Steamやitch.ioでの「ゲームへの表現規制」に関する現状と問題点を有識者に聞いてみた
2025年7月、あるニュースがインターネットを賑わせていた。
世界的な大手ゲーム販売プラットフォームであるSteamから成人向けゲームが数千タイトル以上削除され、さらに個人クリエイター向けのゲーム配布サイトであるitch.ioにおいても2万作以上の成人向け作品が検索結果から除外されるという出来事があったのだ。
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この事件においてSteamとitch.ioはともに「決済代行業者の影響」を明かしており、日本でも以前から話題になっていた「クレジットカード会社による表現規制ではないか」という声がゲーマーたちの間で囁かれることになる。さらには発端になったとされる権利団体まで現れ、複数の主張が入り混じっているという状況だ。
なぜ、ゲームは削除されたのか?
「表現規制」はなぜ起こるのか?
本誌でも今回の件についてはニュースとして記事化していたが、情報が錯綜気味で全体像を掴み切れていない方も多いと思う。そこで「結局のところ何が起きているのか?」という疑問をとある有識者にぶつけてみることにした。
その人物とは、元都議会議員の栗下善行氏だ。栗下氏はこれまで「表現の自由を守る」という立場から、性表現やゲームの規制に反対するという主張を行ってきた。
本誌においては、2020年にもJiniが栗下氏に香川県の「ネット・ゲーム依存症対策条例」に関する見解を聞いている。その縁もあって、ぜひ今回の件についてもお話を聞きたいと取材を申し込んだ次第だ。
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▲栗下善行氏今回の取材で明らかとなったのは、単なる表現規制に留まらない、クレジットカード会社をはじめとする巨大な民間企業をめぐる根本的な問題だ。
「理由も明かさず一方的に対応を迫られた結果、疑わしいものはすべて削除せざるを得なくなる。その結果、今回のような大量削除が起こる」のだと栗下氏は語る。さらに、それが「見えない」プロセスであるために、際限なく広がっていく危険性をはらんでいるのだという。
今回の件はゲーム、そして創作物を愛する我々ゲーマーにとって「知っておきたい話」であると思う。
読者の方々には、ぜひ本記事を参考に、自分自身で「何が正しいのか」「どうすればよいのか」を考えるきっかけにしていただければ幸いである。
目次
「クレジットカード会社による表現規制」の問題点とは
──本日はお忙しい中お時間を頂き、ありがとうございます。前回のインタビュー(2020年)から5年経ちましたが、栗下さんはXにて、昨今のSteamやitch.ioで取り沙汰された表現規制について指摘されていますよね。この種の問題には以前から関心があったのですか?
Steamへの規制の根拠とされた条文『MastercardRules5.12.7』ですが、全文は写真のような内容となっています。「明らかに不快で、重大な芸術的価値を欠く画像」など主観的な文言に「但しこれらされない」まで加わり、何でも適用可能でペナルティの内容まで書いてあるのに、先日「合法な購入は全て許可し… pic.twitter.com/5VdeuNyodN
— くりした善行 (Zenko)🇯🇵無所属/Anti-Censorship/コミティア153え40a (@zkurishi) August 4, 2025
栗下氏:「クレジットカードの関係で決済が停止される」というような話はこれまでもずっと追ってきていました。2022年くらいからですね。
これまでの例だとDLsiteなどをはじめ成人向けのマンガやアニメが対象となることが多かったのですが、2025年に入りSteamにおける規制が始まったことには、わたしも驚きました。こんなに大規模でゲームの領域に入ってきたというのはおそらく初めてのことでしょう。
──「クレジットカード会社による表現規制」という問題について、栗下さんは率直にどうお考えですか?
栗下氏:問題の争点はVisaやMastercardのような世界的なクレジットカード企業、あるいはGAFAと呼ばれるようなプラットフォーム企業が、国家さえコントロールが追い付かない絶大な権力を持ちながら、同時に民主主義的なプロセスを経ることなくその権力を濫用してしまうことですね。
ネット時代以前には、特に問題視された「表現規制」は国や自治体によるものが多かったんです。実際、そうした規制に対して疑問や懸念があれば、国会や議会で「これはおかしいぞ」と民意によってダイレクトに指摘することもできます。
しかし、民間企業が相手となると、そうはいかないんです。ネットが発達した結果「決済」がインフラに近いサービスとなり、その決済サービスを提供する民間企業(プラットフォーマー)の一存によって、コンテンツの表現が左右されてしまう。つまり国家ではなく民間企業によって「検閲」に近しいことが行われてしまっていると言えます。
この問題が、今年に入って世界的に利用者の多いSteamやitch.ioが規制の対象になったこともあり、海外でも「おかしいんじゃないか」という声が多く上がっていた印象ですね。
──海外でも話題ですよね。今までに海外でこのような事例はあったのでしょうか?
