「彼女の体には拷問の痕があり、DNA鑑定でようやく…」潜入した女性記者が死亡、ロシアが支配するウクライナ“占領地”の実態(文春オンライン)|dメニューニュース

 ロシアによる軍事侵攻からまもなく4年。ロシアが占領したウクライナの街で一体何が起きているのか? NHKスペシャル「 臨界世界 戦慄の占領地 “ロシア化”の実態 」(1月25日夜9時放送)。海外メディアが入ることすら困難な支配地域の、知られざる現実が見えてきた。(寄稿:NHK木村和穂、NHK松宮健一/全2回の1回目、 後編 に続く)

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“ロシア占領地”というタブーに挑んだ

 昨年夏のキーウ。私たちはあるジャーナリストの最期について取材をしていた。ビクトリア・ロシチナ(27)。ロシアに占領されたウクライナの街への潜入取材を敢行したがロシア軍に拘束されて1年あまり収容された後、変わり果てた姿で戻ってきたウクライナ人の記者だ。彼女の体には拷問の痕があり、DNA鑑定でようやく本人確認ができたという。前途有望な記者の痛ましいニュースは、世界的にも知られることとなった。

 取材に入った記者が殺されてしまう場所とは、いったいどんな世界なのか?

 それが占領地に興味を持ったきっかけだった。

 かろうじてウクライナ側に逃げてきたという人たちに次々に話を聞いていった。収容所で受けたという拷問のあまりの残酷さには言葉を失った。

 ある人の言葉が印象に残った。

「占領地は格子のない監獄だ。そこにいるすべてのウクライナ人は、ロシアの人質になっている」

 ならば、まだ誰も明らかにできていないその実態を明らかにしたい。当事国でない日本のジャーナリストという立場だからこそ迫れるものもあるのではないか。

 制作陣はこれまでウクライナ取材を続けてきたメンバー。4年前ロシアが軍事侵攻を開始した当初から現地取材を重ね、ウクライナ取材は6回に及ぶ。蓄積したネットワークとノウハウを生かせば占領地にもアプローチできるのではないかと踏んだ。

 だが、それは誤算だった。

「危険すぎて無理だ」頓挫したウクライナ側からの取材

 ロシアに占領されたウクライナの領土は国土の2割。およそ600万のウクライナ人がいまも占領下に暮らしているとされる。そこではウクライナ人は激しく弾圧され、言語、国籍、社会制度など、あらゆるものが強制的にロシアに置き換えられる「ロシア化」が進んでいる――。

 占領地から漏れ伝わってくるそのようなウワサを、映像と証言で明確に描き出せないか。いまも占領地の中に留まるウクライナ人と接触し、彼らに撮影に協力してもらえたら、知られざる実態を明らかにできるのではないか。

 だが、取材は初めから雲行きが怪しかった。


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 占領地からの避難民が集まる施設に足を運べば、まだ占領地に親戚や知人が残っているという人はいくらでも見つかる。しかしぜひ紹介してほしいと頼むと、みな判で押したように「危険すぎて無理だ」との答えが返ってくる。

 これまでのウクライナ取材では「窮状を世界に伝えてほしい」と前のめりに協力してくれる人がほとんどだったので、あまりのギャップに面食らう。過去に協力してくれた人たちにも「占領地の中の人を紹介してほしい」と頼んだが、似たり寄ったりの反応だった。この消極性は何を意味しているのか?

親子ですら本当のことは話せない「みんな天気の話ばかりしています」

 そんな中、占領地にいまも両親が残っているアナスタシアという女性に出会った。両親に連絡をとり、取材に協力してもらえないか聞いてもらいたいと懇願する私たちにアナスタシアは言った。

「占領地では電話を誰に盗聴されているかわからないのです。メールもメッセンジャーも同じです。ロシアはすべてチェックしています。突然、秘密警察がやってきてスパイ容疑で人々を逮捕していくのです。あなたが占領地の中の人に連絡を取ろうとする行為が、相手にどのようなリスクを負わせているか理解していますか?」

 それでもアナスタシアたちは私たちに1つの提案をしてくれた。彼女と両親が電話をする場面に立ち会わせてくれるというのだ。そして、電話の様子を見せられて、「危険すぎて無理」という意味をようやく理解した。

「お母さん元気?」

「ええ、お父さんと私は何とかやっている、大丈夫よ……」

 1ヶ月に1度と決めているという電話は、わずか数分で終わった。久しぶりの貴重な親子の会話だというのに、会話はほとんど天気の話に終始する。アナスタシアが「危険はないの?」と水を向けても、母親は話題をはぐらかす。「占領」という言葉も「ロシア」という言葉も出てこない。アナスタシアは言う。

「実の両親とさえも、こんな会話しかできないのです。母は『ロシア人』という言葉を絶対に口にしません。どうしても必要なときは『彼ら』とか『お客さんたち』といった隠語を使います。占領当初はそんなことはありませんでした。次第に様子がおかしくなり、いまは内容のある会話をすることは諦めています。不用意な一言で、命を落とす可能性があるのです。生存確認のためだけの電話です」

 このような状況下で、外国メディアの取材に協力してくれる人を見つけ出すことがいかに困難か。その後も手を尽くしはしたが目立った成果を上げられないまま、私たちの3週間のウクライナ滞在期間は過ぎていった。

拷問され亡くなった女性記者ビクトリアの元上司。占領地に向かうビクトリアを止められなかったことを今も悔やんでいた ©NHK

 その間わかったこともあった。ウクライナの現地メディアですら、占領地の実態をほとんど取材できていないということだ。日常に伝えるべきトピックが多すぎて、占領地の中までは取材の手が回らないし、関心が及ばないという実情もあるかもしれない。また過酷な実態を直視することの心理的な忌避感もあるように感じた。

 結果的に、ウクライナメディアが取材できていないため、西側メディアも占領地の中にほとんど目を向けていない状況が生まれていた。そこは文字通りのブラックボックスになっていた。

〈 「占領地のウクライナの子どもを『ロシア人』として再教育しているのか?」と尋ねると…ロシアメディア幹部の“意外な答え” 〉へ続く

(木村 和穂,松宮 健一)

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