自閉症やADHDは「その人らしさ」の一部?偏見との関係を調査
- この記事で一番重要なことは?
- 自閉症やADHDは本人らしさの一部と捉えられやすい一方、その見方だけでは偏見の強さは決まらず、特性の尊重と必要な支援を両立することが重要です。
- 自閉症やADHDは、ほかの状態と比べてどのように捉えられましたか?
- 自閉症とADHDは、7つの状態のなかでも特に本人らしさの一部と評価されました。
- この研究結果を本人の認識として受け取ってよいですか?
- いいえ、英国の成人が短い説明文を読んで答えた印象であり、本人の認識や実際の差別を調べたものではありません。
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自閉症やADHDは、その人らしさの一部なのでしょうか。それとも、その人自身とは分けて考えるべきものなのでしょうか。
たとえば、自閉症のある子どもについて考えてみてください。 その子の物事の感じ方や考え方、好きなことへの強い関心、周囲の人との関わり方などは、その子らしさと深く結びついているように感じられるかもしれません。
一方で、日常生活で困難が生じているときには、それを本人の個性として片づけず、必要な支援につなげることも大切です。
では、私たちはどこまでを「その人らしさ」と考えているのでしょうか。そして、その考え方は、本人に対する偏見と関係しているのでしょうか。
フランスのジャン・ニコ研究所や英国のノーサンブリア大学など研究チームがこの問いを調べました。 研究チームは、英国に住む成人を対象に3つの調査を行い、合計601人から回答を集めました。
調べたのは、自閉症やADHDなどの診断を受けた人について、一般の人々がどのような印象を持っているかです。
その結果、自閉症やADHDは、うつ病などと比べて「その人自身の一部」と考えられやすいことがわかりました。 しかし、さらに興味深い結果も得られました。
ある状態を「本人らしさの一部」だと考えることと、その人に対する偏見の強さには、研究チームが予想していたような関係が見つからなかったのです。
研究チームが注目したのは、心理学で「真の自己」と呼ばれる考え方です。 私たちは、誰にでも、その人をその人たらしめている中心的な部分があると考える傾向があります。 たとえば、好きなことや物事の考え方について、それが一時的なものではなく、その人を特徴づける大切な部分だと感じることがあります。
反対に、一時的な体調の変化などは、その人自身を変えるものではないと考えることがあります。
では、自閉症やADHDなどについて、人々はどちらの見方をするのでしょうか。 研究チームが取り上げたのは、ADHD、自閉症、強迫性障害、双極性障害、うつ病、統合失調症、神経性やせ症の7つです。 最初の調査には、英国在住の成人201人が参加しました。 参加者には、それぞれの診断を受けた人物について、特徴的な行動や経験を記した短い説明文が示されました。
そして、その特徴がどの程度、その人の本当の姿を表していると思うかを、0点から100点で評価してもらいました。
その結果、ADHDと自閉症、強迫性障害は、ほかの状態よりも、その人自身の一部として評価される傾向が強くなりました。 一方、うつ病や神経性やせ症、統合失調症については、本人らしさの一部としての評価が比較的低くなりました。
研究チームは、別の成人200人を対象に、2つ目の調査も行いました。 今度は、特徴的な行動ではなく、診断された状態そのものが、その人の本当の姿の一部だと思うかを尋ねました。
すると、最初の調査とよく似た傾向が現れました。
自閉症は平均63.5点、ADHDは61.2点でした。 一方、うつ病は36.1点、神経性やせ症は37.7点でした。
強迫性障害は54.5点、双極性障害は48.9点、統合失調症は43.1点でした。
自閉症とADHDは、7つの状態のなかでも、特に「本人らしさの一部」と捉えられやすかったのです。
もちろん、この数字は、自閉症の人自身がそのように考えている割合ではありません。 あくまで一般の人々が、説明文に登場する人物について、どのような印象を持ったかを示しています。
また、参加者の回答には大きな個人差もありました。
研究チームは、なぜこのような違いが生まれるのかを、さらに調べました。 その一つが、原因についての考え方です。 私たちは、ある状態について、生まれつきの身体的な特徴や生物学的な要因が大きいと考えることがあります。
