イングランド中に突如現れた聖ジョージ旗 愛国心の象徴か、ナショナリズムの武器化か
英イングランド各地では今夏、英国旗とイングランド旗を公の場で掲げる運動が拡大した/Toby Shepheard/Story Picture Age/Shutterstock
ロンドン(CNN) 米国では星条旗が至る所にある。各家庭は玄関や芝生、ピックアップトラックにそれを立てるなどする。国旗は風景の一部であり、ほとんど認識もされないほど身の回りにあふれている。
イングランドで旗を目にする機会はそこまで多くない。通常、それらが現れるのはロイヤルジュビリー(君主の在位の節目を祝うイベント)や戦没者追悼式典、または大規模なスポーツ大会に限られる。
ところが今夏は事情が違う。英国旗(ユニオン・フラッグ)とイングランドの旗(セント・ジョージ・クロス)が、最近になって国内各地に現れるようになった。街灯にかけられ、通りの上に掲げられ、果ては横断歩道の塗装にもこれらのデザインが使われる。
ある人々にとって、こうした光景は愛国心の表れであり、共同体そのものを国に結びつける行為に他ならない。
別の人々から見れば、それは挑発と映る。旗を武器として用い、亡命申請者や「不法移民」に歓迎されていないとの思いを抱かせるという感覚だ。
では旗の出現の背景には一体何があるのか? そしてどのような緊張が、現在のイングランドで巻き起こっているのか?
いつから始まった?
旗出現の発端を探ると、「オペレーション・レイズ・ザ・カラーズ」と呼ばれる運動に行き着く。今夏イングランド中部の都市バーミンガムで始まったこの運動は、その後イングランドの各地域に広がった。
運動の中心は「ウィーリー・ウォリアーズ」を名乗るフェイスブック上のグループで、同グループは自分たちを「誇りあるイングランド人の団体」と説明。メンバーは2000人で、バーミンガム及びイングランドに対し、「全てが失われたわけではない(希望はまだある)」ことを示すのを目的とする。
グループが立ち上げた募金サイト「ゴー・ファンド・ミー」のページには、これまで2万ポンド(約400万円)を超える寄付が集まった。運営者によれば全ての寄付は「旗とポール、結束バンド」のみに使われる。
グループのリーダーたちについて公に分かっていることはほとんどないが、その野心は明確だ。支持者のネットワークが現在、街灯柱という街灯柱を赤と白のイングランド旗で覆うべく活動している。
なぜ旗が物議を醸すのか?
イングランド人と旗との関係は相当に複雑だ。
イングランドのシンボルである赤い十字のセント・ジョージ・クロスを掲げるのか、それともより広範な英国を象徴するユニオン・フラッグを掲げるのかを選択するだけでも一筋縄ではいかない。後者はイングランドを含む英国内の四つのネーションを一つにまとめたデザインとなっている。
どちらの旗も複雑な歴史を持ち、さまざまな時代で極右グループとの関連を取り沙汰されてきた。
とりわけイングランドの旗は、1970年代と80年代に猛威を振るったサッカーのフーリガン(暴徒化した集団)の活動でよく見られた。この時代、サッカーの試合は一部の観衆による凶悪な暴力と人種差別的な暴言によって荒らされていた。一方のユニオン・フラッグ(ユニオン・ジャックの別名でも知られる)は、ファシスト政党の国民戦線が英国内の街路を練り歩く際に掲げられた。同党は白人至上主義を公然と提唱していた。
しかしそれ以降、多大な取り組みによって両方の旗は本来の意味を取り戻す。英国人の多くは現在、これらの旗を公の場で目にしても不満を口にすることはない。
シンクタンク、ブリティッシュ・フューチャーの責任者、サンダー・カトワラ氏はCNNの取材に答え、英国国旗が五輪の英国代表チームや世界大戦を戦った英国軍などを表す存在になっていると指摘した。
非営利団体のモア・イン・コモンが先月28日に行った世論調査では、英国人の5人中3人がもっと公の場で旗が掲げられるのを見たいと回答している。
しかし、個人の地所で旗を掲げるのと、町中を旗の色で塗り固めることの間には違いが存在すると、カトワラ氏は強調する。
「掲げるなら自分の旗を掲げればいい。街灯柱を持ち出して、それらを万人に強要してはならない」
なぜ今なのか?