栗下氏:一番よく知られるきっかけになったのは、2020年のアダルトサイト「Pornhub」における一斉削除です。元々Pornhubではリベンジポルノなど同意のない性行為を撮影した動画が存在し、2020年前後には世界的にこの現実が明るみとなり、大きな問題となりました。
その際、そうした動画のアップロードを看過していたPornhubだけではなく、Pornhubにで決済サービスを提供していたVisaやMastercardも責任を追求され、同社はPornhubとの取引を停止しました。それ以前も、クレジットカード会社等による決済停止は一部で行われてきましたが、これをきっかけに性的なコンテンツに対する方針が目に見えて厳しくなってきているとされています。
──わたしもその経緯については知っており、率直に、当時(今も)インターネット上で多くの女性もしくは男性が性被害に遭っていることを鑑みるに、当然の対処であると思います。
栗下氏:はい。当然、私も実在の被害者のいる性的加害については決して許すべきではなく、政府や企業が毅然と対処するべきであると考えています。
ただ、実在する性被害の問題は、おおよそ世界中の法律によって規定されています。
一方、フィクションの場合、年齢は視覚的な表現に対する判断などは、主観的にならざるをえません。つまり明確に線引きができないし、そもそも創作上の架空の人物、いわゆる「非実在青少年」を規制の対象に含めるのが社会に有益なのか、は明らかになっていません。
そしてここが問題なんですが、実際のところクレジットカード会社の「真意」は誰にも分からないんですね。彼らは主義主張に関しては明言していないからです。
ただ、Visaの規約にもMastercardの規約にも「ブランドを守る」とか、「ブランドを貶めるようなものはダメだ」というようなことは書いてあります。彼らの表現規制に共通しているロジックはここです。つまり「自分たちのブランド価値を守るためにやっている」。「我々はフィクションも児童ポルノだと考えるから規制しているんだ」とさえ言わないわけですよ。
──何らかの主義主張を通すのではなく、あくまで民間企業として振舞っているということですよね。
栗下氏:おっしゃるとおりです。
ただし繰り返すように、VisaとMastercardは普通の民間企業とは違って世界で非常に大きなシェアを持っています。そのためプラットフォーマーにとっても、彼らの決済手段が使えなくなってしまうと、売上も利用率も下がってしまうのは明白なわけです。
ですから、コンテンツのプラットフォーム側からすれば「他のカード会社を使う」という選択肢は実質的に取ることができません。「圧倒的なシェアを背景に、理不尽な要求が行われている」というのは、海外の方々とも共通した認識だと思います。
「理由なくいきなり告げられる」規制のプロセス
──クレジットカード会社による販売店への要求は、具体的にどのような状況で行われるのでしょうか?
栗下氏:複数のプラットフォームの関係者の方から直接にお話をうかがいましたが、「もう来週からあなたのところでは使えません」という前提のお話が多かったそうです。それもVisaやMastercardから直接ではなく、仲介するアクワイアラや決済代行業者【※】から間接的に伝えられると。
そして、彼らの主張に共通しているのは「詳細な理由を言わない」ということです。「ダメだ」というだけで、何がどうしてダメなのかという説明をしないんです。
そのため、プラットフォーマーとしても、どのコンテンツが原因か分からないままに、1週間や2週間という非常に短いスパンで対応を迫られることになる。その結果、「疑わしきは罰する」ということで、プラットフォーマーはコンテンツを大量削除せざるを得なくなる。
※アクワイアラ、決済代行業者アクワイアラはカード会社からライセンスを受けて加盟店の管理などを行う企業。決済代行業者はアクワイアラと加盟店の間で契約や入金などを代行する業者を指す。
──理由を明かさずに突然対応を迫られると。確かに理不尽と言えますね。
栗下氏:そうですよね。そして、具体的な理由が分からないから、大きな萎縮効果が生まれるんです。
──今挙げていただいたように、この問題が起こった当初は日本の企業やコンテンツへの影響が大きかったと思います。日本への影響が目立つのは何故だと思いますか?
