かつてスパコンが必要だった宇宙シミュレーションをノートPCで実行できる強力エミュレーター「Effort.jl」

サイエンス

天文学者らは長らく、宇宙の巨大な構造をシミュレートするために、膨大な計算能力を持つスーパーコンピューターを利用してきました。ところが、新たに開発された「Effort.jl」というエミュレーションツールは、複雑な宇宙論モデルの挙動を模倣することで、標準的なノートPCを使ってわずか数分でスーパーコンピューターと同等の結果を出力できるとのことです。

Effort.jl: a fast and differentiable emulator for the Effective Field Theory of the Large Scale Structure of the Universe - IOPscience

https://iopscience.iop.org/article/10.1088/1475-7516/2025/09/044

GitHub - CosmologicalEmulators/Effort.jl: Repository containing the EFfective Field theORy surrogaTe https://github.com/CosmologicalEmulators/Effort.jl

Cosmic simulations that once needed supercomputers now run on a laptop | ScienceDaily

https://www.sciencedaily.com/releases/2025/09/250918225001.htm 広大な宇宙を理解するため、天文学者らは宇宙空間における物理学法則と天文観測機器のデータを組み合わせ、宇宙のような大規模構造についての枠組みである「大規模構造の有効場理論(EFTofLSS)」などの理論モデルを構築しています。これらの理論モデルは、観測データを基にして宇宙の構造を統計的に記述し、主要なパラメータを推定することを可能にします。

しかし、EFTofLSSのようなモデルを実行するには、膨大な時間と計算リソースが必要です。また、近年は宇宙観測機器の進化に伴って利用可能な天文データセットが指数関数的に増加しているため、精度を損なうことなく解析を軽量化する方法が必要だとのこと。 そこで注目されているのが、理論モデルの応答を模倣することではるかに高速で動作する「エミュレーター」です。エミュレーターはデータに基づいた解析結果を出力する「近道」になり得ますが、一方でベースとなるモデルそのものではないため、精度が失われるリスクがあります。

今回、イタリア国立天体物理学研究所(INAF)パルマ大学ウォータールー大学などの国際的研究チームは、EFTofLSS用に設計した新たなエミュレーター「Effort.jl」をリリースしました。

研究チームのテストでは、Effort.jlはスーパーコンピュータではなく標準的なノートパソコンを使って数分程度で実行でき、模倣元であるEFTofLSSと本質的に同等の精度を達成できることが確認されました。さらに場合によっては、元のモデルよりも細かいディテールまで再現できたとのことです。

理論モデルは収集されたデータを生み出す構造を統計的に説明するものですが、今日では入手可能なデータ量が指数関数的に増大しているため、実行するには膨大な時間とコストが必要となります。エミュレーターはニューラルネットワークを用いて、入力パラメータに対する出力を学習することで、これまで見たこともないパラメータの組み合わせにも対応できるようになります。 論文の筆頭著者であるウォータールー大学のマルコ・ボニチ氏は、「(理論モデルを毎回徹底的に実行することは困難)だからこそ、私たちは時間とリソースを大幅に削減できるエミュレーターに目を向けるようになったのです」と述べています。 重要な点として、エミュレーターは物理現象そのものを理解しているわけではなく、あくまで理論モデルが入力に対してどのように応答するのかを理解しているという点が挙げられます。Effort.jlは、パラメータが変化した時に予測値がどのように変化するかについての知識をアルゴリズムに組み込むことで、トレーニングフェーズをさらに短縮しているとのことです。 ソーシャルニュースサイトのHacker NewsでもEffort.jlが話題となっており、あるユーザーは「特定のプロセスを模倣した上で、そのモデルが元のプロセスよりも『さらに優れている』と主張するような機械学習論文には、すぐに疑念を抱きます」とコメント。ボニチ氏はこれに反応し、「まず、おっしゃる通りです!代理モデルは高度な補間器なので、最終的には模倣対象のモデルと同等の精度しか得られません」と答えています。その上で、模倣対象のコードに存在する精度設定が計算コストの関係で制限されていた場合、計算コストが低いエミュレーターを使用して精度設定を引き上げることで、標準設定の元モデルより高い精度が出る可能性があると説明しました。

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