ピケティ「全人類が『月収93万円』を得られる世界は作れる」格差はなくなり、週25時間労働に(クーリエ・ジャポン)
「“地球の限界”の範囲内で、平等と繁栄を実現するための計画」──。これは、国際的な経済学者らのネットワーク「世界不平等研究所」が2026年6月に公表した最新の「世界正義報告書」に冠された野心的な副題だ。 【画像】エマニュエル・トッドに聞く「日本の核保有、現実的なシナリオ」 この報告書では、2100年までに世界のすべての国の所得を同水準にするためのシナリオとして、「大規模な富の再分配」「労働時間の短縮」「男女平等」、そして「地球温暖化を1.8度以内に抑える方策」などが提言されている。 夢物語に聞こえるに違いない。だが、同研究所の共同ディレクターを務めるフランスの経済学者トマ・ピケティは、「そんなことはない」と語る。
──いま世界の目は中東の紛争と、それが人々の購買力にどう影響するかに向いています。そんななか、今回の報告書のテーマは「資産格差の終焉」です。しかも、何事にも迅速な反応が求められる時代において、計画達成の目標年は「2100年」に設定されています。少し時流に逆行しすぎではないでしょうか? そんなことはまったくありません。購買力について語ることは、不平等と富の再分配について語ることにほかならないのです。いまは反動派が幅を利かせており、テクノロジーさえ使えば、ありとあらゆる問題が解決できると妄信し、破壊的な構想を猛烈に推し進めています。 トランプが、「正直に言って一番望ましいのは、イランの石油を奪うことだ」と発言するとき、資源収奪型の超資本主義的な世界観が臆面もなく表明されているのです。この世界観においては、さまざまな序列が正当化されます。国内では、貧困層を尻目にビリオネアをもてはやします。また、異なる国家や文明、文化の間にも序列があるとして、その序列が正当化されるのです。 この反動派陣営に対抗するためにも、社会正義の陣営はいまこそ目を覚まし、知的な面から今後の構想を明確に打ち出すべきです。今回の報告書には、そのような狙いがあります。 「地球の限界(プラネタリー・バウンダリー)」の範囲内で、世界全体を平等にしていくための計画を提言しています。提言の内容はすべて具体的に記述されており、年ごと、国ごと、部門ごとに数値を示しています。 ──一種の政治綱領ですね。 フランスだけでなく、欧州や世界全体でも言えることなのですが、平等や民主主義を推進する陣営は、「地に足を着けながらも人をワクワクさせるような提言」を充分に打ち出せていません。そのため、私たちが試してみたのが、今回の報告書です。 とりわけ重視したのは、グローバル・サウスの国々の声です。アフリカやインドで、今後も私たちより10倍も貧しい状況が続くとしたら、問題が起こらないほうがおかしいのです。 小説『未来省』を読んでみてください。作者のキム・スタンリー・ロビンスンは、インドのウッタル・プラデシュ州が大熱波に見舞われ、数千万人という死者を出すなか、エコ・テロリストたちが欧米の旅客機を撃墜する事態を描いています。 私たちが「2100年までに平等を実現する」と目標を掲げるのは、そんなシナリオを避けるためです。つまり、その年までにグローバル・サウスのすべての国が、グローバル・ノースの国々と同等の繁栄を享受できるようにするという構想です。 ただし、それは地球温暖化を産業革命前と比べて1.8度以内の気温上昇に抑え、地球を、人にとって居住可能な状態に維持することと両立しなければなりません。これは知的にも、政治的にも大きな挑戦となりますが、実現不可能ではありません。 ──2100年までに、すべての国の一人当たりの月間平均所得を、現在の価値で5000ユーロ(約93万円)にしようと訴えています。それはなぜですか? それが平等の実現につながるからです。2025年時点の状況をおさらいしましょう。一人当たりの月間平均所得は、サハラ以南のアフリカでは290ユーロ(約5万4000円)、北米では4500ユーロ(約83万6000円)と大きな格差があります。 この差を段階的に縮めていき、すべての国で、すべての人の所得が現在の価値で5000ユーロに近づくよう提言をしています。 ──実現可能なのですか? 全人類が米国人のような暮らしをするわけではありません。そんなことをすれば、とても地球がもちませんからね。 実現には、3つの条件が揃う必要があります。第一は完全な脱炭素化です。今後数十年で炭化水素を全面的に禁止し、電化を進めます。活用するのは、風力、太陽光、そして一定程度の原子力です。 第二は節制です。グローバル・サウスの国々には、グローバル・ノースの国々の経済水準に追いつく権利があります。だからこそ富裕国は、温室効果ガスの排出削減をいまよりも速いペースで進めなければなりません。 また、今後の生産性向上によって得られる成果は、すべて労働時間の短縮に充てるべきです。19世紀の年間平均労働時間は3000時間でしたが、現在の世界平均は年間2100時間、欧州では年間1500時間です。私たちの試算では、これが2100年には年間1000時間になります。つまり、週25時間労働で、年間12週間の休暇に相当します。 この節制には、経済の非物質化という側面も含みます。つまり、建設、運輸、エネルギーといった物資や資源を多く扱う部門の成長を止めて、教育や医療といった非物質的な部門に成長を集中させるのです。2100年には、教育と医療で労働時間の約45%を占めることを想定しています。そうすれば、人口の高齢化に対応できますし、鉱物資源やエネルギーなどへの需要を抑えられます。 節制が意味するもう一つの面は、消費行動の転換です。特に、食の転換が必要です。まだスケール化できたものはないことを踏まえ、私たちの予測は大気中の二酸化炭素を吸収する技術を加味していません。 そのため、天然の炭素吸収源が必要になります。最も効果的なのは森林破壊を食い止めることです。私たちの目標は、森林被覆率を1900年の水準に戻すことです。それには食肉、とりわけ牛肉の消費を抑えなければなりません。 全面的に禁止するわけではありません。しかし、畜産が消費する資源の量を考えれば、牛肉の消費量を現在の4分の1にまで減らす必要があります。 ──第三の条件には、国家間の格差を縮小し、それに加えて各国内の格差も縮小すること、とあります。 そのためには、所得と資産の格差を、富裕層の富を削るかたちで圧縮していかなければなりません。それを脱炭素化の財源として使っていくのです。 今後30年で世界の電化を進めていくためには、世界のGDPの3〜4%に相当する巨額の投資が必要です。現在の開発援助は0.34%程度にすぎません。この転換に必要な財源を確保するには、超富裕層に課税し、それをもとに世界正義のためのファンドを設立するほかないのです。