ロシアがNATO攻撃を仕掛ける理由、ウクライナとの戦いで突破口を開くため

多くの人は「ロシアがNATOを攻撃するかもしれない」という懸念について「馬鹿げてる」と考えるかもしれないが、欧米当局者が懸念しているのは「NATO第5条の有効性を試すための攻撃」で、ウクライナとの戦いで突破口を開くには「欧州支援」を止める必要があり、この懸念は当局者間でますます高まっている。

参考:Putin cannot defeat NATO but he could divide and discredit the alliance

多くの人は「ロシアがNATO加盟国を攻撃するかもしれない」という懸念について「ウクライナと戦争中のロシアがNATOに侵攻するなんて馬鹿げてる」と考えるかもしれないが、欧米当局者が懸念しているのは「ロシアがNATO加盟国に侵攻している全面戦争」ではなく「NATOの基盤=第5条の有効性を試すための攻撃」で、ロシア人系住民の保護など曖昧な問題で特定地域の対立を煽り、判断や立場が分かれそうな小規模な衝突からエスカレーションを誘い、西欧と東欧の認識や危機感の違いを突いて加盟国間を分断し「第5条が役に立たない」と証明することだ。

出典:NATO

もっと分かりやすく言えば「曖昧で判断や立場が分かれそうな部分を攻撃して団結されると厄介なNATOをバラバラにする」「欧州全体をロシアへの危機感が異なるグループ毎に安全保障体制を再編させる」「再編されたNATOよりも小さなグループは相対的に戦力と能力の規模が小さくなる」「結果的にロシアの影響が強くなり干渉しやすくなる世界が出来上がる」という意味で、NATO作戦担当事務次長を務めるトーマス・ゴフス氏も2025年3月「ロシアがNATOの構造的欠陥に付け込んでいる」と指摘してる。

“NATOの集団行動は認識の共有という土台の上に成り立っており、これを達成するには実際の作業が必要だ。加盟国は2014年に同じ写真を見て大規模なロシア軍がクリミアにいるとか少数のロシア軍がクリミアに入っただけと異なる認識を示し、加盟国間で共通認識が形成されなかったためNATOは何も行動できなかった。2022年は米国による情報共有があったため2014年とは異なる対応になった”

出典:Anton Holoborodko/CC BY-SA 3.0 ロシアがクリミア占領に投入したLittle green men

“プーチンを刺激するのは何をするかではなく何をしないかで、この教訓を我々は2014年の時に学ぶべきだった。プーチンは戦略家ではなく日和見主義者で、何度かドアを押してみて何の反応もなければ家の中に入ってくる。プーチンは2014年に「武力を行使しても重大な事態は起こらない」と学び、これが2022年の侵攻を招いた要因だ。彼自身の言葉を借りればプーチンは「新しい世界秩序の形成に向けて和解不可能で深刻な闘争が繰り広げられている」と考えている

“我々は戦略的対立の中にいる。オーストラリアの友人たちも「インド太平洋地域における習近平のダイナミックな動き」に同じものを見ているだろう。プーチンは戦略的対決で勝利するため「平和時に危機と紛争を利用する」と明言している。従来の認識では平和→危機→紛争は段階的に発展していくものだが、現在では各段階の境界が曖昧で良くわからないうちに進んでいく。ルッテ事務総長もNATOが置かれた状態について「戦争状態ではないものの平和状態でもない」と述べたことがある”

出典:NATO

乱暴な言い方をすれば「民主主義国家を守る」「ロシア系住民を保護する」といった名分を「正義」と称しているが、これは戦略的対決の口実や火種を正当化するための政治的レトリックでしかなく、これをもっともらしく見せ「敵の正義」を毀損させるのが情報空間の戦いとなり、NATO最大の弱点は「加盟間で状況認識が共有できないと集団行動が機能しない」「最大の潜在的脅威=ロシアへの危機感が東欧と西欧でギャップがある」「加盟国の数だけ異なる正義や政治的レトリックがある」という点だ。

日本人にとって身近な話に例えるなら、日本と米国は尖閣諸島付近で中国漁船と海上保安庁と衝突して自国民保護の名目で中国海軍が出てきた場合「中国が日本の主権を侵害した」という認識を共有できるのか、自国民保護の名目で中国海軍の艦艇が海上保安庁と小規模な衝突に発展した場合「日本の施政下における武力攻撃」という認識を共有できるのかを試し、米国が「ちょっとした衝突で第5条=共同防衛を発動するのは大げさだ」と言い出せば「第5条発動の条件について日米間で認識の共有がないか温度差がある」となる。

出典:首相官邸

そして事態の判断で日米が右往左往している間に状況は急速にエスカレートして中国軍が尖閣諸島に上陸してしまい、日本は武力による即時奪還を主張するものの、米国が中国と直接衝突することを避けて「ひとまず対話で状況の収拾を」と言い出せばクリミアの二の舞いが出来上がり、日本を含む東アジアの国々に「米国が提供する安全保障は機能しない」と実証して見せることで地域の安全保障体制を再編させて「中国の影響が強くなり干渉しやすくなる世界」が誕生するという脈略だ。

