「今日死ぬかも」戦禍のイランで女子学生が日本に見いだした希望
12日間戦争で被害を受けたテヘラン市内の建物。戦争中はこれよりもひどい被害を受けた建物もあったという=2025年6月13日(マエデさん提供)
近所では連日、爆撃音が響いていた。
砲撃でがれきとなった建物もあった。
恐怖と不安に包まれる日々。「安全な場所で学びたい」という願いは目前でついえようとしていた――。
アフガニスタン出身のマエデさん(20代)は今、日本で学ぶ。
女性が教育を受ける権利が制限される母国を離れ、戦渦に巻き込まれたイランで見つけた日本への道は「私にとって希望でした」。
だが、その道のりも平たんではなかった。
「ジブリ好き」だった子ども時代
アフガンの地方の小さな村で3人姉弟の長女として育った。
井戸水を使い、ガスや電気の供給は安定していない。交通網は整っておらず、学校は遠く離れていた。
慣習により、女性一人の外出は禁じられ、中学校卒業後にほとんどが結婚した。
ただ、父とともに30分ほどの道のりを自転車で通学したマエデさんは、「勉強が好きで学び続けたかった」。父も応援してくれた。
13歳の時に買ってもらったパソコンを通じて世界の人とつながり、東アジア、特に日本や韓国の文化に魅了された。
「『ハウルの動く城』などジブリ作品が好きだった」とほほえむ。
だが2021年、かつて女性の就労や教育の機会を制限してきたイスラム主義組織タリバンが復権。父が人権団体の抗議活動に参加していたマエデさん一家もイランへと脱出した。
「死ぬかも」 恐怖と不安の日々
イランでも差別や経済的困窮などに直面した。…