中学校「プール授業」廃止の陰に「見られるのがイヤ」などジェンダー問題 立ち返るべき「本来の目的」とは

プール開きのシーズンだ。だが、中学生になると「プール授業」が不人気だという(写真はイメージ/gettyimages) この記事の写真をすべて見る

 公立中学校のプールの授業を取りやめる自治体が増えている。専門家は、「単にプールの老朽化だけでなく、ジェンダーの問題もクローズアップされている」と指摘する。

【写真】「プール普及」きっかけは70年前の悲劇だった。着衣泳を学ぶ生徒たち

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水泳の授業に参加したくない

 6月はプール開きのシーズンだ。だが、思春期に入った子どもたちにとっては、憂鬱な季節でもあるようだ。

「水泳の授業に参加したがらない生徒が年々増えている。体形を他の生徒に見られることを嫌がる生徒が多くなっていると感じる」

「女子生徒が生理でない日でも、『生理だから』と、うそをついてプールに入らない。一方で、『生理でも入れるから、極力プールに入りなさい』と言う体育教員がいる」

「女子生徒から『男女一緒のプール授業は嫌だ』という声が上がりますが、年配の教員が譲らず、男女一緒にプールに入っています。セクハラに対する認識が甘く、理解できないようです」

 これは、NPO法人School Voice Projectが行ったアンケート(「水泳の授業の今後のあり方について」、2022年)に寄せられた、中学校の教員らの声だ。

岩手県滝沢市で中学校の水泳実技を廃止

 そしていま、中学校での「水泳の授業」に、異変が起こっている。

 岩手県滝沢市は今年度から市立中学全6校の水泳の実技の授業を全て廃止した。代わりに、水難事故対策を中心とした座学を行う。

「生徒や保護者からの問い合わせは全くありません。プール授業廃止の方針について、ご理解いただけたと認識しております」と、同市教育委員会の担当者は語る。

 同市ではコロナ禍以降、児童・生徒への健康面の配慮から、プール授業についても「決して無理はさせず」、児童・生徒本人や保護者の申し出を尊重してきた。

36%が水泳の授業を欠席

 その結果、「プールに入れない」「水泳の授業は受けない」という中学生が急激に増えたという。ある大規模校では、2023年度にプール授業を実施した生徒、のべ4392人のうち、36%にあたる1602人が授業を欠席した。

 理由として、「体調不良」「塩素系消毒剤へのアレルギー」もあるが、「ジェンダー」に起因する理由が増えているという。

「最近は男女を問わず、『肌を露出するのがイヤ』『水着姿になるのが恥ずかしい』という生徒の声が目立つようになりました」(同市教委の担当者)

6月はプール開きのシーズンだが水泳の実技授業を廃止する中学校が増えている=米倉昭仁撮影

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「着衣泳」を学ぶ児童。服と靴を身につけたまま仰向けに浮いて救助を待つ=水難学会提供

 それに伴い、教員の負担も増えた。着替え場所の確保や、プール授業内容の保護者への説明など、以前よりもきめ細かな配慮が必要になった。

 プール設備の維持管理も頭の痛い問題だ。市内小中13校のプールにかかる年間補修費は260万円。水道代などの年間維持費は約1022万円。13校中、11校のプールは築30年以上が経過しており、改築を検討せざるを得ない施設が複数あるという。加えて、水量や水質の管理をする教員の負担も大きい。

プール普及は70年前の「悲劇」がきっかけ

 国の学習指導要領は、中学1、2年の水泳を「必修」とし、実技授業を行わないのは「水泳場の確保が困難な場合」としている。ただし、文部科学省・スポーツ庁の担当者は柔軟な見解を示す。

「確かに規定上はそう記されていますが、プール授業の継続については、水泳場の確保以外の要素も検討し、それぞれの自治体が判断するものだと思います」(スポーツ庁の担当者)