ジョン・ラトクリフCIA長官が8月下旬にモスクワを訪問したのは「NATOの結束を試そうとするな」と警告するためで、米シンクタンクのアトランティック・カウンシルも3日「欧州に対するロシアの攻撃的な行動を示す証拠が十分に存在するにもかかわらず、多くの観察者はプーチンがNATOを攻撃するという主張に依然として強い懐疑的な見方を崩していない。懐疑派はウクライナにおけるロシア軍の苦戦ぶりを挙げ、ロシアよりも遥かに巨大で強力なNATOと対峙する余力がない証左であると指摘している。この主張は間違ってはいないもののロシアの意図を根本的に読み違えている」と指摘した。

出典:Bundeswehr

“仮にプーチンがNATOへの攻撃を決断したとしても、その目的は実際にNATOを打倒することではなく、加盟国を分断して威信を失墜させることにある。極めて重要な点はプーチンが今日の極めて不安定な地政学的環境を「ロシアにとって西側諸国を分断し、ウクライナでの勝利を収めるための千載一遇の好機」と捉えている可能性があることだ。プーチンは2022年以降、ウクライナにおけるロシア軍の戦果を誇張することで悪名高くなっている。一方で彼は完全な妄想家というわけではなく通常戦においてロシアがNATOに勝利するなど現実的には到底望めないことを熟知している”

“したがって、NATOに対するロシアの攻撃が行われるとすれば同盟国間の分断を深刻化させ、その政治的決意の欠如を露呈させることを目的とする小規模なものになるだろう。このシナリオにおいてロシア軍は「ロシア系住民の保護」を口実としてNATOの東部側面のどこかで越境侵攻を仕掛けるだろう。そしてロシアはNATOがいかに反応するかを試すのだ。仮に加盟国が軍事的対応で合意に至らず、ウクライナへの対応と同じ「エスカレーションへの恐怖」によって機能不全に陥った場合、NATOの集団安全保障に対するコミットメントの信頼性は完全に崩壊する”

出典:Единая Россия

“そうなればプーチンは欧州の安全保障上の不安に乗じ、各加盟国に対して個別にウクライナ支援から手を引くよう圧力をかけることが可能になる。多くの西側オブザーバーにとって「ロシアによるNATO攻撃という発想自体が荒唐無稽なものに映っているが、プーチンの立場からすればぞっとするほど現実味を帯びてくる。ロシアの独裁者はウクライナ侵攻にすべてを賭けたものの、欧州の安全圏から支援を受けるウクライナに対して戦場で決定的な突破口を開けずにいる。そのため勝利を手にするためには「欧州からの支援」という生命線を断ち切らなければならないのだ”

“NATOを分断して威信を失墜させることは「ウクライナでの勝利」という目標に向けた大きな一歩となる可能性を秘めている。これまでの経験から見てもプーチンにとって「ロシアのいかなる攻撃に対してもNATOが強硬な対応を取る」と想定する理由はほぼ皆無だ。むしろ西側の指導者たちが2008年のジョージア侵攻、2014年のクリミア併合、そして2022年の全面侵攻の際に見せたのと同じような「声高な抗議と生ぬるい反対」に終始することを見込んでいるはずだ”

出典:The White House

“西側諸国の足並みの乱れを示す証拠もプーチンを勢いづかせている可能性がある。米国はイランへの対応に追われ、さらに中東紛争の取り扱いを巡る意見の相違によりトランプ政権と欧州の同盟国との間に存在していた緊張はさらに深まっている。このような環境下において危機の瞬間にNATOが結束を欠く事態を想像するのは容易い。欧州もまた自国を防衛する体制が整っていない。欧州の指導者たちは現在、数十年にわたる防衛部門の軽視を覆そうと奔走しており、最近になって大規模な再軍備計画に乗り出した”

“このプロセスは最終的に欧州大陸の安全保障体制を変革することになるだろうが、完了までには数年を要する可能性があり、プーチンが付け込みたくなるような「脆弱性の隙」を生み出している。だからといってロシアによるNATO攻撃が切迫している、あるいは不可避であるというわけではない。現状ではウクライナを空爆で屈服させようと試みる一方で、欧州に対するグレーゾーンでの攻撃キャンペーンを継続する可能性の方がはるかに高い”

出典:Ministerstwo Obrony Narodowej

“とはいえ、ロシアとNATOの間の危険なエスカレーションのリスクは今や極めて現実的なものであり過小評価すべきではない。この脅威に対抗する最善の策は西側の弱さを突くようなギャンブルに出れば「全てを失うリスクがある」とプーチンに確信させることで、それを実現するには「欠落している相応の抑止力」が必要となる”