旗の急増は、政治熱の盛り上がった夏の終わりに起こった。移民の問題が改めて顕在化したタイミングだ。
先週、リフォームUK(改革党)のナイジェル・ファラージ党首は数十万人の亡命申請者を強制送還し、国際的な人権条約から離脱すると約束した。同氏は英国内で台頭するポピュリスト右派の代表的な人物として知られる。
同氏の強硬な発言の前には、亡命申請者の宿泊に使用されているホテルの外で抗議デモが相次いだ。亡命申請者らは申請手続きが進む間、これらのホテルに滞在している。
ロンドン近郊の小さな町、エッピングでは地元自治体が今夏、画期的な裁判所判断を勝ち取った。現地の「ベル・ホテル」のオーナーに対し、今後は亡命申請者を宿泊させないという内容だ。政府は裁判所の判断に対して上訴し、先月29日に勝利した。
しかし他の自治体も現在、同様の法的措置に踏み切ることを検討している。この結果政府は、新たな場所を見つけて現在各ホテルに宿泊している3万2000人を滞在させなくてはならなくなる可能性がある。
過去数週間、当該のホテルの外には抗議デモ参加者が集まっていた。エチオピア出身の亡命申請者が、地元の大通りで女子学生に性的暴行を加えた罪で起訴されたことがきっかけだ。この申請者は容疑を否認しており、今後裁判を受ける予定となっている。
ミッドランズ地方のヌニートンでは、デモ参加者が聖ジョージ旗の下で行進し、「(移民が乗る)ボートを止めろ」「国の奪還を求める」と声を上げた。これに先駆け、複数のアフガン人亡命申請者が12歳の少女を拉致し、レイプした疑いで訴追されたとの報道が流れていた。申請者らは罪状を否定している。
ケンブリッジ大学の政治学教授、マイケル・ケニー氏は当該の旗について、「イングランドの文脈で語られる国民意識が、政治的な戦場になった」ことを明示していると述べた。
「多くの人々の間には、イングランド人らしさとそれを表す図像について、国の機関や地方当局から歓迎も承認もされていないという感覚が今なお存在している」。ケニー氏はCNNの取材に答えてそう指摘する。「そうした否認されている感覚、また旗を掲げることで政府の定める規範に逆らっているのだという気分は、移民のような問題を巡る幻滅や不満を表明したいと考える人々にとって魅力的に映る」
当局の反応は?
警察や自治体、中央政府といった当局の側は、この問題に関して双方のバランスを取る難しい対応を迫られている。旗を掲げること自体は全く違法ではない。しかしイングランドの一部地域では、聖ジョージの赤い十字が横断歩道などの公共物に直接塗られてしまっている。警察はこれが器物損壊罪になり得ると警告している。
複数の地方自治体は、安全上の懸念を理由に旗の撤去に踏み切った。
ロンドンで最も多様性に富んだ人口を抱える地区の一つ、タワー・ハムレッツ区では、当局が住民に対し、自身の地所で旗を掲げることは自由としつつ、自治体所有のインフラに据え付けられた旗は全て降ろす方針を通告した。
同区は声明の中で、こうした旗の掲揚について、区外から来た一部の個人らによる行為で、分断を引き起こすことを目的にしているとの見解を示唆した。ただそれ以上の詳細には言及しなかった。
旗の運動を受けて、英国政府も困惑している。
スターマー首相の報道官は8月26日、記者団に対し、不法移民に関する国民の不満については首相も把握していると説明した。
旗の運動について問われた報道官は、スターマー氏がそれらを英国の伝統の象徴とみなしていると回答。ただ一部には争いを引き起こす手段として旗を利用したがっている人々がいることも認識しているとした。
こうしたバランスを取る対応は、現状の問題がどれだけ微妙なものかを反映している。行き過ぎた旗の擁護には、極右の活動の正当化と捉えられかねないリスクがある一方、旗をあからさまに否定すれば愛国心自体を敵視していると受け止められる恐れが出てくる。
政治家の中には、より強硬な姿勢を選択する人物もいる。前政権で移民担当相を務めた、保守党右派のロバート・ジェンリック氏は、X(旧ツイッター)への投稿で旗を撤去する自治体を「英国憎悪の自治体」と厳しく非難。「我々は一つの国でなければならない。ユニオン・フラッグの下で」と主張した。
ロンドンのアイル・オブ・ドッグズでは、路上レベルでの議論が繰り広げられている。現地の横断歩道には、イングランドの旗を思わせる塗装が施されている。
32歳のバーテンダー、リビー・マッカーシーさんはロイター通信の取材に対し、「これは私たちの旗。誇りを持って掲げることができて当然」と答えつつ通り過ぎた。
他方、こうした動きに対して不安を口にする住民もいる。ナイジェリア出身で接客業に従事する52歳のスタンレー・オロンサエさんは、「状況がエスカレートすれば、何か別のものに変わるかもしれない」と指摘。ナショナリズムの論調が変化した場合、生じ得る事態について懸念を表明した。