価格高騰に住宅不足…持ち家志向の「オランダ」で起きている深刻なお家事情
きっと誰もが一度は憧れを持つ「マイホーム」への夢。ヨーロッパに属する「オランダ」では、持ち家志向が当たり前なんだとか。でも今、家の値段がとんでもないことになっているのだそうです。なんとそれは、20年で2倍以上の値上がり…。
一体原因は何なのでしょうか?酪農大国であるオランダだからこその、日本では考えられないさまざまな問題が起きているのだと、25年もの年月をオランダで過ごしてきたメルマガ『出たっきり邦人【欧州編】』のあめでおさんが、現在のオランダの住宅事情をお話ししてくれています。
「持ち家」思考が強いオランダの厳しい住宅事情
image by:Shutterstock.com昭和の日本では、マイホームを持つことが、一人前の大人の証とされていました。たぶん今でも、通勤時間が長くなっても、庭付き一戸建てでゆったり暮らしたいという人たちが一定数いると思います。
オランダの持ち家志向もかなり強く、持ち家は人生においていずれ手に入れるべきもの、と考えられています。
今回は、オランダの住宅事情についてのお話です。よろしければおつきあいください。
「世界は神が作ったが、オランダはオランダ人が作った」という言葉に象徴されるように、オランダ人は国土の1/4に相当する北海沿岸部を、中世から800年以上にわたる干拓事業で自ら獲得してきました。「自分の居場所は自分で作る」という意識が、ほかの欧州諸国よりも強いお国柄です。
また、16世紀~20世紀末にかけて影響力のあったプロテスタント(カルヴァン主義)の価値観が根強く残っており、権威に頼らず「自立」「独立」した生き方を是とします。
つまり、一国一城の主として生きたい人たちなのです。そしてケチ、ではなく、経済観念が発達しているので、「賃貸はお金を捨てるようなもの」だと考えます。
image by:Henk Vrieselaar/Shutterstock.comこの国の北部で5年、南部で20年あまり地方暮らしをしてきましたが、オランダ人は持ち家に関して、お金も時間も手間も惜しみません。家は、理想の物件を購入するのではなく、改装・改築して育てていくのが基本です。
- ・買ったばかりの家や、長年住んだ家の台所、リビング、バスルームを全面リニューアルする
- ・屋根裏部屋を拡張するために、屋根に突き出し窓を設置する
- ・それほど大きな裏庭がなくても、サンルームを増設してリビングの空間を拡張する
- ・庭の奥に屋根付きテラスを設ける
そうやって、家を徐々にカスタマイズしていきます。
もちろん、今の家に住み続けたいからそうするのですが、ここ10年は、住み替えが無理だから増改築するしかない、という人たちが増えています。現に、2015年ごろから全国的に住宅価格が高騰するのに併せて、住宅リノベ市場も急成長していきました。
コロナ期の低金利と在宅勤務の普及も、その傾向を加速させました。より広い住宅、部屋数の多い住宅への需要が高まって、住宅価格はさらに上昇。家屋の増改築や裏庭への住空間拡大など、リノベ需要もさらに伸びました。
住宅価格は2023年に多少下がりましたが、その後はペースダウンしつつも年率10%前後で上昇が続いています。
我が家の市場価値も、この20年で倍以上に跳ね上がりましたが、ほかの物件も同じかそれ以上に値上がりしているので、何の足しにもなりません。
しかも、売り物件をめぐる競争が熾烈化して、不動産屋の公示価格よりも高値で競り落とすのが当たり前になってしまいました。これでは、手の届きそうな物件を見つけても実際の値段はブラックボックスです。
そんな仁義なき闘いに神経をすり減らすくらいなら、自宅の増改築に力を入れる方がまだ実があるというもの。施工業者は腕の良しあしに関係なく、手に余るほどの仕事を抱えています。契約してから3カ月で施工が始まれば、かなり早いほうでしょう。
建てたくても建てられないのはなぜ?