反対に、心理的な経験や環境などが大きく関係していると考えることもあります。
研究では、自閉症やADHDについて、生物学的な原因を重視する評価が比較的高くなりました。 一方、うつ病や神経性やせ症については、心理的な原因を重視する評価が高くなりました。 そして、生物学的な原因が大きいと考える人ほど、その状態を本人らしさの一部だと評価する傾向が、2つ目の調査で確認されました。
反対に、心理的な原因が大きいと考える人ほど、本人らしさの一部としての評価は低くなる傾向がありました。
ここで重要なのは、研究が調べたのは実際の原因ではなく、参加者が原因をどう考えているかだということです。 つまり、自閉症やADHDの原因が新たに明らかになったわけではありません。
また、研究では、回復の可能性が低いと考える人ほど、その状態を本人らしさの一部だと評価する傾向も見られました。 これは、本人らしさについての考え方が、「その状態は変わるものなのか」という見方とも関係していることを示しています。
しかし、ある特徴が本人にとって大切な部分であることと、その特徴に伴う困難が改善しないことは、同じではありません。 研究チームも、本人らしさと考えることが、困難への支援や改善の可能性を狭く捉えることにつながらないよう、注意が必要だとしています。
そして、今回の研究で特に重要なのは、ここからです。 自閉症やADHDを本人らしさの一部と考えることは、その人をより受け入れることにつながるのでしょうか。
あるいは、本人と診断を切り離せないと考えることで、偏見が強くなるのでしょうか。
研究チームは、3つ目の調査で、この関係を調べました。 成人200人を募集し、回答の確認を通過した197人のデータを分析しました。 参加者は、7つの状態のうち、いずれか一つについて説明文を読み、その状態がどの程度本人らしさの一部だと思うかを答えました。
さらに、その人物に対する恐れや怒り、同情、援助しようとする気持ちなどを尋ねる質問を通して、偏見の程度も評価しました。
その結果、偏見の強さにも、診断による違いが見られました。 最も高かったのは統合失調症で、次いで双極性障害でした。
一方、自閉症とADHDについては、偏見の評価が比較的低くなりました。
自閉症は、7つの状態のなかで、偏見の平均点が最も低い結果でした。 ただし、これは、社会のなかで自閉症の人が偏見を受けていないという意味ではありません。
短い説明文を読んだ人々の回答であり、実際の学校や職場での差別を調べたものではないからです。
そして、研究チームが予想していなかった結果が得られました。
ある状態を本人らしさの一部だと強く考える人ほど偏見が強い、という関係は確認されなかったのです。 反対に、本人らしさの一部だと考える人ほど偏見が弱い、という明確な関係も見つかりませんでした。
つまり、「この特徴はその人自身の一部だ」という見方だけでは、その人に対する偏見の強さを説明できなかったのです。 研究チームは、偏見がさまざまな要因によって生じる、複雑なものであることを指摘しています。
もう一つ、興味深い結果がありました。 回復の可能性が高いと考えられている状態ほど、偏見の評価が高くなる傾向が見られたのです。 一見すると、不思議な結果かもしれません。
回復できる可能性が高いと思われているなら、むしろ前向きに受け止められるのではないでしょうか。
研究チームは、別の可能性を考えています。 回復できると思うことが、「本人が努力すれば変えられるはずだ」という考えにつながっているのかもしれないというものです。 もし、本人の意思で変えられるはずだと考えられているなら、状態が続いていることを本人の責任だと受け止める人もいるかもしれません。
ただし、今回の研究では、本人の努力や責任についての考え方を直接調べていません。そのため、これはあくまで研究チームが示した仮説です。
では、自閉症やADHDが本人らしさの一部だと考えられやすかったことを、どのように理解すればよいのでしょうか。 研究チームは、近年、自閉症やADHDを、人間の神経や認知の多様性の一つとして理解する考え方が広がっていることにも触れています。 しかし、今回の研究では、参加者がそうした考え方を持っていたかどうかは、直接調べていません。
また、自閉症やADHDを本人らしさの一部と考えた人が、それを肯定的に捉えていたのか、変わらないものとして否定的に捉えていたのかも明らかになっていません。