栗下氏:前提として、先ほど海外のアダルトサイトの事件を挙げたように、この問題は決して日本だけの話ではありません。ですがその中でなぜこんなに日本のケースが目立つのかというと、日本はイラストやマンガなどの2次元表現が盛んだからだと思います。
特にイラストに関しての感覚は人それぞれなところがあり、線引きが非常に曖昧です。とくに日本的なイラストは、西洋人の感性から見ると「これは成人じゃないだろう」というような判断がされがちです。こうした主観的な判断が表現規制につながっている部分もあると思います。
Steam騒動の背後にいた権利団体
──ここまでお話していただいたのは、クレジットカード会社と加盟店の2社間の話ですよね。栗下さんは「カード会社に圧力をかけている人たちがいる」ということも指摘されています。
栗下氏:今回のSteamの件で多くの人々が戦慄したのは、「Collective Shout」というオーストラリアの団体がクレジットカード会社に働きかけたことが大きな影響を及ぼしたとされる点です。
Collective Shoutのホームページには、今回のSteamやitch.ioでの騒動に至った時系列がまとめてあり、かなり詳しく経緯が書かれてあります。
まず、今年の3月に『No Mercy』というアダルトゲームが発売されて、これが非常に良くないという意見が団体に届きました。彼らによれば女性に暴行を加える表現が含まれているとされる作品です。
Collective Shoutによる反対署名や他方面からも批判があって、その結果、このゲームは一部で販売が停止されました。これ以降、Steamにはよくないゲームがたくさんあるという認識を持ったようです。
──『No Mercy』は過激な性暴力の描写によって非難されていた作品ですね。
栗下氏:彼らが問題視したのは性暴力や近親相姦を含むとするゲームで、これらの要素を含む作品を取り下げるようにというのが、Steamへの要求でした。Collective Shoutの支援者がSteamに3463通のメールを送ったそうですが、これは無視されたと書いてあります。
その後も彼らはSteamやValve社長のGabe Newell氏あてに問題のある作品の取り下げを求めるメールを送り続けましたが、Steam側は無視を続けていたそうです。
そこで彼らは決済業者に矛先を変えました。5月の下旬に、VisaやMastercard、JCBなどの会社あてに1067通のメールを送ったそうです。
その直後、1ヶ月ほどでSteamやitch.ioからゲームが大量に削除されました。しかも、当初に名指しされていたゲームは500本ほどだったのですが、結果的にitch.ioでは2万個近くのゲームが削除されることになりました。
この件でのポイントは、Collective Shoutのような表現規制派の団体が「プラットフォーマーに直接クレームするよりも、そこでの決裁手段を握るVisaやMastercardなどに訴えた方が早い」という、いわば「急所」を認識したということです。
──その団体のメールがきっかけである可能性が高いんですね。
栗下氏:騒動の始まりからではなく、メールを送った後に大量削除が起きているわけですから、時系列には直接の因果関係が疑われますよね。
それに今回の件ですごく特徴的なのは、この団体が普通なら隠すような詳細な経緯まで発表しているということです。
──「普通は隠すような部分まで発表している」という理由はどこにあるとお考えですか?
栗下氏:Collective Shoutは自分たちが「規制」「キャンセル」に追い込んだ事例を誇示しています。たとえば、ホームページ上で「去年は34勝しました」というような発表をしているんです。1勝というのは「1キャンセル」のこと。
その論法でいくと、今回のSteamとitch.ioの件では大量のキャンセルを実現したわけですから、彼らの視点で言うと大勝利になるわけです。それを成果としてアピールするために、このような発表をしているのでしょう。
逆に言えば、これまで水面下で行われてきた表現規制の推進手法が、彼ら自身のコメントによって明らかになったとも考えられますね。つまり、これまで分からなかったクレジットカード会社を動かす「きっかけ」が、見えたのかもしれないということです。
──その点で言うとDLsiteの件も、カード会社の判断とは別に、カード会社に働きかける何らかの動きが水面下であったのかもしれませんね。
栗下氏:その通りです。これまでの決済停止の件でも、Collective Shoutが発表したようなプロセスで行われたものがあってもおかしくはないと思います。
そしてゲーマーの方々を含め、多くの人が脅威に感じているのは、今回の件と同様にVisaやMastercardに働きかけることでキャンセルを狙う動きが、これから出てくるかもしれないという点です。同様の規制は今後増え続けていく可能性は十分にあります。
【クレジットカード会社等による検閲への反対署名】アニメ、マンガ、ゲームを含む創作文化と『表現の自由』を愛する皆様にお願いがあります。クレジットカード会社を始めとする決済関連事業者による表現内容への介入が、コンテンツ産業にとっての世界的な脅威となっています。特に先日では、活動家グル… pic.twitter.com/Y3qsBgstX2
— くりした善行 (Zenko)🇯🇵無所属/Anti-Censorship/コミティア153え40a (@zkurishi) August 1, 2025
「誰も責任を取らない」直接手を下さないという「見えない」図式
──今回の問題に関して栗下さん自身が特に疑念を抱いているポイントをお聞かせできますか?
