高市首相の所信表明演説にみる「新技術立国」構想―科学技術と教育を国家安全保障の基盤とする日本の方針(佐藤仁)

高市早苗氏が第104代内閣総理大臣に就任。2025年10月24日に行われた高市早苗首相の所信表明演説において、高市早苗氏が掲げた「新技術立国」は、単なる成長戦略ではない。

科学技術と教育を国家の根幹に据え、経済・外交・安全保障を一体として強化する国家方針である。首相は、「今の暮らしや未来への不安を希望に変え、強い経済を作る。そして、日本列島を強く豊かにしていく。世界が直面する課題に向き合い、世界の真ん中で咲き誇る日本外交を取り戻す」と述べた。これらの言葉は、理念ではなく、科学技術と人材を通じて国家の自立と安定を確保するという現実的な国家戦略を示している。

危機管理投資と国家の強靱化

新技術立国の中核にあるのが、「危機管理投資」である。経済安全保障、エネルギー、食料、医療、国土強靱化といった分野で、官民が連携し、事前にリスクに備える。この考え方は、短期的な景気刺激ではなく、不確実性を前提とした国家の構造的な安定化策である。

危機管理投資の本質は、外部依存を減らし、自国の制度・技術・人材で国の安定を支える仕組みを整えることにある。供給網の途絶、感染症の流行、サイバー攻撃や地政学的緊張など、多層的なリスクに対して、経済・技術・安全保障を一体化して対応する発想である。

特にAIやサイバーの分野では、情報インフラや通信ネットワークの防御、産業システムの回復力確保が重視されている。これらは単なるIT政策ではなく、国家の機能維持に直結する安全保障投資として扱われる。経済政策を安全保障の延長線上に置くことで、国家の持続的な強さと自立を確保するという戦略的な方針が明確である。

科学技術を「国家運営の中核」の柱へ

AI、半導体、量子、バイオ、宇宙、サイバーといった分野は、経済の成長領域であると同時に、国家安全保障を支える技術である。これらは研究や産業政策の範囲を超え、抑止・防御・自立の要素として位置づけられている。

AIは防災、行政、防衛、産業など幅広い分野で意思決定を支える基盤となり、サイバー分野では、防衛省や警察庁を中心に、重要インフラ防御体制の強化が進んでいる。宇宙・量子・バイオ技術もまた、通信・医療・感染症対応などで国家の安全と直結している。こうした取り組みは、科学技術を「成長のための道具」から「国家運営の中核」へと位置づける方向性を明確に示している。

高市首相が掲げる新技術立国とは、科学技術を単なる研究・産業支援の対象としてではなく、国家安全保障と外交力を支える中核的なインフラとして位置づける政策転換である。この方針は、科学技術を「成長のための道具」から「国家運営の中核」へと引き上げる転換点に位置する。

教育と人材育成の安全保障的機能

また高市首相は「公教育の強化」「大学改革」「科学技術・人材育成への戦略的支援」を掲げた。これらは社会政策ではなく、国の競争力と独立性を支える安全保障政策としての性格を持つ。

AI、サイバー、量子などの先端分野では、人材こそが最大の安全保障資源である。人材流出は国力の喪失であり、教育の充実は抑止力の一部である。したがって、公教育や大学の強化は、学術振興の枠を超え、国家として知識・技術・人材を自国で維持・発展させるための戦略的基盤整備にほかならない。

現在、大学と産業界、防衛・技術研究機関との連携を強化し、AI・サイバー防衛・データ分析などの専門人材を体系的に育成する取り組みが進んでいる。こうした政策は、教育を「文化的制度」から「安全保障の支柱」へと位置づけ直す流れを示している。すなわち、「教育」は市民形成のための制度であると同時に、国家の生存基盤を支える仕組みへと発展している。

一方で、大学や研究機関における先端技術の流出や、外国勢力による情報収集への懸念も指摘されている。こうした状況の中で、人材育成政策は単なる教育行政ではなく、技術・情報を国内で保護し、研究成果を安全に活用するための国家的体制整備としての性格を帯びつつある。

強い経済と外交の統合的展開

新技術立国がめざす「強い経済」とは、単なる成長拡大ではなく、危機に耐え、技術と人材によって支えられる自立的経済構造である。AI・サイバー・バイオといった戦略分野への投資は、経済の発展と同時に、供給網の防衛、産業基盤の強靱化、技術主権の確立を目的とする安全保障政策でもある。すなわち、経済はもはや市場原理だけで動くものではなく、国家安全保障の一部として設計されている。

また、「世界の真ん中で咲き誇る日本外交」を支えるのは、軍事力ではなく、技術力と制度の信頼性である。AIやサイバー防衛の分野で培われた高い技術水準、精密な産業・行政システム、そして人材の質は、国際協力や開発支援において日本の信頼を支える基盤となっている。技術と人材を通じた協力・支援は、国際社会における日本の発言力と影響力を安定的に高める。

すなわち、外交の根幹にも科学技術と教育が位置づけられており、経済・外交・安全保障を一体として展開する新しい国家像がここに示されている。

科学技術と教育による国家の強靭化

「新技術立国」は、戦後の「科学技術立国」を継承しつつ、その理念を安全保障と自立の観点から発展させた国家戦略である。科学技術と教育を国家の中核に据え、経済・外交・防衛を有機的に結びつけることで、持続的な安定と強靱性を確保する方針が明確である。

高市首相の掲げる「強い経済」「豊かな列島」「咲き誇る外交」は、いずれも科学技術と教育を国家安全保障の基盤として整備することによって実現される。新技術立国とは、理念ではなく現実に立脚し、技術と人材をもって国の未来を支える、現代日本の国家戦略の根幹である。

写真:REX/アフロ写真:つのだよしお/アフロ

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