東日本大震災から15年 地元で語れずにいた私たちが、ようやく語り始めた真実

PHPオンライン編集部

2026年03月10日 公開

写真:北上町の震災関連の写真を集めた写真集『北上川河口物語』より。震災後、田んぼなどが浸水している北上川周辺

東日本大震災から、15年を迎えます。被災した地域では、この15年を一つの節目のように感じている人も少なくないといいます。それは、復興が着実に進んできた証とも言えるのかもしれません。

宮城県石巻市出身で、地元で追分温泉という旅館を家族と営む横山恵美さんも、周囲の空気が少しずつ変わってきたことを実感しているといいます。

今回は横山さんに、被災を経験した人の現在の思いや、防災についてお話を伺いました。

※前編・中編・後編の後編です

忘れられない同級生の発言

横山恵美さんには一連の被災体験のなかで、強く記憶に残る出来事があるといいます。

「地震が起きた直後、中学の校庭に全校生徒が集まりました。校庭にいると、遠くのほうで"ゴゴゴゴゴ"って地鳴りのような音が響き始めたんです。すると、近くにいた友だちが『これ津波の音だ』って言ったんです。

その瞬間は信じることができませんでした。海から距離があるのに津波の音が聞こえてくるはずがないと。でも、その子は海端のほうに住んでいて、どこか感覚が研ぎ澄まされていたのかもしれません」

大災害を経験して以降、ガソリンが半分を切る前に給油する習慣が身についた人も多いと、横山さんは話します。日常のなかでも自然と「備え」の意識が根づいているといいます。

「震災直後は本当にガソリンが手に入らず、多くの人が困っていました。その大変だった経験が、みんな体に染みついているんだと思います。

私は東京の大学に通っていましたが、都内を歩いていると、高く積み上げられたディスプレイや建物が密集している場所を見るだけで、どこに逃げればいいんだろうと反射的に考えてしまいます」

15年が経過し、言葉にできるようになってきた

『北上川河口物語』より

横山さんは、東京のホテル勤務を経て、現在は両親とともに旅館を切り盛りしています。地元の青年団にも所属し、震災から15年という節目を機に、震災をあまり知らない子どもたちに向けたイベントの企画も進めているといいます。

「まだ内容は細かく決まっていませんが、秋に子どもたち向けのイベントを開催する方向で話が進んでいます。

個人的には意外だったのですが、15年という節目を特別に感じている人は多いようです。旅館のお客さんのなかにも、『15年だから』という理由で訪れてくださる方がいました」

ここ数年で、震災当時のことを周囲と語り合う機会も増えたと横山さんは話します。失ったものは大きく、決して元に戻ることはありません。それでも、少しずつ日常を穏やかに過ごせる人が増えてきた証拠なのかもしれません。

「2、3年前から、当時を振り返る会話が増えたように感じます。それまでは、地元の人同士でも震災に触れてはいけないような空気がありましたが、いまは様々な場面で『あの頃は』と話すことが増えました。

友だちの間でも震災について話さない雰囲気がありました。でも最近、酪農を営む幼なじみと、何人かで集まって食事をしたとき、その幼なじみが当時のことを語り始めたんです。それがとても印象に残っています。

彼は高校を中退しているのですが、その理由については仲間内でもあまり触れられてきませんでした。ただ、震災のストレスで牛が亡くなり、家族同様の存在を失ったことがどれほどつらかったかを話す姿を見て、心に大きな傷を負っていたのかもしれないと感じました。

中学生だった私たちにとって、あの震災はあまりにも大きな出来事でした。彼も心がぐるぐるになってしまっていたのかもしれません。それを、15年という時間を経て、ようやく言葉にできるようになったのかもしれないと思いました」

また起こるかもしれない災害に備えて

東日本大震災から15年が経つあいだにも、能登半島地震をはじめ、私たちは災害と隣り合わせで生きています。横山さんは、自身が被災した経験があるからこそ、支援のあり方に迷いを感じることもあると明かしてくれました。

「一昨年、能登半島地震が起きたとき、青年団として募金や物資を送りました。

でも、何をどこに送るべきなのか、被災したことがあるからこそ迷う部分も大きいんです。例えば衣類でも、ただ着なくなった古い服が送られてくることもあって、本当に必要なものかどうかはさまざまでした。企業からの支援物資が届いたタイミングと重なり、民間から届いたものが余ってしまうこともありますし、火が使えない避難所に、火を使わないと食べられない食品が届いてしまうこともありました。

義援金についても、大きな団体に預けると何に使われたのかが見えにくい。できれば、自分が知っている先に届けたいと感じます」

インタビューの最後に、横山さんは震災の経験を通して、いまにつながっている防災への思いを語ってくれました。

「自分の身を守るために、周りの音に耳を澄ますことを大切にしています。ついスマホばかり見てしまいがちですが、五感を使っていれば、少なくとも身を守る行動につながる気づきは得られると思うんです。

それから、住んでいる土地のことを知っておくことも必要だと思います。私も震災後に知ったのですが、町のあちこちに石碑が立っていて、『この場所でいつ、どんな災害があったか』が記されているものもあります。いまはインターネットで調べることもできますが、その土地に残る過去の記録を手がかりに、どんな備えが必要かを考えることが大切なのではないでしょうか。

それと、地域の人がみんな口を揃えて言うのは、会いたい人には会っておけということ。震災によって、二度と会えなくなってしまった人がいる。だからこそ、その教訓を胸に、日々を過ごしています」

(取材・構成・執筆:PHPオンライン編集部 片平奈々子)

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