【闘病】『子宮頸がん』ステージ4、突然訪れた「人生終了のお知らせ」(メディカルドック)
「もう長生きはできそうもないですが、毎回ギリギリのところで生きれているので、自分の幸運を信じたいと思っています」。 【イラスト解説】「子宮頸がん」になりやすい人 取材時そう語ったことのさん(仮名)は、がん検診を毎年受けていたにもかかわらず、がんと診断されたときにはステージ4、しかも「1カ月もたないかもしれない」と言われました。 ご本人いわく「人生終了のお知らせ」だった告知を受けてからの治療内容や後悔など、さまざまな話を聞かせてもらいました。 ※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2024年12月取材。
【体験者プロフィール】 ことの さん(仮称) 1964年生まれ。兵庫県在住。薔薇を育てるのが趣味の普通の主婦。筋力トレーニングやランニングをおこなうなど、健康への意識高く生活していたものの、2024年冬にステージ4の特殊な子宮頸がんと診断される。余命1カ月の宣告を受けたものの、抗がん剤治療が効いて、告知から1年以上が経過し現在に至る。
編集部: 最初に不調や違和感に気づいたのはいつですか? ことのさん: 2023年の春頃、おりものが急に増えたように感じたのが最初です。あまり深く考えず、尿漏れか老人性腟炎かと思っていました。 毎年受けていた検診でがんは検出されていませんでしたし、腟からの薄い出血もあったのですが、すぐに止まったので「閉経後だし、こういうのもよくあることだろう」「病院に行くほどではない」と考えていました。 編集部: 受診から、診断に至るまでの経緯を教えてください。 ことのさん: 夏くらいになって原因不明の咳が出ました。すぐに近くのクリニックを受診すると、アレルギーだといわれました。冬になり、腎盂腎炎になったときに撮影したレントゲンで「肺に何かあるから精密検査が必要」と大きな病院を紹介されました。 基準値が37U/ml以下の「CA19-9」という腫瘍マーカーの値が、私は4000U/mlもあり、そこで初めてがんが疑われました。そのあと破水のような大量のおりものが出て、慌てて産婦人科へ。 ここでも「よくわからないから、がんセンターへ」と紹介されました。その後すぐ腸閉塞で緊急入院となり、全身のCTを撮ったところ、がんが全身に広がっていたのです。 編集部: 告知はどのような形でしたか? また、そのときどのように感じましたか? ことのさん: がんセンターへ入院したときに家族とともに個室に呼ばれ、「ステージ4Bの子宮頸がんです。今後は一生、がんとともに生きる人生になる」と言われました。さらに「腸閉塞を起こしているので抗がん剤治療ができません。 抗がん剤治療ができなければ1カ月もたないかもしれない」と言われました。私は治るものと思っていたので、ただただショックでした。 編集部: どんな病気なのでしょうか? ことのさん: 子宮頸がんの中でも特殊な胃型腺癌というタイプで、2-3%の人にしかならないのだそうです。そこから子宮体部、腹膜、肺にも転移していきました。 ※【婦人科腫瘍専門医から一言】子宮頸部の腺癌は特にがん検診ではなかなか発見されづらく、進行してから見つかってしまうことがあります
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編集部: どのように治療を進めていったのですか? ことのさん: まず、抗がん剤治療を開始するためには、腸閉塞の治療チューブが外れる状態になることが必要でした。 主治医は、「まだこの状態では腸閉塞がぶり返してしまう」と思っていたようですが、一旦腸閉塞の治療チューブを抜いても、私は痛みを感じることも、吐いたりすることもありませんでした。 そこで流動食から徐々に身体を慣らしていきました。ある程度食事が摂れるようになり、そこで無事、抗がん剤を入れてもらえることになりました。投与後も腸閉塞の症状が出ることはなく、無事に退院。その後は通院にて治療ができるようになりました。 編集部: そのときの心境について教えてください。 ことのさん: はじめは救急車でいきなり入院になったので、自宅に帰れたことがシンプルに嬉しかったです。 編集部: その後の治療はどのように進められましたか? ことのさん: 6時間かけて、パクリタキセル、カルボプラチン、ベバシズマブ、キイトルーダという4種類の抗がん剤を点滴で投与しました。これを6サイクル繰り返しました。その後、ベバシズマブとキイトルーダの2種類のみの点滴を続けていましたが、効果がなくなり中止。 今はイリノテカンという抗がん剤を1種類だけ投与中です。副作用は毎回つらいですが、この世に抗がん剤がなかったら、私はここに居ません。 ※【婦人科腫瘍専門医から一言】昔は2種類の薬剤を併用する薬物治療が普通でしたが、最近は2種類の抗がん剤に加えて、1~2種類の分子標的薬(がんの増殖する仕組みを止める働きをする薬で、ここではベバシズマブとキイトルーダのこと)を一緒に使うことが当たり前になり、より治療効果が期待できるようになっています 編集部: 受診から現在に至るまで、何か印象的なエピソードなどあれば教えてください。 ことのさん: 私の場合、自覚症状がほとんどないままステージ4になっていました。主治医から「このままでは急激に弱って命を落とします」と言われ、とても受け入れることができませんでした。 でも、先日母を膵臓がんで看取ったとき、「急激に弱る」ということを目の当たりにし、「こういうことか」と理解しました。