逝去・アパグループ元谷外志雄会長 安倍元首相との絆、高市首相につながる悲願の憲法改正
アパグループ創業者の元谷外志雄(もとや・としお)会長が11日、82歳で亡くなった。日本最大のホテルネットワークを一代で築き上げながら、保守言論人としても活躍していた。憲政史上最長の政権を築いた安倍晋三元首相の支援者でもあった。元谷氏と安倍氏は、お互いを信頼して認め合っていた。「憲法改正」をめぐる、元谷氏と安倍氏、高市早苗首相につながる思いとは。
「そうか、元谷さんは会長になって、息子さん(長男・一志氏)が跡を継いだんだ。政治家もそうだけど、代替わりは大変なんだよね」「元谷さんはすごい方だ。お世話にもなった。これからも(元谷氏やアパグループには)頑張ってほしいね」
2022年4月21日、東京・有楽町のよみうりホールの舞台裏。安倍氏は、夕刊フジ主催「日本国憲法のあり方を考えるシンポジウム4」にパネリストとして登壇する直前、「協力・アパホテル」と記された看板を見つめながら、司会役の筆者にこう語った。
安倍氏「元谷さんはすごい方だ」
安倍晋三元首相(右)と、アパグループの元谷外志雄会長アパグループは同月、一志CEOを中心とする新経営体制に移行したばかりだった。安倍氏は1991年5月に父・晋太郎元外相が亡くなり、93年6月の衆院選で初当選した。当時、後援組織の引継ぎなどで苦労したことを思い出したようだった。
安倍氏の第1次政権発足(2006年)前から、元谷氏は財界人による「安倍晋三を総理にする会」の副会長として応援してきた。安倍氏が首相時代から参加していた同シンポジウムにも毎年協力してくれた。
元谷氏はシンポジウムに寄せたビデオメッセージで、「子孫に『誇るべき日本』を残すため、一日も早く、憲法改正が成し遂げられることを願っています」と語った。
安倍氏もシンポジウムで、ロシアが同年2月、ウクライナ侵略を始めたことを受けて、「ウクライナの現状は憲法の問題点に多くの国民が気づくきっかけになった」「今こそ自民党が憲法を議論し、特に戦後レジームの中核である9条の議論をしっかりしてもらいたい」と語った。
シンポジウムで憲法議論
「日本国憲法のあり方を考えるシンポジウム4」のパネルディスカッションで議論する安倍晋三元首相(中央)ら=2022年4月21日午後、東京・有楽町元谷氏は1992年から月刊誌「アップルタウン」で、藤誠志のペンネームで社会時評エッセイを連載した。筆者が所属していた夕刊フジでも2013年から本名で連載コラム「誇れる国、日本」を執筆した。
安倍氏も自民党幹事長代理だった2005年から22年まで、夕刊フジで3つの連載コラム「挑戦する政治」「突破する政治」「日本の誇り」を、足かけ17年連載した。
安倍氏と元谷氏が「日本のために」と直接タッグを組んだのは、第2次政権時代の20年4月、新型コロナウイルスの感染拡大で病床が逼迫(ひっぱく)していたときだった。
安倍氏から「ホテルで無症者や軽症者を受け入れてほしい」という電話を受けて、元谷氏は「現在はまさに国難。人々の命を守り、国家・地域を守るために協力する」と応じ、ホテルの一棟借り上げ方式による宿泊療養施設提供を即断したのだ。
安倍氏の電話で、コロナ患者受け入れ
アパホテルによる新型コロナ軽症者受け入れを報じる夕刊フジの紙面=2020年4月元谷氏は後に、「日本のためという思いとともに、『安倍さんの力になりたい』という気持ちも強かった」といい、「従業員に対応する人員の希望を募ったところ、必要な人数の何倍もの人が手を挙げてくれた。一般の方々から多くのエールが届いたうえ、従業員が『家族から、いい会社に入ったなと言われた』と聞いて、安心した」と、社員らへの感謝を語った。
冒頭のシンポジウムから3カ月もたたずに、安倍氏は奈良市内で参院選の街頭演説中に凶弾に倒れた(22年7月8日)。
元谷氏は同年9月の「国葬(国葬儀)」前、「いまだに信じられない。日本にとって、世界にとって甚大な損失だ。言葉では言い表せないほどの喪失感が続いている」「彼ほど、国家観、歴史観がしっかりして、明確なビジョンと信念を持ち、批判にもたじろがず、世界で認められた日本の政治家はいなかった。人柄も抜群だった」などと惜しんだ。
高市首相への期待
衆院選から一夜明け、記者会見を行う自民党総裁の高市早苗首相=9日午後、党本部昨年5月、筆者は元谷氏に最後となったインタビューをした。当時、リベラル色が強い石破茂首相の自民党は衆院で過半数を失い、内閣や党の支持率も低迷したままだった。元谷氏はこう語った。
「安倍氏亡き後、国際政治における日本の存在感は小さくなってしまった。保守派の政治家が減ってしまったのも、非常に寂しい限りだ」「最も期待しているのは自民党の高市早苗氏だ。ぜひ、日本のトップとして活躍してほしい。私も側面から支援していきたい」
元谷氏が亡くなったのは、安倍氏が最後に総裁に推した高市首相率いる自民党が衆院選(8日投開票)で、316議席を獲得する歴史的勝利を収めた3日後だった。
これは憲法改正の発議に必要な総定数465の「3分の2(310)」を単独で超えていた。高市首相は9日の記者会見でこう語った。
「国の理想の姿を物語るのは憲法だ。この国の未来をしっかりと見据えながら、憲法改正に向けた挑戦も進めていく」
(矢野将史)