栗下氏: 特に今回のSteamの問題に関して言うと、「誰も責任を取らない」ということですね。言い換えれば、規制の責任が見えづらいように分散されているんです。
実際、VisaやMastercardは「自分たちは直接やってない」と言うわけですよ。規約というルールを作っているのは彼らだけれど、実際にそれを守らせているのは彼らの下にいるアクワイアラや代行業者という図式です。
今の状況だと「結局のところ誰が悪いのか」という疑問への答えが非常に見えづらいんですよ。この「見えない」ということがクレカ規制の問題全体に通底していると思います。
構造が複雑なために、誰が何の目的で規制しているのかがはっきり分からない。これが一番の恐怖であり、問題の本質的なところだと思います。
──なるほど。今回の問題について「結局のところ何が起きているのか」が曖昧で、その状況を一度整理したい……というのが今回の取材の目的のひとつだったんですが、そもそも最初から「見えにくく」なっていたわけですね。
栗下氏:そうなんです。 もちろんゲームユーザーだったり、この問題にすごく関心の高い人たちはクレジットカード会社の責任をちゃんと認識して「これはどうなんだ」と声を上げています。
しかし、「見えにくくなっている」からこそ、多くの人たちはこの問題の脅威にそこまで気づけていないと思うんです。そういった人々の無関心につけこんで権力を維持しているというのは、健全ではないですよね。
ですが、そう思っていても我々は彼らのサービスを使わざるを得ないじゃないですか。冒頭でお話しした通り、現代ではクレカ決済はもはやインフラなわけですから。
そのような目線で見ると、「やっぱり競争相手がいる」ということが重要なのかもしれないですね。たとえばVisaやMastercardに「今回のような問題があるとシェアが落ちる」というような危機感があれば、ここまで強気の規制は行われないと思います。
──こうした問題を受けて、たとえば「表現に対する寛容さを売りにするクレジットカード会社」が出てくるのであれば、また状況が変わりそうです。
栗下氏: その点では、特に日本のコンテンツ産業を守るという観点を持った利便性と信頼性の高い決済手段があればと思います。
──JCBのように、日本発の決済手段にスポットが当たっていますよね。
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「フィクションの世界は別」表現規制に反対する立場としての意見
──栗下さんをはじめ、今回のような表現規制の動きに反発する声がある中で、具体的にどのような意見や主張がなされているのでしょうか?
栗下氏:やっぱり「表現規制の是非」という本質的なところですね。
表現規制反対派の人たちは、Collective Shoutのような団体が主張する「性暴力をなくしたい」といった目的と、表現規制の有無は結びつかない、話が別だろうと思っています。
──あまりにも当然のことですが、女性が不当な性被害や性的搾取に遭うことは栗下さんも問題だと思っているわけですよね。
栗下氏:はい、そこは明確に強調しておきたいですね。性暴力は撲滅されるべきです。表現規制反対派の人たちは、よくレッテル貼りをされますが、この点は一致しているかと思います。
ですが、手段が目的に適っているかどうかも、よく考えるべきなんです。フィクションに対する大規模かつ無差別な規制が、現実の性被害を防ぐのにどれほど効果があるのか。またそうした規制によって表現の自由が脅かされれば、クリエイターの創造性を阻害するだけではなく、何らかの権力に対する批評の余地を失うのではないか。……というのが私の懸念です。
もう一つ大きな問題としては、フィクションの表現に対する規制には際限がないんですよ。「あれがダメなら、これもダメ」と際限なく広がっていってしまう危険性が非常に高いんです。
性表現の他に、銃が登場するゲームによって銃犯罪が助長されるという批判がありましたが、その理屈でいえば警察や軍人が登場するゲームは作れなくなりますよね。
──表現規制に反対する動きと言えば、別の海外の大手ゲーム販売サイトであるGOGでは「Freedom to Buy Games」という、成人向け作品を無料配布するというキャンペーンも行われていました。
栗下氏: 「成人向けゲームを配布することで、表現規制反対を訴える」というキャンペーンですね。これには1日に100万件以上と、たくさんの支持が寄せられていました。告知のXポストにも応援のコメントが多く寄せられていましたね。
GOGも多分ユーザーから見えないところで規制圧力を受け続けてきて、今回の件を契機にユーザーに関心を持ってもらいたいという意図があったんだと思います。実際に彼らは強い口調で「規制と戦う」と明言していましたしね。
In 24 hours, one million people have claimed the FreedomToBuy games and shown their support.The response is so much beyond our expectations that our team needs to work around the clock to maintain the stability of the platform.