image by:Shutterstock.com住宅価格の高騰は、当然ながら住宅不足が原因です。都市部への人口集中や、投資家による買い占めなど、日本と共通する要因もありますが、一番のネックになっているのは、日本ではちょっと考えられない事情です。
オランダは九州ほどの国土面積ですが、世界有数の酪農大国で、畜産も非常に盛んです。さらに国土全体が平坦なので、土地の利活用も高度化しています。建設や交通量から排出される窒素酸化物と、牛や豚から排泄されるアンモニアで、土壌や表流水(河川、湖沼、運河)の窒素汚染が深刻化しています。
EUでは自然保護法「生息地指令」が1992年に制定・発効されており、EU全体で1,000種類以上の動植物、230種を超える生息地を保護の対象としています。
これに基づいて指定されたNatura 2000保護区には、窒素排出量を含む環境基準が設けられており、オランダには国土の約15%に相当する、160カ所ほどの保護区が指定されています。
保護区周辺での建設・営農は、環境への悪影響がないことを事前に証明できないと許可されないルールですが、オランダでは「窒素対策プログラム」(対策を講じる“予定”を担保に、建設を一部許可するという拡大解釈運用)を導入して、農場の拡張や建設プロジェクトを許可してきました。
image by:Shutterstock.comそこに釘を刺したのが、2019年のオランダ最高裁です。「窒素対策プログラム」はEU生息地指令に反しているので無効と判決し、政府の許可してきたプロジェクトは窒素削減策不十分につき違法とみなされました。
それ以降、建設許可を得るには「窒素影響評価」で影響なしと証明するか、影響があれば削減策や相殺措置を提示することが求められるようになり、許可が大幅に遅延しています。
建設では工事自体はもちろん、資材・機械の運搬も窒素酸化物の発生源になるため、新築だけでなく老朽化した住宅の建て替えも許可の対象になり、手続きが停滞しています。
なぜオランダは、自国の活動を阻むような判断を自らに下したのだろう?と思うかもしれません。一番の理由は、EU法が加盟各国の国内法よりも拘束力があるからなのですが、違反を是正できないと、欧州司法裁判所から制裁金を科せられます。
「生息地指令」違反で、実際にどの国がどれだけ制裁金を支払ったのかは確認できませんが(違反認定されたことがあるのはスペイン、ギリシャ、アイルランド、ドイツ)、「硝酸塩指令」(農業由来の硝酸塩による水質汚染を防止)違反については、2018年にドイツが、日額85万ユーロ、累計数千万ユーロの制裁金を支払っています。
オランダが、違反の現状を是正しなければ、一時金で数百万~数千万ユーロ、加えて日額数万ユーロ、年間で数千万ユーロの制裁金が待っています。
1年分くらいなら国として払えない額ではありませんが、数年放置すれば数億ユーロに膨れ上がります。そして、一度EU法に従わない姿勢を見せると、これからの各種補助金や投資、外交といったさまざまな局面の交渉で、不利な立場になるのです。
そのため、オランダ政府は社会的批判を浴びまくりながらも、農家買収(廃農)や家畜頭数の削減を推し進め、建設事業にブレーキをかけるしかありません。長年にわたり「窒素対策プログラム」で誤魔化して、問題を先送りにしたのが悔やまれます。
外国人留学生をターゲットに詐欺が多発
image by:joyfull/Shutterstock.com圧倒的な住宅不足は、社会のすみずみに影響を及ぼします。就職しても親元を離れられない社会人。大学に入学できても、学生寮やシェアハウスの空きが見つからず、実家から毎日(信用できない交通機関で)片道2時間半以上かけて通学する学生さん。そして、オランダの大学に留学が決まっていたのに、住む場所が見つからず、留学自体を諦める外国人留学生。
ちなみに、住宅事情を考慮せず、いつもの調子で留学生を募集していた大学も、応募要項に「オランダ国内に住所を確保する」ことを付け加えるようになったと聞きます。でも、留学が決まってから授業が始まるまでの半年ほどで、コネも伝手もない外国人が住処を見つけるなど、至難の業です。
そういう事情を知らない外国人をターゲットにして、ありもしない賃貸物件で契約金をだまし取る詐欺も横行しています。ワーホリでオランダ生活を夢見る日本人も、多数被害に遭っており、大使館から注意喚起があったほどです。
自国民の住まいが足りないときに、外国人留学生の心配などしていられるか、という目先の議論もあるとは思うのですが、オランダのような小国は、周辺国をはじめ諸外国とのつながりを保ち、国としての存在感を維持・拡大していかないと、国際社会で生き残れません。
英語で受講できる大学・大学院課程の豊富なオランダは、欧州各国やアジアからの留学先として非常に人気が高いのですが、こんな事情で外国人留学生が減ってしまうと、これから社会に出る若者たちの間に、オランダと強い接点を持つ人が減ってしまいます。きっと、大きな機会損失につながるだろうと思います。
EUの掲げる「経済と環境の両立」という理想を、果たして、小国オランダは実現できるのでしょうか?それとも「経済と環境は両立しない」という不都合な真実に屈するのでしょうか?
800年以上かけて国土を作り上げた、類まれなる粘り強さとエンジニアリングの国だから、きっと突破口を見つけるだろうと期待しています。
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