化学の世界に新たな「部屋」を創造した…ノーベル賞受賞の舞台裏(クーリエ・ジャポン)
1999年のゴードン会議では厳しい批判を受けましたが、それで引き下がろうとは思いませんでした。自分たちが積み上げてきたデータには絶対の自信を持っていたからです。 1995年頃からアメリカのオマール・ヤギーさんも孔の空いた材料の研究成果を精力的に発表していました。私たちの成果は、一研究室の特異な例ではなく、きちんと設計すれば同じような材料が作れることが見え始めたのです。1997年頃からは各国の研究者たちが、MOFという新しい学問分野に参入してきました。 そこで私は1998年、この新しい流れを一度きちんと言葉にしておこうと考え、「日本化学会欧文誌(Bulletin of the Chemical Society of Japan)」(日本化学会が刊行する英語の論文誌でBull.Chem.Soc.Jpnと略されている)に総説を発表しました。個々の化合物の報告を積み重ねるだけではなく、何が新しく、どこに本質があり、これから何を目指すべきなのかを、自分なりに整理して示したかったのです。 その総説で私が訴えたかったのは、孔の空いた材料は単に珍しい結晶でも、都合よくすき間が残った構造でもない、ということでした。金属イオンと有機配位子を適切に選べば、結晶の中に分子レベルの空間が生まれ、その空間に特定の役割を持たせることができます。さらにこの頑丈な多孔性結晶群に、柔軟な骨格を持つものがあると予測もしました。 孔は、見た目には何もありませんが、周囲の分子による電気的、磁気的な力が働く「場」です。そこには単なる空白ではない、化学的な個性があります。どんな金属を使うか、どんな有機分子を組みあわせるかによって、孔の大きさや形だけでなく、内側の表面の性質までも変えることができます。分子を引き寄せやすい孔もあれば、特定の分子だけを通しやすい孔もある。さらには孔の中で、ある分子と別の分子の化学反応を引き起こすことさえできるかもしれない。その可能性を追究することに、この研究の核心があると考えました。 従来、結晶を対象とする化学では、どれだけ美しい構造を作れるかが大きな関心事でした。しかし私は、美しいだけでは足りないと考えました。気体の分子を取り込み、入れかえ、選び分け、ときにはその中で反応まで起こさせる。つまり、分子を迎え入れ、働かせる空間として結晶を使う。そんな発想を、私は、機能を持つ小さな孔(ポア)を研究するという意味で、「機能性マイクロポア化学」と名づけました。 当時、無数の孔が空いた多孔性材料としてゼオライトが知られていました。MOFの骨格が有機物からなるのに対して、ゼオライトの骨格はケイ素、アルミニウム、酸素などから構成される無機物です。この無機物の構成元素の組みあわせ方もいろいろあり、ゼオライトの種類も多くありますが、炭素骨格を持つ有機物の組みあわせ方に比べると圧倒的に少ないのです。 オモチャのレゴ®でも、ブロックの種類や数が少ないよりも、多い方ができることの幅は広がります。それと同じで、有機物を部品として使えるMOFでは、骨格の組み方にほとんど無限といってよいほどの可能性が生まれます。部品の長さを変える、曲がり方を変える、表面に特定の性質を持たせる。そうした工夫によって、孔の大きさや形だけでなく、孔の内側の機能まで変えることができるのです。 ゼオライトが優れた多孔性材料であることは間違いありませんが、設計の自由度という点では、MOFはそれを大きく上回る可能性を秘めていました。私はそこに魅力を感じました。孔があるということ自体が新しいのではなく、どのような孔を、どのような目的で作るかを考えながら材料を設計できることが新しかったのです。 孔を持つ骨格をホスト、その中に取り込まれる分子をゲストと呼びます。MOFはホストで、溶媒や気体など孔に入る分子はゲストです。このホストとゲストの関係は、MOFを理解するうえでとても重要です。なぜなら、MOFの価値は、骨格そのものの美しさだけではなく、どのようなゲストを受け入れ、どのようにふるまうかによって決まるからです。言い換えれば、MOFはただ孔が空いている材料ではありません。分子を迎え入れるための場を内側にもった材料なのです。 大きなゲストを取り込みたければ、それに見合った広さの孔を持つホストを設計する。特定の気体だけを選んで通したければ、孔の入り口や内側の性質を工夫する。孔の中でゲストに化学反応を起こさせたければ、その場に相応しい化学的な性質をホストに持たせる。 もちろんホストに孔があればそれでいいわけではありません。ゲストが孔の中にいる間は安定でも、それを取り除いたら骨格が崩れてしまうのでは、本当の意味で機能的なホストとは言えません。重要なのは、孔があることそのものではなく、孔を保ったままゲストを出し入れできるだけの強さをホストが備えていることです。 私は、この分野の材料をいくつかの世代に分けて考えました。まずゲストを失うと崩れてしまう第1世代。骨格を保ったままゲストの吸着と脱着をくり返せる第2世代。そして、外からの刺激に応じて骨格自身がフレキシブルに、柔らかに動く第3世代。 私たちが1992年に発表した一価の銅イオンを含む孔を持つ材料は第1世代、1997年に発表したコバルトとビピリジンからなるMOFは第2世代に位置づけられます。私が第3世代として提示したMOFはこの時点ではまだ存在していませんでしたが、きっとそのような材料が作れるはずだと考えました。そこで、前述の1998年に発表した日本化学会欧文誌で第3世代に分類される柔らかい結晶の存在を予測し、その特徴を記述しました。 実際、2001年に千葉大学の研究グループが、2002年には私たちのグループも、第3世代のMOFを発表しています。実は、1997年に私たちが発表したものも第3世代のMOFだったことが後で明らかになりました。私が1998年に「いずれ作れるようになるだろう」と予想したものを、なんと私たち自身がその前年に世界に先駆けて創製し報告していたのです。