For people who had difficulties claiming the… pic.twitter.com/ppIsRGZloy
— GOG.COM (@GOGcom) August 3, 2025
日本の立法や行政はどう動くべきなのか?
──栗下さん自身の考えについては概ねお聞きできたと思います。では、日本の行政や立法の立場からこの問題をどういう風にとらえる向きがあるのか、という点についてお伺いできますか?
栗下氏: クレジットカード会社による表現やコンテンツへの介入という問題に関して言うと、私の知る限りでは総理のいる本会議で質問されたのは2024年の年末が最初です。
その時に総理は「そんなことが起こっているとは知らなかった。調べさせる」というような答弁をしています。つまり「政府としてすでに動いている」というような状態ではなかったですね。
大手新聞社がこの問題を取り上げたのもその頃ぐらいが初めてだったんですよ。最近はようやく一般的にも認知が広がりつつあると思います。
──そのような中で、今後国や行政はどのように動いていくべきとお考えですか?
栗下氏: この問題は政治と民間企業の関係という話なので、確かに扱うのが難しくはある。その中で何ができるかというのが大事で、ひとつはやっぱり決済手段の多様化ですね。
国が「他のものを使いましょうと」言うべきかどうかは賛否あるでしょう。ただ、「決済ナショナリズム」──つまり、決済手段を自国で自給しようという観点は日本だけでなく世界各国にあります。
インドでもVisaなどの大手クレジットカード会社のシェアが高すぎて、彼らの一存で国に対して何かしらの損害や不利が生じかねない……という議論になったみたいですね。
──中国でも、そのようなインフラサービスに海外資本が入るのを嫌う考え方は強いですよね。
栗下氏: このように国を上げて対策を考える動きは国際的にあります。やはり現代ではネットが世界中に普及しているので、クレジットカード会社の持つ力はものすごく強くなっていると思います。ですから、日本でも圧倒的なシェアをどうするかという議論は今後検討していくべきですね。
ネットで買い物をするときは、楽天にしろAmazonにしろ、あらゆる決済でクレジットカードを使うのが普通です。ですから、ここに対して絶大な権限を握られているのは、見た目以上に危機的なことなんです。食料自給率ならぬ「決済自給率」が低い、とでも言いましょうか。「決済の自由を海外の一企業に握られている」という状況ですよね。
やはりそこをなんとかする選択肢の問題がまずあります。くわえて、海外のVisaやMastercard等については独占禁止の文脈で何かしらの対処が必要だと思いますね。
たとえば電気や水道のようなインフラについては、それを守るための法律があるわけじゃないですか。かなりの大技ではあるので、長期的な話にはなるでしょうけれど、ネット上の決済手段も「インフラ」として日本国民のために守るべきです。
「この問題と心中する覚悟」栗下氏の決意
──栗下さんは様々な逆風もある中で表現規制の問題に取り組み続けていらっしゃいます。その動機は何だったのでしょうか?