EUはウクライナに対する無利子融資900億ユーロ(財政援助300億ユーロ+防衛・軍事援助600億ユーロ)を2025年12月に承認、ハンガリーのオルバン首相は2026年分(450億ユーロ)の援助実行を妨害し続けてきたものの、今年4月の選挙で勝利したマジャル首相はウクライナ向けの資金援助を承認したため、2026年分の財政援助150億ユーロと防衛・軍事援助300億ユーロが段階的にウクライナへ到着し始めており、この資金を活用して6月30日にグリペンE購入に関する正式な協定も締結した。

出典:President of Ukraine

トルコで開催されたNATO首脳会談の共同宣言にも事前の報道通り「加盟国はウクライナに対する2026年の軍事装備品、支援、訓練に700億ユーロの拠出を約束し、2027年も同等の水準を維持するというコミットメントを確約する」と盛り込まれ、米国を除く31の加盟国は2026年と2027年の軍事援助として計1,400億ユーロをウクライナに提供し、この1,400億ユーロにはEUの防衛・軍事援助600億ユーロが含まれているため「31の加盟国はEU支援と別に800億ユーロを各自の国家予算から拠出する」という意味だ。

ロシアは2026年に14.9兆ルーブル=約1,688億ユーロ(GDP比6.3%)を国防支出として拠出予定だが、ロシア軍はウクライナ侵攻に全戦力を割くわけにはいかず、ウクライナとの消耗戦に不向きなハイエンドの装備品開発や調達にも資金を割く必要があり、核抑止能力の維持や拡張にも大金を注ぎ込まなければならない。

出典:European Union

米国を除く31の加盟国が800億ユーロを満額供給できるかも不明だが、それでも2027年までの2年間に計1,400億ユーロ=約26兆円が軍事援助としてウクライナに流れ込むことになり、オルバン首相を失ったことでEUやNATOのウクライナ支援に干渉する手段が無くなってしまい、ロシアはウクライナ侵攻に割ける資金力の戦いで圧倒され始めている。

その影響は特に「ほぼ静止しているように見える前線での前進」と「自爆型無人機による長距離攻撃の規模逆転」に現れており、ロシアは欧州の支援を止めない限り戦場での突破口を開くのが難しくなっている。ロシア人ミルブロガーが運営するRYBARも「ウクライナ軍の無人機が間もなく枯渇するという見立ては楽観的過ぎる」「EUからの資金が流れ込んでいる状況において持久戦で耐え抜くというのは到底不可能だ」と指摘した。

出典:Fire Point

“EUはウクライナのニーズを満たす金融支援(2年分900億ユーロの融資パッケージ)の一環として「無人機調達」を目的とする39億ユーロの新たなトランシェが送金された。ウクライナにとって欧州の資金がなければ社会保障費の支払いも、ドローン計画を含む軍産複合体への安定した資金供給も維持できなかっただろう。逆説的に言えばEUは当面の間、ウクライナの体制維持だけでなく軍事行動の継続も保証しているのだ。ここから作戦立案における重要な結論が導き出される”

“ウクライナ軍の無人機と資源が間もなく枯渇するという見立ては楽観的過ぎるのだ。これほどの信用枠とドローン専用の資金パッケージが割り当てられている状況において「持久戦で耐え抜く」というのは到底不可能だ。したがって「敵の備蓄が枯渇するのを待つ」のではなく、ウクライナの重要インフラの主要要素を継続的に無力化していくことに重点を置くべきだ。たとえ新たな資金が投入されたとしても兵站や産業への損害を補填することが困難になるような打撃を与えなければならない”

出典:Mil.ru/CC BY 4.0

ロシアは迎撃ミサイルの不足を利用して弾道ミサイルの使用を増やしてウクライナに圧力を加えているが、弾道ミサイルの供給量はウクライナに決定的な打撃を与えるには量が全く足りず、弾道ミサイルの優位性も自爆型無人機による長距離攻撃能力と同じように資金と時間によって失われるため、戦場以外でウクライナを追い詰める「何か」が必要になり、ロシアがNATO加盟国を攻撃してゲームのルールを変えてくることは十分ありえる話だ。

しかも欧州は巨額の資金を投じた再軍備計画を進めている最中で、2030年代に入ると再軍備計画の効果=ロシアを圧倒する通常戦力増強が登場し始めるため、プーチンが付け込める「脆弱性の隙」は時間が経てば経つほど小さくなってしまう。

出典:Президента России

だからこそ2027年~2029年の間が極めてリスクの高い不安定な状況となり欧米当局者が警戒しているのだ。とにかく「ロシアがNATO加盟国を攻撃するかもしれない」という懸念を「ロシアがNATOと全面戦争を開始する」と解釈すれば見方を誤るので注意しなければならない。

ちなみにロシアはドンバスを完全占領すればプーチン大統領が掲げた最低条件を自力で達成できるものの、テレビゲームではないので「ドンバスを手に入れたので停戦しよう」と持ちかけてもウクライナが応じる可能性は低く、どちらかの政治的意思が折れるか、これ以上の戦争継続は不可能と社会が自覚するまで戦いは止まらないため、ウクライナもロシアも戦争継続に不可欠な資金の流入を遮断しようとしているのだ。

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※アイキャッチ画像の出典:Президента России

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