シリア制裁解除で「未来明るい」自由かみしめる市民 相互不信で根深い「独裁の傷跡」

内戦で徹底的な爆撃を受けたシリア中部ホムスの中心街。崩落を免れた建物の1階で店舗が営業していた=4日(佐藤貴生撮影)

シリアの首都ダマスカスの中心部、ウマイヤ広場の電光掲示板に「トランプ(米)大統領、ありがとう」という英語の表示が輝く。1979年に始まった米国の制裁が約2週間前の今年5月、ほぼ半世紀ぶりに解除され、街には活気があふれる。

「未来は明るい」。首都の市場で働くザーフェルさん(44)は制裁解除からの経済好転には時間がかかると留保しながらも、期待を込めた。

トランプ氏は5月14日、サウジアラビアでシリアのシャラア暫定大統領と握手し、「若くて魅力的でタフな男だ」とたたえた。その後、金融、石油部門の制裁を解除。欧州も制裁解除で歩調を合わせる。欧米の投資が流れ込み、人口の9割が貧困層とされる現状が改善される可能性がある。

ザーフェルさんは生まれて初めての喜びをもう一つ、かみしめている。アサド前政権の崩壊だ。

「人生で初めて盗聴器を気にしないで話せるようになった。前は投獄や拷問されるという恐怖が頭から消えなかった」

シリアではハフェズ、バッシャールのアサド父子による独裁が1970年代から続いた。

出身母体の少数派、イスラム教シーア派のアラウィ派を重用し、人口の7割超のスンニ派や反体制派を弾圧した。当局に不法に連行された10万人超が行方不明のままだ。

シャラア氏らは2024年12月8日、北部アレッポ制圧からわずか10日余で首都を陥れた。独裁はあっけなく崩壊した。

過激派「信用できず」

一方で民族や宗教に根ざす衝突も相次ぐ。シリアは文字通り、平和と戦乱の岐路に立っている。

シリア中部ホムスのザフラ地区。延々と廃虚が続くホムスにあって、この地区はまったくの無傷だ。2011年に始まった内戦でホムスは前政権軍と加勢したロシア軍から徹底的に爆撃されたが、アサド氏と同じアラウィ派が多く住むザフラ地区だけは別だった。

いまや状況は一変した。ザフラ地区の公園にいた食品店員のアハマドさん(24)はこの半年で、「アラウィ派が誘拐される事件が増えたようだ。以前と違って夜は出歩かない」と話した。

アラウィ派への報復に他ならない。

今年3月には前政権の残党を含むアラウィ派とスンニ派の民兵が交戦し、4月末以降は少数派イスラム教徒のドルーズ派とスンニ派が戦った。2つの衝突で計1千人超が死亡した。

シャラア氏の経歴も国民団結に水を差す。

シャラア氏が率いた反体制派「シリア解放機構(HTS)」の前身は国際テロ組織アルカーイダと連携したスンニ派過激組織「ヌスラ戦線」だ。

武装解除に応じない市民も多いのは、シャラア氏らを「過激派」と捉え、警戒心を解いていないためだ。

激化する宗派間対立について、南部で会った少数派、キリスト教徒の男性(60)は、両手のジェスチャーでイスラム過激派を意味する長いあごひげを表現しつつ、こうつぶやいた。「彼らは信用できない」

火花散らす地域大国

アラウィ派が多く住むザフラ地区。爆撃でゴーストタウンと化した周囲の地域と違い、住民は通常の暮らしを営んでいた=3日、中部ホムス(佐藤貴生撮影)

さらに事態を複雑にするのが、トルコやイスラエルといった周辺国の動向だ。

トルコはシリア内戦で反体制派を支援した経緯があり、シリアでの影響力が強まっている。

一方、イスラエル軍はシリア南部への侵入を繰り返しているもようだ。イスラエルとの関係が冷え込むトルコが、シリアで影響力を拡大させることを警戒している。

6月3日にはシリアからイスラエルに向けて飛翔体が発射され、イスラエルは数時間後にシリア南部イズラーの軍事施設などを報復空爆した。

5日に現地で取材に応じた近くの喫茶店店員の男性(21)は「夜中に大きな爆発音がした」と振り返る。「イスラエルを攻撃したのは暫定政府に反発する勢力だと思う。(イスラエルをシリアにさらに介入させ)国内の分断を図るのが狙いではないか」と話し、国民和解の多難な前途を思わせた。

米欧が制裁解除で暫定政府を支える姿勢を示す一方で、地域の軍事大国の駆け引きが激しさを増す。シリアで「独裁の傷痕」が癒える日は来るのだろうか。(ダマスカス 佐藤貴生)

関連記事: