トランプ氏はなぜグリーンランドとパナマ運河を狙うのか◆21世紀版の「モンロー・ドクトリン」(明海大教授・小谷哲男):時事ドットコム
2025年1月20日にトランプ大統領が就任し、矢継ぎ早に100を超える大統領令を発出して公約の実現に動きだした。不法移民の摘発と国外送還、地球温暖化対策の見直し、エネルギー開発の促進、関税、多様性の否定、連邦制の改革など、選挙期間中に繰り返し優先課題としてきた政策の実現を目指す姿勢が表れている。
一方、デンマーク領グリーンランドの購入とパナマ運河の管轄権の返還を求めるという方針は、政権移行期間中の昨年12月末に突然発表された。
トランプ大統領は1期目もグリーンランドの購入を一時期目指したが、その時は地球温暖化で資源開発がしやすくなる可能性を見越し、「不動産」の観点から関心を持っていた。今回は「世界の安全保障と自由」のため、つまり中国とロシアの脅威が北極海に及んでいるため購入を目指すとしている。中ロが北極海でのプレゼンスを拡大する中、特に中国が米軍基地のあるグリーンランドで土地や鉱物資源の買い付けを行っていることに警戒感を強めている。
パナマ運河に関しては、多くのアメリカ兵の犠牲を出しながら建設したにもかかわらず、アメリカに優先権を与えられず、法外な通航料を取られていることを同海峡の返還を求める理由と説明している。
いずれも突拍子もない内容に思えるが、中国の影響力が拡大する西半球におけるアメリカの利益と安全を確保し、優位性を取り戻す狙いがある。つまり、21世紀版のモンロー・ドクトリンである。
モンロー・ドクトリンとは、米国の第5代大統領ジェームズ・モンローが1823年に示した孤立的な外交姿勢のことで、一般にモンロー主義としても知られている。19世紀のアメリカは、このモンロー・ドクトリンの下、ヨーロッパによる西半球への干渉に反対し、自らが排他的な支配権を打ち立てようと試みた。
1860年代にはアラスカをロシアから購入し、グリーンランドの買収も検討するなど、そのまなざしは既に北方を向いていた。南北のアメリカ大陸の間に海峡を作り、太平洋と大西洋を結ぶ壮大な計画も立て始めていた。そして20世紀初頭、セオドア・ルーズベルト大統領の時代には、プエルトリコやキューバなどカリブ海諸国に対する武力干渉も頻繁に行うようになった。このように、19世紀からアメリカは西半球の安全保障に強い関心を持っていたのである。
しかし、20世紀後半になると、アメリカの安全保障に関する西半球への関心は薄れていった。アメリカのリベラル派はかつてのカリブ海への棍棒外交を帝国主義として批判し、カーター大統領はパナマ運河を善意の証しとしてパナマに返還した。アメリカの西半球支配は、歴史上の“汚点”とみなされたのである。
歴代政権が怠ってきたこと
そして2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センタービルがテロによって破壊される。この「9.11」以降、アメリカが中東問題に比重を移す間に、中国が中南米で存在感を示すようになった。中国と中南米の貿易量は膨らみ、20カ国以上が一帯一路に参加するようになった。中国はキューバに情報収集拠点を設置し、港湾施設や宇宙関連施設などのインフラもこの地域で整備している。
また、ロシアはキューバやベネズエラとの協力関係を維持し、イランもヒズボラを通じて中南米での対米工作を行うようになった。加えて、中南米を拠点とする犯罪集団による麻薬の密輸や人身売買によって、アメリカ市民に対する脅威が高まっている。
トランプ大統領がグリーンランドの購入やパナマ運河の管理権の奪還を目指すとしているのは、歴代政権が怠ってきた西半球におけるアメリカの利益と安全の確保に力を入れようとしているからである。カナダとメキシコからは中国の原材料を使った合成麻薬フェンタニルが流入し、深刻な問題となった。これを阻止するため、両国に高関税で圧力をかけているのである。中南米からの不法移民の取り締まりを強化して国外に送還しているのも、「カナダは51番目の州になるべきだ」と繰り返し述べているのも、この文脈で理解する必要がある。
パナマ運河に見る落としどころ
パナマ政府はパナマ運河に関するアメリカの要求について、既に大幅な譲歩をしている。一帯一路からの離脱を発表し、アメリカ政府とパナマ運河の運用のあり方について協議を始めた。その結果、4月8日に両国は共同声明を発表し、同運河の通航に関してアメリカに優先権が与えられることや、通航料の見直しについて合意がなされた。軍による共同訓練などを通じて、運河周辺での安全保障協力を拡大することも盛り込まれている。
一方、アメリカはパナマ運河に対するパナマの主権を認めている。このようにアメリカの圧力が強まる中、パナマ運河の両端にある港湾を管理していた香港系企業は管理権をアメリカの企業に売却する方針を示した。
グリーンランドの購入については、デンマークはもちろん、グリーンランドでも反発が広まっている。3月11日に行われたグリーンランドの総選挙ではデンマークからの独立に慎重な民主党が第一党となり、独立とアメリカとの関係強化を求める中道右派が第二党となった。このため今後の動向は予断を許さないが、パナマ運河の事例をみる限り、トランプ大統領は文字通りの購入は無理だとしても、グリーンランドが中国の影響力を排除することに応じれば満足する可能性が高い。
この21世紀版のモンロー・ドクトリンは日本にも影響を与える可能性がある。アメリカが西半球の防衛に関心を強めていることを理解し、日本自身の同地域への関与のあり方を考える必要がある。また、西半球の防衛がアジアの防衛にどのような影響を与えるのかについても検討することが求められる。
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小谷哲男(こたに てつお)明海大学外国語学部教授。日本国際問題研究所主任研究員を兼任。専門はアメリカ研究、日本の外交・安全保障政策、インド太平洋地域の国際関係と海洋安全保障。米ヴァンダービルト大学日米センター研究員、海洋政策研究財団研究員、岡崎研究所研究員、日本国際問題研究所研究員、明海大学外国語学部准教授を経て2020年より現職。主な共著として、『ウクライナ戦争と激変する国際秩序』(並木書房、2022年)、『外交と戦略』(彩流社、2023年)。平成15年度防衛庁長官賞受賞。同志社大学大学院アメリカ研究科修了。