「リベラルの牙城」揺れるハーバード大 トランプ政権は中国も標的、留学生が口つぐむ現場 トランプのアメリカを歩く

トランプ米政権と米東部の名門ハーバード大の対立が続いている。政権はハーバード大に対して外国人留学生の受け入れ資格停止を通告し、反発した大学側との法廷闘争に突入。背景には「リベラルの牙城」と呼ばれるハーバード大を狙い撃ちすることで他の大学にも「改革」を迫り、さらには中国共産党など外国の影響力を排除する意図が潜む。一方、多くの留学生は研究の最前線で活躍しており、受け入れ停止が米国の将来に悪影響を及ぼすことを懸念する声も上がる。

政権の報復恐れる異様な光景

「今取材を受けるのはリスクが高い」「特定されるかもしれない。関わりたくない」

トランプ米政権との対立が続くハーバード大のキャンパス=6月4日、米東部マサチューセッツ州(本間英士撮影)

6月上旬、ハーバード大のキャンパスで一連の問題について尋ねると、ほとんどの留学生は口をつぐんだ。意見の主張が尊ばれる米国の大学で、学生が政権の「報復」を恐れて口を開かない。この光景こそが、現状の異様さを際立たせる。

「ホワイトハウスとハーバードの間で僕たち留学生にできることなんて何もないよ。(他大学への)転学や査証(ビザ)の切り替えも申請の締め切りが過ぎてしまった。完全に無力だし、闇の中に置き去りにされているようだ」

取材に応じた英国の留学生、アルフレッド・ウィリアムソンさん(20)は不安を吐露した。

事の始まりは3月末にさかのぼる。トランプ政権はパレスチナ自治区ガザでの戦闘を巡り、学生によるイスラエルへの抗議デモを大学側が許容したと主張。「反ユダヤ主義から学生を守れていない」として、補助金などの見直しを発表した。

5月下旬には、大学側が政権の求める適切な行動をとらずに「反米・親テロ活動を容認した」「中国共産党との関係について説明責任がある」などとして、留学生の受け入れ資格を取り消したと通告。一方、大学側も政権の決定は違憲だとして提訴し、事態は法廷闘争にもつれ込んでいる。

ウィリアムソンさんはこう語る。

「トランプ大統領は彼の権威主義的政策に対する抵抗がハーバードのような場所から来ることを知っている。だからこそ、彼は大学の自主性を奪おうとしているのだ。そこには根深いものがある」

保守は1%、リベラル偏向が招いた危機

ではなぜ、トランプ政権はここまでハーバード大を敵視するのか。

「トランプ政権にとってハーバードは大学のモデルケースだ。もしハーバードを変化させられれば、規模の小さいほかの大学も同様の改革を余儀なくされる。だからこそ、ハーバードは最大の標的にされている」

保守系シンクタンク「マンハッタン研究所」のダニエル・ディマルティノ研究員はこう分析する。その上で、「ハーバードは史上最大の脅威に直面しているが、それは自らが招いた問題だ」と主張。大学の根底に流れる「過度のリベラリズム」を非難する。

学生新聞「ハーバード・クリムゾン」の2022年の調査では、教員の82%が自身の政治的傾向について「リベラル」「非常にリベラル」と回答。一方、「保守」を自任する割合はわずか1%にとどまった。

「実際に彼らは政治的に偏っているし、自分たちの偏りを決して認めたがらない。ハーバードは保守派論客のキャンパスでの登壇を拒絶してきた。『左派の言論の自由』しか認めない人々が、今になって言論の自由を大義名分に政権を批判するのはおかしい」

「中国共産党の学校」

また、ディマルティノ氏は「中国やカタールなどが大学への多額の資金提供を通じ、米国の大学に影響力を及ぼしている」と問題視する。

中国出身のハーバード大留学生は約1200人で全体の2割を占め、国別で最も多い。米紙ウォールストリート・ジャーナルは「中国共産党はこの数十年で数千人の官僚を米国の大学に派遣してきた」と報道。中でもハーバード大は「人気の高い派遣先」であり、「事実上の『党校』と見る向きもある」と指摘した。

匿名を条件に取材に応じたハーバード大の研究者の1人は「自分も共産党員だと明かす中国人留学生もいた。極めて根の深い問題だ」と話す。

「留学生には中国に家族がおり、いわば人質の形になっている。本人の主義主張とは関係なく、共産党からの情報提供の要請を断れず、大学の研究成果が中国側に渡る恐れは大いにあり得る」

とばっちりで「知の喪失」懸念

一方、取材に応じた人々の多くは、トランプ政権が「すべての留学生」を対象に締め付けを強めている点を批判する。

米ハーバード大前のバス停には、「世界のためのハーバード」は米国にも資するという趣旨の張り紙があった(本間英士撮影)

米国人学生のジェームズ・マカフリーさんは、他の学生とともにトランプ政権に抗議の意を示す学生団体を結成。「政権がすべての留学生を一くくりに攻撃しているのは、全く理にかなっていない」と力を込める。

「仮に『共産党と関係がある中国人留学生』に限って受け入れを拒否するというならまだ議論の余地がある。だが、今のやり方はあまりにも論理的ではなく、単に政権に批判的なハーバードに報復しているだけとしか思えない。これまでの行動は自由な議論を尊ぶ米国の理念に反しているし、アメリカン・ドリームの考え方にも背いている」

影響は日本人留学生や研究者にも及ぶ。ハーバード大医学部の堀田亮助教は「リベラル化が行き過ぎていたのは確かだ」としつつ、政権の対応は「やりすぎであり、留学生の多くはとばっちりを受けている」と語る。

堀田氏は、自身の研究室をはじめ実際に研究の最先端で活躍する〝実動部隊〟の多くは外国人であると強調。「米国の学問や経済は優秀な移民によって支えられている」とした上で、留学生の他国への流出など「知の喪失」がこのまま進めば、「米国の将来、ひいては世界全体に悪影響を及ぼすだろう」と警鐘を鳴らした。(米東部マサチューセッツ州ケンブリッジ 本間英士)

ハーバード大 米東部マサチューセッツ州ケンブリッジにある世界有数の名門大学。英植民地時代の1636年設立。米国で最も古い大学とされ、私立名門8大学「アイビーリーグ」の一つ。卒業生にはノーベル賞受賞者や著名政治家らが名を連ねる。全米最難関といわれ、近年の学部合格率は3%台という「狭き門」。学生数約2万5千人のうち、留学生は全体の27%に当たる約6800人。2024会計年度の連邦政府からの補助金などは約6億8600万ドル(約990億円)で、研究資金収入の約68%を占める。

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