 国は、プール授業は、「水難事故」から子どもたちの命を守ることを大きな目的としている。

 全国の学校にプールが普及したきっかけは、1955年に連絡船「紫雲丸」が瀬戸内海で沈没した事故まで遡る。このとき、修学旅行中の児童・生徒100人や教員を含む168人が亡くなった。

 実は現在も、毎年30人前後の、中学生以下の子どもたちが水難事故で死亡・行方不明になっている。そのうち、河川での水遊びなどで事故に遭うケースが約6割を占める。

 スポーツ庁の担当者は、「各自治体には、水難事故防止の観点から、プール授業の重要性や学習機会の確保について、しっかりご検討いただきたい」と訴える。

消防署員が心肺蘇生法やAED使用法を教える

 滝沢市の場合、中学校の水泳の実技授業を取りやめる代わりに、小学校の水泳の授業を強化する。

 目標は「小学校6学年で25メートル泳げる」こと。スイミングスクールのインストラクターらの外部人材と連携する。安全指導については、河川や用水路に着衣のままで落ちた場合を想定して、「着衣泳」の実施を徹底する。

 また中学校で、消防署員が心肺蘇生法やAEDの使用方法などの実技を生徒に教えるという。

「修了者には、独自に受講証明書を発行して、生徒の水の事故に対する意識を高めていきたい」(同市教委の担当者)


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学校プールのアドバイザーとしても活躍する笹川スポーツ財団の熊谷哲・上席特別研究員=米倉昭仁撮影

 ただし、同市のように、プール授業の本来の目的に立ち返り、授業を工夫する自治体は多くないようだ。中学校のプール授業を廃止したいくつかの自治体に取材したが、老朽化したプールの維持改修費以外の話が出ることはほとんどなかった。

体系的に学ぶプログラムを

 学校のプールのあり方について、自治体にアドバイスしてきた笹川スポーツ財団の谷哲・上席特別研究員は、こう指摘する。

「『他の自治体が費用のかさむプールの授業をやめたから、うちも』という安易な姿勢が感じられる自治体は、残念ながら少なくありません」

 熊谷さんは、自治体から相談を受けるなかで、水難事故防止のためにプール授業の重要性を訴える国の姿勢と、自治体の認識がかみ合っていないことを強く感じてきた。

 そして、その大きな原因は学習指導要領にあると見る。着衣泳に関する記述はなく、指導要領解説に、「着衣のまま水に落ちた場合の対応の仕方について」は、「各学校の実態に応じて取り扱うことができる」などと記されているのみだ。そのため、水の事故をなくそうと創意工夫する自治体と、そうでない自治体とのギャップが大きいという。

「水難事故防止が重要なのであれば、授業内容を自治体まかせにせず、体系的に学ぶプログラムを学習指導要領に記すべきでしょう」(熊谷さん、以下同)

民間のスイミングスクールのプールを利用

 学校のプールを廃止して、民間のスイミングスクールのプールを利用した実技授業も増えている。水泳の指導は主にインストラクターが行う。教員は学習指導計画づくりや児童・生徒の評価に専念できるので、教員の負担軽減のメリットも大きいという。

 たとえば、京都府福知山市では、昨年度から民間の温水プールを利用した水泳の授業が市立小学校ごとに、ほぼ1年を通して行われている。児童や教員の移動には市のスクールバスを活用する。

「天候に左右されず、更衣室も奇麗です。アンケートをとると、83%の児童が『泳ぐことが好きになった』と答えました。保護者や教員からも好評です」

持続可能なプールの仕組み

 ただし、スイミングスクールのプールに頼れない地域も少なくない。

「公営・民間の区別なく、住民の健康増進も含めたプール施設のあり方や利活用に工夫を尽くすことが大切です。大切なのは子どもたちが楽しく取り組めるプール授業であること。それを大前提に、持続可能なプール授業の仕組みをつくってほしい」

 大人世代が当たり前のように受けてきた水泳の授業が大きく変わりつつある。子どもたちにとって何がベストなのか。建設的な議論を進めてほしい。

(AERA編集部・米倉昭仁)

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