である。選挙シーズンになると各政党の代表がたいてい演説に訪れる政治的にも重要な拠点なのだ。とりわけJR横浜線と私鉄の小田急線の町田駅のあるあたりは「リトル新宿」と言ってもよいほどの大繁華街となっていて、買い物でも飲食でも、たいていの物は揃う街となっている。
このような場所とクマはイメージ的になかなか結びつかず、私のような住民でなくても、この市を知る人はみな驚いたに違いない。
町田市の発表によると、町田市相原町の青少年施設「ネイチャーファクトリー東京町田」の敷地内で、2023年10月18日の午前八時ごろ、登山道を散策していた人が、体長90センチメートルほどのツキノワグマ1頭を目撃したそうだ。クマは山中に逃げ、人的被害や農作物の被害は確認されていないとのことだ。
この場所には私も何度も行ったことがあるが、JR横浜線またはJR相模線の橋本駅から路線バスで30分強で着く、町田市民にとってとても身近なアウトドア施設だ。市内の幼稚園や保育園、小中学校が自然教室などで使ったり、ボーイスカウトのような団体がキャンプをしたり、子どもたちもよく利用する場所である。もちろん地元の人々の散策コースにもなっている。
ここにツキノワグマが出没するとなると、とても危険である。
人とクマの境界地「里山」の減少がもたらす影響
地域によってはとても希少な動物であるツキノワグマが、今、なぜ、東京都心部に近い場所によく姿を見せるようになったのだろうか。
まず、ハンターの高齢化や人数不足に加え、一時期個体数がだいぶ減ったため保護をするようになったので、多くの地域で増えているということが考えられる。日本のツキノワグマの数は、1960年代には約1万頭以下と推計されるが、2011年の環境省の生物多様性センターの報告書によると1万2297~1万9096頭だ。数字に大きな幅があることからもわかるように、正確な生息数は現在のところ不明だが、むかしに比べると増えていることは間違いない。
里山の減少がその大きな理由の一つだ。里山とは林業や農業など、人間の手がある程度入った、自然の比較的豊かな地域だ。
この地域がクマの主な生活圏と人間の主な生活圏の間に存在することにより、人間もクマの存在を、クマも人間の存在を知り、お互いにある程度の距離を保って生活できる。そのため、トラブルが生じにくいのだ。
しかし現代では里山という緩衝地帯がなくなる場合が多く、クマが多くすむ場所のすぐ隣に人間が多くすむことになったりして、出会いが増えてしまったのだ。
また、豊作と不作を繰り返すことの多いドングリなど、ツキノワグマの食べ物にもしばしば影響される。これらは、山で少ないときに町で多かったり、逆に山で多いときに、町で少ないこともあるというように地域差も生じる。このことがクマをあちこちに移動させる原因ともなるのだ。
住宅地にクマが来る、もう一つの意外な理由
私は、さらに、ここにもう一つの理由を加えたい。
それはイヌを屋外で飼うことが減ったということである。かつては、庭で、放し飼いにされたり、長いリードにつながれたイヌをよく見かけた。
そのため、郵便配達人が吠(ほ)えられたり、セールスマンが怖い思いをしたりしたものだ。
しかし、このごろは、都会ではもちろんのこと、山が近い場所に行っても、犬種の流行り廃りや、近所への迷惑を考え、室内で飼われているイヌがほとんどだ。近年の暑さからイヌを守るためもあるだろう。
人間よりも嗅覚がはるかに優れているイヌは、野生動物の接近を早い段階で吠えて知らせてくれる。
また、そのイヌの行動が野生動物の脅威となり、その場所を避けるようになることも多い。
体力的に多くのイヌより優れていると思われるツキノワグマであっても、たいてい無用なトラブルは嫌う。ただ近ごろは、庭のイヌを襲うクマも現れており、予断を許さない状況にはなっている。
東京23区内でクマ鈴を持ち歩く日
このツキノワグマが、東京23区内にやってくる可能性があると言ったら、信じられるであろうか。
しかし、その日は意外に近いかもしれないのだ。
ほとんどの野生哺乳類は、川沿いに大きく移動する。山と東京都心部をつなぐ多摩川や荒川なども生き物の「幹線道路」になっている。実際にニホンジカが板橋区や北区の河川敷に現れたり、イノシシが世田谷区で目撃されたりもしている。
このようにときどき大型獣がやってくることがあるということは、ツキノワグマも現れないとは言い切れないのだ。
もしかしたらすでに来ているが、気づかれていないだけなのかもしれない。
「世田谷区の河川敷で土手を散歩中にツキノワグマを目撃」とか「大田区の河川敷でボールを追いかけて薮やぶに入った少年がツキノワグマに出くわす」などというニュースがいつ流れてきてもおかしくないのだ。
もしそうなったら東京23区内で、クマ鈴をベルトやリュックサックにつけて歩く日がやってくるのかもしれない。
【著者プロフィール】
佐々木 洋(ささき・ひろし)
プロ・ナチュラリスト®。40年近くに渡り、自然解説活動を行っている。とくにホームグランドの東京都心部では、毎年200回ほど自然観察会を開催している。
NHKテレビ「ダーウィンが来た!」などに出演。『どうぶつのないしょ話』(雷鳥社)、『となりの「ミステリー生物」ずかん』(時事通信社)など著書多数。NHK大河ドラマ生物考証者、Yahoo!ニュース エキスパートコメンテーター。