東京:金曜日に「山手線」駅が”クラブ”になる理由…社長の一言、「夜は閑散としないか」から始まった : 読売新聞

 JR高輪ゲートウェイ駅は、金曜日の夜に「クラブ」になる。駅の構内でDJが音楽を流す「EKINAKA FRIDAY」と銘打ったイベントが行われているのだ。なぜ駅で? JR東日本が「高輪ゲートウェイでしかありえない」というこのイベントは、社長の一言から生まれていた。(デジタル編集部 古和康行)

駅で踊りだす人々

「フロア」ではDJが流す音楽に多くの客が身をゆだねていた(画像の一部を加工しています)

 5月下旬の夕方、JR高輪ゲートウェイ駅南改札。コンコースの上にあるテラスから、ダイアナ・ロスの名曲「I’m coming out」が響く。天井に色とりどりのライトが輝き、改札入り口近くの広場では踊りだす人までいる。通りすがりの人は不思議がって、音があふれ出すテラスを動画で撮影していた。

 同駅では7月18日まで隔週で「EKINAKA FRIDAY」という無料のイベントが行われている。無料イベントと侮ることなかれ。登場するDJのラインアップを見ると、フィメールDJの草分け「DJ KAORI」や「DJ EMMA」、著名フェスなどでも活躍する「okadada」に「DJ HASEBE」と、一流どころが名を連ねる。

 3歳の長男と訪れていた東京都世田谷区の会社員男性(44)は「子どもがいるとクラブに行きづらいが駅なら連れていきやすい。電車好きな子どもも喜ぶ」と話す。

JR東もDJをブッキング

 「高輪ゲートウェイの構造だからこそできたイベント」

 高輪ゲートウェイ駅周辺のまちづくりを担当する、JR東日本マーケティング本部の出川智之さんは言う。

取材に応じる出川さん

 高輪ゲートウェイ駅は、コンコース部分がかなり広く、壁と天井、床との間が吹き抜けになっている。そのため、大音量の音楽が流れていても反響しにくい。音楽が流れていても「駅のホームでの放送はきちんと聞き取れるようにしています」という。

イベントの最中、駅のホームには山手線が入線していた

 イベントは高輪ゲートウェイに隣接するJR東が直営するバー「ZERO-SITE」の運営会社とJR東が共同で開いている。ZERO―SITEの運営会社は、宮下パーク(渋谷)のナイトクラブ「or」も運営するなど「夜の店」の運営にたける。出演するDJもZERO-SITEとJR東が決めており、「ナイトクラブと違い、駅の客層は幅広い。『今を時めく若いゴリゴリのDJ』ではなく、年齢・性別問わず、様々なお客様が気軽に参加できるDJの方に出演依頼している」とのことだ。

本領発揮はこれから、だが…

 そもそも、なぜ駅で「クラブイベント」なのか――。


Page 2

 2020年に開業した高輪ゲートウェイ駅、その周辺の再開発地区が「高輪ゲートウェイシティ」だ。JR東が「100年先の心豊かなくらしのための実験場」と位置付け、総事業費約6000億円を投じる一大プロジェクトだが、高輪ゲートウェイ駅の乗車人員(23年)は1万1110人と山手線の駅の中で最も少ない。次に少ないのが鶯谷駅(東京都台東区)で2万3234人だから、「ぶっちぎりの最下位」だ。

夜の高輪ゲートウェイ駅

 というのも、高輪ゲートウェイシティの主要商業施設はまだ本格オープンしていない。今年3月に一部施設が開業したが、商業施設「ニュウマン高輪」のオープンや、入居するオフィスの移転が完了するのは2025年9月を見込んでおり、今のところ「オフィスワーカーは1000人もいないくらい」(出川さん)。26年春に予定するグランドオープン時には、1日当たりの乗車人員をJR大崎駅なみの「13万人」と見込んでいる。

 つまり、20年の開業から5年たった高輪ゲートウェイシティが本領を発揮するのは、もう少し先のようだ。そんな中で今年3月には高輪ゲートウェイシティの一部施設が開業したことを「街開き」と位置づけ、6か月間かけて盛り上げようと考えていた。だが……。

社長が言った「夜、閑散としていないか」

 遡ること1年。24年夏に出川さんはJR東の社長にこんなことをたずねられたという。「街開きから商業施設が開くまでの半年、どう考えているのかね」「夜、閑散としてしまわないか」

 たしかに、そもそも駅に人がいない。商業施設もないのだから、仕方がない。夜などもっと人がいない。だが、多額の資金を投入してきた開発事業で失敗は許されない。出川さん本人も「主力事業でありながら、夜に閑散とする姿が想像出来てしまった」という。すぐに「夜を考えます」と回答した。

ZERO-SITEのカウンターバー。ラグジュアリーな空間だ

 25年9月の本格オープン後は商業施設の店舗区画となる場所を使い、「夜の店作り」に着手しようと考えた。レストランは……難しい。厨房のダクトや吸排気風量といった「ハード面」からできなかったし、半年のつなぎで入れるのはコストがかかりすぎる。夜に企業の展示会を開く「ナイト・ショーケース」も考えたが、そもそも人流が多い渋谷や新宿と比べたら、企業から見て出展する魅力に欠けるだろうと思った。

ZERO-SITE

 「一点突破するしかない」。高輪ゲートウェイシティのコンセプトに立ち返った。「100年先の心豊かなくらしのための実験場」。“心豊か”は、ビジネスやアカデミアの世界だけではない。事実、高輪ゲートウェイシティには1000人規模のホールも開業する予定だ。音楽やアートの魅力を発信していく場所にしようと、ZERO-SITEを構想した。大きな空間に音響設備を持ち込み、アートを展示する。軽食と酒の提供だけなら、十分に実現可能だった。

関連記事: