イスラエルの軍事的優位に揺らぎ、トランプ氏中東ディール外交の波紋
トランプ米大統領の中東訪問を受け、イスラエルでは安全保障を基盤とする米国の外交政策が、商業的な取引を重視する方向へ変化しているとの懸念が広がっている。
とりわけイスラエルを国家として承認していない中東諸国への武器売却によって、イスラエルが長年享受してきた「質的軍事優位(QME)」が損なわれる恐れがあるとの危機感が高まっている。QMEとはイスラエルが中東で軍事的な優位性を維持できるよう米国が保障する政策を指す。
今回の中東訪問で、米国はサウジアラビアに1420億ドル(約20兆7100億円)、カタールに2430億ドル規模の武器を売却する計画を発表。いずれも防衛分野に重点が置かれている。
イスラエルの懸念はこれだけにとどまらない。リヤドで開かれた投資フォーラムで、トランプ氏は親イスラエルの強硬的な外交姿勢で知られるネオコン(新保守主義派)を無知な介入主義者と一蹴。またイスラエルの宿敵であるイランとの核合意を改めて目指す姿勢を表明した。
さらにイスラエルにとって衝撃だったのが、トランプ氏が対シリア制裁を解除する意向を表明したことだ。トランプ氏はまた、シリアのシャラア暫定大統領と会談した。イスラエルは過去に過激派イスラム主義とのつながりがあるとして、シャラア氏を信頼していない。
シャラア氏との会談には、同氏の支援者であるトルコのエルドアン大統領も遠隔で参加した。トルコは19カ月にわたるパレスチナ自治区ガザでの戦争を受けて、イスラエルとの関係を断っており、両国はシリアへの影響力や支配を巡って対立を深めている。
トランプ氏は、シリア政策について事前にイスラエル側に伝えていたと主張している。米国家安全保障会議(NSC)は現時点でコメントの要請に応じていないが、米政府は一貫してイスラエルの安全保障を確保する方針を掲げている。
イスラエルが特に神経をとがらせるのが、2012年に米国の法律で明文化されたQMEの行方だ。今週発表された武器売却がこれを脅かすのかは不透明で、例えば最新鋭戦闘機「F35」がサウジに供与されるかどうかも分からない。同機がイスラエル以外の中東諸国に供与されれば初のケースとなる。
米議員からは、トランプ氏がトルコへのF35売却も検討しているとの声も上がっている。米国はこれまで、トルコがロシア製地対空ミサイルシステム「S400」を保有していることから、F35の売却を拒否してきた経緯がある。
世論調査では、イスラエル国民の大半が、ネタニヤフ首相が目指すイスラム組織ハマスの壊滅よりも、サウジとの国交正常化を目指すことが優先との考えを示している。
「イスラエルのQMEは一部侵食されつつある」。こう指摘するのはイスラエル軍諜報機関の元トップで、中道派シンクタンク国家安全保障研究所のタミル・ハイマン所長だ。「それが外交的な枠組みの一環として、例えば国交正常化と引き換えならばまだ容認できるが、現時点ではそうではない」と話す。
イスラエルにとって、米国とイランの核協議も大きな懸念事項だ。ネタニヤフ氏はイランの核開発に反対する立場を自身の政治基盤としてきたが、今回の交渉には関与を許されていないと見られる。トランプ氏は、米国とイランの核協議が合意に近づいているとの認識を示している。
トランプ氏の中東歴訪が示す教訓として、たとえイスラエル政府がパレスチナ国家樹立に向けた動きを拒んでいたとしても、地域の変化に取り残されてはならないとの声も聞かれる。パレスチナの国家樹立は、サウジがイスラエルとの国交正常化の一環として、これまで強く主張してきた。
エルサレム戦略問題センターのエラン・レルマン副所長は「地域の中道派と協力して、イランとシリアに関して合意に達する方法を模索することが極めて重要だ」と述べた。
原題:Israel Alarmed by Trump’s Arms Sales and Deals With Gulf States(抜粋)