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覆面コラムニスト・フェルディナント ヤマグチが自動車を愛しぬく人たちをインタビューする自動車雑誌CARトップの連載企画「自動車変態列伝」。今回紹介するのは、今から40年前にわずか4台だけ日本に配備されたポルシェ「912」のパトカーで、現存する1台を所有するヘンタイさん。その方は、なんと元神奈川県警のスゴ腕交通機動隊員でした。実はガレージに迎え入れるまで大変な苦労がありました。早速話を聞いてみました。【CARトップ2022年4月号掲載】

退役パトカーは門外不出!必ずシュレッダー粉砕処理

自動車を愛して愛して愛し抜く、真のヘンタイさんを探訪する自動車変態列伝。今回お話をうかがうのは、なんと元神奈川県警交通機動隊に所属されていた倉林高宏さん。「鬼の交機」としてその名も高い、神奈川県警のなかでも選り抜きの精鋭部隊である。

読者諸兄のなかにも、さまざまな意味で“お世話になった”方が多いのではあるまいか。ここだけの話だが、私も若い時分に小田原厚木道路や西湘バイパスで熱烈な歓迎を受けた記憶がある。倉林さんは現役の白バイ乗り時代に、箱根駅伝の先導まで務められた、文字どおり精鋭中の精鋭だ。

そしてクルマの趣味がまた振るっている。ホンモノのパトカーを、しかも神奈川県警が使用していた、貴重な貴重なポルシェ 912のパトカーを所有しておられるのだ。ボディの横には堂々と「神奈川県警」と記されており、ルーフには旧型の赤色回転灯がそのままの形で装備されている。

倉林さんは、いったいどのような経緯でこのお宝を手に入れたのか。いくら交機の隊員とは言え、ここまでの無理がまかり通るのか。そこには知恵と工夫と果てしない執念のドラマがあったのだ。

最初は白バイ隊員には程遠い交番勤務の警察官

倉林「警察官になったのは、ともかく安定した職業に就きたかったからです。実家は軽井沢に繋がる碓氷峠のバイパスでトラック相手のドライブインをやっていました。昔はそれなりに景気が良かったんだけど、高速が開通したらもういけません。誰も下の道なんか通らなくなり、あっという間に商売上がったりです。

だから父親は『ともかくお前は安定した職業に就いてくれ』と。安定した職業と言えば何と言っても公務員。子供のころからバイクが大好きだったし、いつかは白バイに乗れたら良いな、なんて軽い気持ちで警察官の採用試験に応募しました。そうしたらスルッと合格しちゃった。同時に国鉄も受かっていたんですが、国鉄じゃ仕事でバイクには乗れないものね(笑)。それで神奈川県警に入ったんです。

いや、もちろん初めから交機なんかには入れませんよ。最初は箱詰めの警察官。交番にいる街のおまわりさんです。どうしたら白バイに乗れるようになるかって? そりゃアピールです。『自分は将来交機に入って白バイに乗りたいです』と、ことあるごとに上司や周りの人にアピールする。そうするうちに『試験、受けてみるか?』と声がかかるんです。白バイに乗りたい奴はたくさんいる。

そのために警官になった奴も大勢いる。当たり前ですが希望者全員が乗れるわけじゃない。だから最初は適性訓練です。こいつは白バイに向いているかどうかをしっかりと見極めるわけです。もちろんなかには脱落してしまう人もいる。いや『なかには』なんてものじゃないな。乗れない人のほうが多いんだから。そういう人はまた別の道を歩んで行くわけです。警察にはいろんな仕事がありますからね」

選び抜かれ、鍛え抜かれた精鋭部隊が交通機動隊だ。だが交機も人の子。一定の割合で事故は発生する。


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本当ならスクラップにされる運命だった912パトカー

倉林「白バイもパトカーも事故は起きますよ。でも隊員で事故を起こす奴に意外性はありません。『なんであいつが?』ではなく『やっぱりあいつか!』というケースがほとんどです。事故を起こすのは例外なく調子に乗っている人間です。『俺は警官だ』『俺は白バイ隊員だ』って調子にのってイキっている奴。こういう奴が何度も事故を繰り返す。ここは一般のドライバーと同じですね。

一般ドライバーも、やっぱり同じ人が違反を繰り返し、同じ人が何度も事故を起こすでしょう。調子に乗る。これが一番危険なんです。あとはクルマやバイクの特性を知ることです。どう操作したら車体はどう動くか。それを学び、繰り返し練習する。学ばない奴、練習しない奴が事故を起こすんですよ」

それではこのお宝ポルシェについてうかがおう。倉林さんは、いったいどのような経緯で本物のパトカーを手に入れたのだろうか。

倉林「このポルシェはレプリカでも何でもない、神奈川県警が使っていた、正真正銘本物のパトカーです。昔も今もパトカーは絶対に払い下げをしないんです。悪用されたら困るからね。ポルシェ 912のパトカーは大阪、愛知、京都、神奈川4府県に1台ずつ配備されたのですが、現存するのはこの1台だけです。あとはすべてスクラップにされてしまいました。解体なんて生やさしいものじゃない。

大きなシュレッダーにクルマを丸ごと放り込んで、細かく切り刻んでしまうんです。無線機のような、高額でほかのパトカーに使い回しができるものは外しますが、あとは部品の取り外しも一切しない。本当に丸のまま粉々にしちゃうんです。

こいつも本当なら同じようにスクラップにされる運命にあった。しかし、引退後はナンバーを抹消して、警察学校のホールに展示されていました。ところが卒業して何年も経ってから見に行ったら、展示されているはずのポルシェがない。『ポルシェのパトカーはどうしたんですか?』と聞いたら、『裏にあるよ』と。誰も入らない裏のガレージでホコリまみれになって放ってあったんです。そして『いま解体してくれる業者を探しているんだ』と。

展示するにも解体するにもコストがかかるから、やむなく裏のガレージで放置していたわけなんです。それなら私に下さいと懇願したのですが、たとえ警察官でもダメなものはダメ。パトカーの払い下げはしないの一点張り。しばらくしたら、解体してくれる業者が見つかったみたいで、『解体屋に送ることになったから』と。そして『あとは君が自分で交渉しろ』と言われました。

早速その解体屋さんに飛んで行ったのだけど、いくら頭を下げて頼んでも、『警察との約束で、絶対に売れない』と取り付く島もない。そりゃそうですよね。向こうだってリスクを犯してまで売る義理なんてありませんから。

半年あまりその解体屋さんに通いました。そうしたら最後は『書類もないし登録できないから。本当に悪いことには使わないでくれよ』と言って折れてくれた。悪いことなんかに使いませんよ。こっちは現職の警察官なんだから(笑)。今から20年も前の話です」

この執念。この粘り。解体工場で百度を踏んで、遂に念願のポルシェ・パトカーを手に入れた。だが倉林さんは眺めるだけのコレクターではない。どうしてもこのクルマを公道で走らせたい。しかし肝心の書類はない。当然ナンバーもない。さてどうしたものか。

1度海外へ送って再輸入!無事ナンバー付きでガレージへ迎い入れた

倉林「ここでウルトラCの大技を使いました。いったん海外に出して、また輸入し直すんです。そうすれば輸入新規ということで堂々とナンバーが取れる。友だちの紹介で九州を経由してフロリダまで送った。ところが待てど暮らせどクルマが戻ってこない。パクられたんじゃないかと騒いだりもしたのだけど、その友だちは『いや、大丈夫大丈夫、そのうち戻ってくるから』と余裕で笑っている。

騙されたんじゃないかと心配でしたが、1年後には本当に戻ってきました。戻ってきたら今度は陸事さんとの交渉です。散々やりあいましたよ。最初のうちは横の文字を消せ、赤灯を外せ、サイレンを外せ、スピーカーも外せ、と役所みたいなことを言う。まあ本当に役所だから仕方がないんだけど、言うことを聞いていたらパトカーじゃなくなっちゃう。ただの古いポルシェじゃないですか(苦笑)。でも陸事さんも鬼じゃない。何度も通って自分の思いを伝えると、徐々に折れてくれました。

エンジンのオーバーホールもしたので、今ではセル1発で普通に走ることができます。もちろん外を走るときは赤色回転灯でカバーをして、ボディの神奈川県警察『奈川県』の部分に白いマグネット貼って『神警察』とかにしなくちゃいけませんけど(笑)」

漫画「巨人の星」の歌詞を地でいくようなど根性の真正ヘンタイ倉林さん。ご自宅のガレージには、ほかにも複数の白バイやらジャガーEタイプ、フェアレディ240Zなどと目も眩むようなお宝が並んでいる。

「でも新しいクルマはカミさんの軽だけなんですよ」

と頭を掻くのだった。

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