栗下氏:きっかけは、東京都議会時代のことですね。議会の仕事って、皆さんの生活に関わってはいるんですけれど、基礎自治体ほど生活に密着しておらず、国政ほど報道されないという構造上の問題もあり、関心を持ってもらえることは非常に限られているんですよね。ですから意見が送られて来ることもほとんどありませんでした。
ですが、2010年の「東京都青少年の健全な育成に関する条例改正案」【※】の問題の時には、都議として8年働いた中で最も多くのお便りを頂いたんですよ。「表現規制はやめてほしい」という方々の熱意が明確に伝わってきました。
そして、そうした方々との集会なども重ねて、石原都政下で唯一の条例案否決に繋がった。予定調和の都議会を崩した。その時、自分の政治家人生の中で初めて「民意を政治に繋げることができた」、という感覚を抱きました。「民意によって政治を動かす。これこそが政治だ」という風に思えたんです。それが原体験になっています。
※東京都青少年の健全な育成に関する条例改正案18歳未満の青少年の健全な育成を目指した条例。2010年の改正においては「不健全図書」の定義が物議をかもし、いったん否決。最終的には修正された改正案が可決された。
──政治家として、いかに民意を反映できているかが大事ということですね。
栗下氏:そうですね。それは15年経った今も変わっていません。
表現規制という話題は表立って言いづらいという側面もあって、何もしないでいると多くの人の無意識や無関心に押しつぶされてしまうと思うんです。
でも、そんな中でちゃんと声を上げている人たちがいて、ネット上で繋がるということになっています。彼らの声を最も響きづらい政治という場においてどう響かせていくかが、我々の腕の見せどころなんだと思います。
──栗下さんが無所属になったことにも、そうした理由はあるのでしょうか?
栗下氏:国内外問わず、これらの問題について表立って取り組む政治家は極めて少ないようです。
「性的な表現も守る」というのはレッテル貼りの対象になりやすいし、誤解もされやすい。ただ、創作の場にあって表現規制に苦しむ方々がいるということと、日本のゲーム、アニメ、マンガ、をはじめとするコンテンツカルチャーを守っていくという役割は絶対に必要です。
僕ももうここまで突っ込んでしまったんだから、このテーマと心中する心構えです。(笑)
──大変心強いです。
栗下氏:政治家は政党に所属して、党に合う政策は何かを考えるところから始めるケースも多いかと思いますが、僕の場合は逆です。このテーマをやるために、どの政党がいいのかを考えます。
ですから自分の信条は非常にはっきりとしているし、このテーマからは離れる気持ちはありません。
それでいいんだとも思っています。ゼネラリストになるよりかは皆さんから明確に、ああ、他の政治家は言えないことを代わりに言ってくれるんだ、やってくれるんだという存在になりたいと思っています。
──力強いお言葉ですね。本日はありがとうございました。(了)
今回の取材で、クレジットカード会社による表現規制の現状と問題点がある程度整理できたと思う。
直接ではなくアクワイアラや決済代行業者を通して「一方的」な要求で対処を迫るという姿勢、そしてそのプロセスが秘密にされ「見えなく」なっていたこと、さらに起きた結果について「責任を取らない」という態度。
それは確かに、クレジットカード会社が国際的な大企業であり、国と法を越えた存在であることが招いた弊害であるのかもしれない。
栗下氏はそんな大企業に対して国や行政からの取り組みが必要であると語るが、それは多大な労力と時間を要するものになるだろう。栗下氏ひとりの力だけで成しえないことは想像に難くない。
だからこそ「多くの人々に知っていただくこと」が必要だと栗下氏は語った。多くの人々が問題を知らなければ、考える機会もなく、世の中がより良い方向へと進んでいくこともできないからだ。
「この問題と心中する」そう語った栗下氏は本インタビューの後も、表現規制に関する情報発信を行い続けている。それが彼の「今できること」であるからだ。
では、我々のできることとは何だろうか。それはきっと先にも述べた通り、とことん考え、議論することなのではないだろうか。ゲームをはじめとする創作物と表現規制という問題は、根深く入り組んでいて決してすぐに答えが出るものではない。
しかし、賛成にしろ反対にしろ、1人ひとりが何を思うのか、どうすればよいのかを考え、話し合い続けることが、このような問題において大事なことだと思う。
本記事が、その議論のきっかけとなってくれれば幸いだ
ライター
作家。noteにてビデオゲーム批評プロジェクト「ゲームゼミ」主筆。雑誌「SWITCH」の連載や、TBSラジオ「アフター6ジャンクション2」準レギュラー、東京藝術大学講師など。
編集・ライター
『The Elder Scrolls』や『Dragon Age』などの海外RPGをやり込むことで英語力を身に付ける。個人的ゲーム史上ナンバーワンヒロインは『Mass Effect』のタリゾラ。 面白そうなものには何でも興味を抱くやっかいな性分のため、日々重量を増す欲しいものリストの圧力に苦しんでいる。
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