エマニュエル・トッドが語る「反ユダヤ主義2.0」イスラエル支持こそが西洋の道徳崩壊の証だ
イスラエルの軍事行動を批判すると「反ユダヤ主義者」と指弾される。なぜそのような空気が生まれたのか。フランスの歴史家エマニュエル・トッド氏は逆説的な答えを提示します。現在広がっているイスラエル支持こそが、ユダヤ人を道徳的に抹殺する新しい形の反ユダヤ主義――「反ユダヤ主義2.0」だというのです。ユダヤ系の家系にルーツを持つトッド氏が、ガザでの軍事行動を「アメリカ・イスラエルによるジェノサイド」と明言しながら、その背景にある西洋社会の道徳的崩壊を語ります。同志社大学大学院教授の三牧聖子氏と、ガザ戦争を現地で取材してきた元エルサレム支局員の朝日新聞記者・高久潤氏との鼎談から、その真意を読み解きます。最新刊『2030 来たるべき世界』から一部を抜粋・再編集してお届けします。
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「反ユダヤ主義2.0」とは何か?――「イスラエル支持」こそが現代の反ユダヤ主義
高久 私は2025年の8月末までエルサレム特派員として、このガザの戦争を取材してきました。その中で、トッドさんがご指摘するように、「結果的に停戦が成立したのはアメリカの働きかけによるものだ」というのは、たしかにそのとおりです。
ただ同時に、私は別の点が気になっていました。
それは、まさに「西洋の敗北」にも関わる部分だと思います。「アメリカやイスラエルが、戦争に対してある種の〝憧れ〟のような感覚を持っている」と、トッド先生はご指摘されます。
一方でヨーロッパはどうなのか。この二年間にわたる戦争の中で、ヨーロッパは最近こそ多少イスラエル批判を強めていますが、それでも実質的にはほとんど何もしてこなかった、という現実があります。
一方で、ヨーロッパは本来「平和の大陸」であるはずです。それにもかかわらず、この状況で何もできなかった、あるいは何もしなかった──。これはいったいどう理解すればよいのか。「ヨーロッパはなぜ行動できなかったのか」という点について、今の「西洋の敗北」という話とも関連づけて、お聞かせいただけますか。
トッド 私の考えでは、今の西欧を特徴づけているのは道徳性の崩壊です。ただ、これにもさまざまな次元があります。崩壊は、他者への加虐(サディズム)、暴力、戦争や殺害への嗜好などとして現れます。道徳の喪失で生じるニヒリズムの次元の一つは破壊への傾斜です。
しかし、道徳が消滅することで現れる最もありきたりの次元は、卑屈で卑怯な態度です。誇りという感覚の喪失です。そして、今の欧州を特徴づけているのはそれです。卑屈ということです。
これは、ある部分での道徳性の欠如です。
ここでイスラエルを支持するということについて、大事なことを指摘しておきたいと思います。今日、イスラエルに反対する姿勢を表明すると反ユダヤ主義者と指弾されます。イスラエルの政策への反対はユダヤ人差別だというわけです。
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で、イスラエルの政策への批判は反ユダヤ主義の証拠とみなされて、それを唱える人たちはアメリカでもドイツでも追及されることになる。
私はこうしたことについて、かなり逆説的な見方をします。いろいろ考えてたどり着いたのは、今のイスラエルへの支持こそが反ユダヤ主義の今日的な形だろう、ということです。
いいですか、今のイスラエル政府がやっていることは極悪非道です。人間の道徳性の破壊を実現してみせたような行為です。極悪非道なのは今のイスラエル国家です。そのイスラエルを批判することがユダヤ人差別だというのなら、すべてのユダヤ人がイスラエル国家と同じように極悪非道だと言っているようなものです。こうなると、ユダヤ人差別の途方もない拡大解釈です。
そのうち、イスラエルの政策に反対するユダヤ人が反ユダヤ主義者として指弾される、という不条理にまで行き着くでしょう。私は、これを反ユダヤ主義2.0と呼びます。
そう考えれば、欧州で反ユダヤ主義者だったはずの右派や右翼の多くの政治家たちが今、イスラエル国家を支持する理由がわかります。私は、今の反ユダヤ主義2.0の状態をそんな風に考えています。
反ユダヤ主義はまず何よりも、ユダヤ人を物理的に抹殺してしまおうとする恐るべき試みとして姿を現します。ホロコーストです。これに対し、イスラエルへの支持は、ユダヤ人を道徳的に抹殺する試みです。
そもそもイスラエルへの姿勢という点で、世界中でユダヤ人社会が同じように反応しているわけではありません。たしかにフランスでのユダヤ人社会の反応はよくありません。私はかなり例外的です。ほとんどのフランスのユダヤ人はイスラエルへの連帯感を示しています。
けれどもアメリカの場合は、とくに若い人が頑張って、イスラエルを非難しています。笑えない逆説ですが、イスラエルの政策への支持とは、ユダヤ人差別のとりわけ背徳的な形なのです。
崩壊していく大帝国・アメリカに希望があるとするならば……
三牧 イスラエルをめぐるアメリカ社会、とりわけアメリカの若者の変化についてお話ししたいと思います。
トッド先生は、「反ユダヤ主義2.0」という印象的な言葉を使って、重要な問題提起をされました。
イスラエルの軍事行動が「ジェノサイド」であると批判することは、決して「反ユダヤ主義」ではない、と。むしろ、「ユダヤ人ならばイスラエルが何をしてもイスラエルを支持すべきだ、支持しているはずだ」というユダヤ人に対する固定観念こそが、ユダヤ人の中にある多様性や個々人の自律的な思考を無視した「反ユダヤ主義」なのではないか、と。
ユダヤ人であるトッド先生が、「イスラエルが倫理に反した行動をとっているときには、ユダヤ人として、イスラエルをきちんと批判すること」の大事さを説いたこととともに、きわめて重要な指摘です。
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残念ながら今のアメリカには、イスラエルの軍事行動の批判者が「反ユダヤ主義者」と批判され、「ユダヤ人はイスラエルを批判すべきでない」という重い雰囲気が漂っています。
しかしアメリカ社会の「何が何でもイスラエル擁護」という雰囲気が変わりつつあることもたしかです。アメリカでは、2023年10月にイスラエルがガザで大々的な軍事行動を始めて以来、多くの大学で、イスラエルの軍事行動の停止を求めるパレスチナ連帯デモが起こってきました。
デモには多くのユダヤ人の学生も参加しており、「私たちユダヤ人はジェノサイドを経験した民族なのだから、現在進行形でパレスチナ人に対して行われているジェノサイドにも反対しなければいけない」と声を上げています。
ナチスドイツによるホロコーストの経験から生まれた「ネバー・アゲイン」の教訓は、決してユダヤ人だけに適用されるものではなく、パレスチナ人にも、だれにでも適用されねばならないと。「ユダヤ人であるからこそ、あらゆるジェノサイドに反対する」という立場の表明です。こうした声が、若者たちの間でいよいよ大きくなってきています。
2025年9月に発表された世論調査では「パレスチナ国家を承認すべきだ」という声は6割を超えました。民主党支持者の間では、2023年から、パレスチナ支持がイスラエル支持を既に上回っており、共和党支持者の間でも、とりわけ若者にイスラエル批判が広がっています。
トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」のスローガンに惹かれてきた支持者たちの間では、「トランプ大統領はなぜ、アメリカ国内が物価高や住宅難でこれほど困難な状況にあっても、イスラエルへの法外な支援をやめないのか」との不満も高まっています。
たしかに、アメリカ政治は、トッド先生が述べられた「ニヒリズム」に支配されていると感じるところも多々あります。その最たる存在はトランプ大統領でしょう。大統領に就任し、最初に会談する外国首脳としてイスラエルのネタニヤフ首相をホワイトハウスに迎えたトランプ大統領は、「アメリカがガザを所有し、パレスチナ人を全員追い出した上で、ガザをリゾート地に整備する」という驚きの構想を披露しました。
道義も何もない、力ある者が何もかもを決める、残酷な「平和」案であり、ニヒリズムの極みです。
しかし、先に紹介したように、イスラエルやガザをめぐるアメリカ世論は確実に変化しています。トランプ流の「ニヒリズム」が完全に支配的になっているわけではなく、それに抗う社会の動きがある。
アメリカは国家としては「道徳的な敗北」を喫しつつありますが、市民社会には「ニヒリズム」への抵抗がある。そしてこの動きには、ユダヤ人もたくさん参加しています。「道徳的な敗北」を宣言するのはまだ早いのではないかと、希望をつなぎたいところです。
⇒この続きは、ぜひ『2030 来たるべき世界』を手に取ってご確認ください。
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