同じ「本人らしさの一部」という答えでも、その背景にある考え方は違う可能性があります。 研究チームが注意を促しているのも、この点です。 本人の特徴を尊重することは大切ですが、それが「困難も変わらないものだ」という思い込みにつながってしまうおそれがあります。
本人らしさを尊重することと、本人が困っていることに対して適切な支援を行うことは、対立するものではありません。
研究チームは、診断について説明するときに、生物学的な原因や本人の本質だけを強調するのではなく、困難への対応や改善の可能性についても適切に伝える必要があると指摘しています。 また、異なる診断を一つの大きな集団として扱うことにも注意を促しています。 今回の研究では、7つの状態について、本人らしさの評価も、偏見の評価も、それぞれ異なっていました。 さらに、同じ診断についても、参加者によって受け止め方には大きな違いがありました。
そのため、すべての状態について同じ説明や啓発方法を用いるのではなく、それぞれにどのような誤解があるのかを理解する必要があるとしています。
ただし、今回の研究には限界もあります。 参加者は英国に住む成人で、オンラインの調査サービスを通じて募集されました。そのため、日本を含むほかの国や地域でも同じ傾向が見られるかはわかりません。 また、実際の自閉症やADHDのある人と関わりながら評価したのではなく、短い説明文を読んで回答しています。 説明文の内容によって、結果が変わった可能性もあります。 さらに、参加者自身の診断歴は調べられていません。
そして、この研究は、自閉症やADHDのある本人が、自分の特性をどう捉えているかを調べたものでもありません。
それでも、今回の研究は、自閉症やADHDに対する社会の理解を考えるうえで、大切な視点を示しています。 自閉症やADHDは、ほかのいくつかの状態と比べて、本人らしさの一部として捉えられやすいものでした。
しかし、そう捉えることが、偏見を強めるとも、弱めるとも確認されませんでした。
つまり、本人らしさとして理解することだけでは、その人をどのように受け止め、接するかまでは決まらないのです。 自閉症やADHDの特性を、その人の大切な一部として捉える人がいるかもしれません。
一方で、本人が日常生活で経験している困難については、必要な支援を考えることができます。
本人らしさを尊重することと、困難を理解し、支援すること。 その両方を大切にする必要があります。
診断名によって、その人のすべてが決まるわけではありません。 また、本人の特徴を尊重することは、困難への支援の可能性を閉ざすことでもありません。
今回の研究は、自閉症やADHDを「個性か障害か」という二つの選択肢だけで考えるのではなく、その人自身への理解と、必要な支援について、それぞれ丁寧に考えることの重要性を示唆しています。
(出典:Current Psychology DOI: 10.1007/s12144-026-10215-4)(画像:たーとるうぃず)
いつも相手を尊重し、向き合っているのであれば、ラベルは気にはならないはずです。
他人がどう思うよりも、本人がどう思っているかのほうがたいせつだと思います。
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この記事について
この記事は、発達障害、知的障害のある子どもの親であるたーとるうぃずの運営者が、発達障害、自閉症、ADHD、知的障害に関する研究・報道・一次情報をもとに、専門外の読者にも読みやすい日本語で再構成したものです。医療上の判断や診断を行うものではありません。必要な場合は、医療・福祉・教育の専門機関にご相談ください。
出典:Current Psychology DOI: 10.1007/s12144-026-10215-4
公開日:2026年11月1日 更新日:2026年11月1日 著者:チャーリー
運営:たーとるうぃず
この記事を、うちの場合で考える
特徴を本人の大切な一部として尊重することと、日常で困っていることへの支援を考えることは、両立できます。まずは本人の感じ方や、助かる対応を確認してみましょう。
このチェックで考える人: 本人
これは診断ではありません。記事で紹介した内容を、家庭・学校・外出先などの場面に置き換えて考えるための小さな整理です。