アングル:値上げ続きの高級ブランド、トランプ関税で試される価格決定力
[パリ/ニューヨーク 28日 ロイター] - 27日に発表された米国と欧州連合(EU)の関税合意で、高級ブランド各社は最悪の事態を免れた。ただ、既に消費者需要が低迷している中でのさらなる値上げには依然、繊細な綱渡りを強いられることになる。
デジタル・ラグジュアリー・グループの中国担当マネジングディレクター、ジャック・ロイゼン氏は米EU間の関税合意により、高級品業界の主要市場である米国で必要な見通しが立つことになると述べた。
だが一方で「ブランド各社は若年層や不定期顧客を遠ざけることがないよう、追加の値上げには慎重になっている」とロイゼン氏は指摘する。
トランプ米政権が7月中旬に表明していた30%の関税率よりは低いものの、EU側が望んでいた「ゼロ対ゼロ」の協定からは程遠い結果に終わった。
中国経済が失速し、世界的に売上が低迷する中、高級品業界は今、米国市場に期待を寄せている。
ニューヨークの高級百貨店サックス・フィフス・アベニューで先週、買い物中だった医師のアビダ・タヘルさん(53)は「関税は確実に私の購買行動にも影響すると思う。関税率次第だ。購入を即決せず、いったん立ち止まって考えることになるだろう」と語る。イタリアやフランスのブランドの中ではヴァレンティノが好きだと話した。
LVMHのベルナール・アルノー会長兼最高経営責任者(CEO)は米政権との緊張緩和を求め、EU指導者らに強い働きかけを行ってきた。24日には、米テキサス州で2番目となる工場の建設計画を発表している。
しかし、こうした動きは多くの欧州ブランド企業にとって、何年もかけて地元の職人技術を習得させる必要があるなど、極めて複雑でコストもかかると複数の業界専門家は警告する。
一部の高級ブランドは価格決定力で関税コストを相殺することが可能だとしているものの、アナリストや業界関係者からは度重なる値上げにより、これ以上引き上げる余地には限りがあるとの声も上がる。
RBCの推計によると、大手高級品ブランドは2019ー23年に平均33%の値上げを実施。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)後の需要回復で売り上げを伸ばした。
シャネルを代表するキルティングフラップバッグの価格は15-24年で3倍以上に上昇したほか、「レディディオール」やルイ・ヴィトンのトラベルバッグ「キーポル」も2倍以上値上がりしたと、スイス金融大手UBSのアナリストは分析した。
<ブランドと価格設定に「かい離」>
2019年以降の4年間、高級品業界における売り上げ増の半分は値上げによるものだ。UBSのアナリストは、うち3分の1は16-23年に実施された価格改定に起因すると指摘する。
米コンサルティング会社ベインは、経済的圧力や「値上げ疲れ」からデザイナーブランドの服やバッグに消費者の手が伸びず、同セクターが昨年、5000万人の顧客を失ったと試算している。
スイスの資産運用会社GAMで高級ブランドの投資戦略を担当するフラビオ・セレダ氏は現在、価格バランスを見誤った企業が苦戦を強いられていると話す。
「勢いの大幅な失速は、それが不均一であれ、過剰な価格設定をしていた期間があったことによる当然の結果だ」
対米輸出商品に15%の関税が課せられた場合、米国内での販売価格におよそ2%上乗せするか、もしくは世界全体で約1%値上げする必要が生じるとUBSは指摘。さもなければ利払い・税引き前利益(EBIT)に3%程度の損失がみられることになると予測した。
最近、高級品業界全体で業績回復の兆しが見られておらず、こうした値上げは困難を極める可能性がある。
LVMHの第2・四半期の売上高は、ルイ・ヴィトンやディオールなど主力ブランドが足を引っ張り、予想を下回る結果となった。伊モンクレールは1%減、仏ケリング傘下の「グッチ」も不振が続くとみられている。
スイス資産運用大手ピクテ・アセット・マネジメントのプレミアムブランド部門トップ、キャロライン・レイル氏は、過去4年間で一部の高級品の品質や創造性と価格との間に「かい離」があると指摘する。
米ノースカロライナ州出身の臨床セラピスト、プレシャス・バックナーさん(37)は先週、マンハッタンのサックス・フィフス・アベニューでシャネルのクラシカルなフラップバッグを見ていたが、価格が上がればもう買う価値はないと話す。
「サイズやフィット感、好みかどうかを見るために店舗に足を運んでいる。そうしておけば、リセールで買えることもある」
バックナーさんは、ブランドの公式店舗で1万2000ドル(約178万円)支払うよりは、ハイブランドの中古品を扱う米リセールサイト「ザ・リアルリアル」や「ファッションファイル」で8000ドルで購入する方を選ぶだろうと明かした。
ベインは世界全体の高級品売上高が今年、コロナ禍を除く過去15年で最大の落ち込みとなる2-5%減少する可能性があると試算する。昨年は前年比1%減だった。
業界全体の低迷に対抗すべく、各社は採用強化に乗り出している。シャネルやグッチ、LVMH傘下のディオール、セリーヌ、ジバンシー、ロエベ、ヴェルサーチェといったブランドが新デザイナーの起用を発表した。
だが、スタイルを刷新して価格と商品価値の溝を埋めるには、時間を要するだろう。
「指を鳴らして、数週間のうちにできるようなことではない」とピクテのレイル氏は語った。
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