ダライ・ラマ「転生」継続、背景にチベットへの強まる統制…中国が独自選定で「2人の15世」の可能性も

 【ダラムサラ=青木佐知子、北京=吉永亜希子】チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世が2日、転生に基づくダライ・ラマ制度を維持する声明を出したのは、転生の伝統を中国に都合よく利用されるのを阻止する狙いがある。中国の動向が焦点となる。

インド北部ダラムサラで2日、ビデオ声明を読み上げるダライ・ラマ14世を映し出すスクリーン=青木佐知子撮影

 「世界中の信徒からダライ・ラマ制度の継続を求める声が寄せられた。制度の継続に賛同する。他者は干渉できない」。2日にインド北部ダラムサラで開かれた高位聖職者の会議の冒頭で、14世のビデオ声明が紹介されると、出席した100人以上の高僧が息を詰めてスクリーンを見つめた。

 14世はかねて、転生による選任も含めた制度の今後については「チベット人が決める」と繰り返していた。この日の声明は中国による干渉を拒否する姿勢を明確にした。

 背景には、中国への強い警戒感がある。2日の会議後に記者会見を開いたチベット亡命政府のペンパ・ツェリン首相は、「中国政府の政策は全てのチベット人の帰属意識を破壊しようとしている。(中国国内で)チベット語やチベット仏教が標的にされている」と批判した。

 14世がインドに亡命して60年以上が過ぎ、亡命チベット人の間では、中国のチベット自治区に行ったことのない世代が増えている。こうした中、14世は、人々の一体感を保つために伝統的な転生制度の転換には踏み込まなかったものの、中国の介入を阻むための方向性を存命中に打ち出した。

 一方、中国の 習近平(シージンピン) 政権は、現在も中国国内のチベット族の間で尊崇される14世の影響力を危険視してきた。14世の写真の所持を禁じ、「分裂主義者」などとする宣伝を繰り広げてきた。

 習政権は「中国共産党がチベットを解放した」などと1965年に成立させたチベット自治区の統治の正当性を強調。2024年の域内総生産(GDP)が2765億元(約5兆5300億円)に上ったとして、共産党の統治下での経済発展をアピールしている。一方で、チベット仏教の教義よりも共産党の指導を優先する「宗教の中国化」が進み、住民への統制は強まっている。

 中国政府は07年制定の「活仏転生管理規則」で、「いかなる域外組織や個人の干渉も受けない」と定め、転生者を申請できるのは「法に基づいて登記されたチベット仏教の活動場所」と規定している。独自に選定する15世を党の管理下で育成し、「民族融和」のシンボルとして利用して中国国外のチベット仏教徒との分断を図る可能性がある。

信者 歓迎相次ぐ

 【ダラムサラ=青木佐知子、西寧(中国青海省)=遠藤信葉】インド北部ダラムサラでは、チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世が2日に発表した声明を歓迎する声が相次いだ。

2日、四川省成都市のチベット族が多く住む地域で、警察の警戒拠点の前を通る僧侶ら=大原一郎撮影

 14世が住居を構える寺院前には、世界中から訪れる信者や観光客向けの土産物店や飲食店が並ぶ。10歳の頃にインドに亡命し、食品店で働くロブサンさん(45)は「14世が転生の継続を選び、うれしい。別の人に生まれ変わると信じており、将来のことは心配していない」と語った。

 14世の誕生日を祝いにデリーから訪れた会社員のマジジさん(38)は「転生が続き、未来のダライ・ラマが生まれるのがうれしい。中国にダライ・ラマを選ぶ権限はない。彼らがすべき唯一のことは、チベット解放だ」と述べた。

2日、青海省西寧郊外のタール寺で、マニ車と呼ばれる仏具を回しながら読経する僧侶=遠藤信葉撮影

 一方、14世が生まれた中国青海省の西寧郊外にあるチベット仏教寺院「タール寺」は2日、巡礼に訪れた僧侶や信者が全身を地面に投げ出す「五体投地」で礼拝していた。

 14世の声明について、ほとんどの僧侶は「分からない」「知らない」と言葉少なだったが、ある少年僧は「私たちはチベット族だから、チベット族で決めるのが一番いい」と喜んでいた。この少年は、14世について「大事な存在だと思うが、難しいことは分からない」とも述べた。

 タール寺では多数の監視カメラが確認できた。また、四川省成都市のチベット族らが居住する地域では、交差点や路上で10台近い警察車両などが配置され、警官約20人が通行人に目を光らせていた。

ダライ・ラマとは…精神的支柱転生で継承

 Q ダライ・ラマ14世はどのような存在か。

 A 14世の自伝によると、1935年、現在の中国西部・青海省で生まれた。13世の転生であると認められ、40年、4歳で即位した。59年にチベットで動乱が起き、インドに亡命。89年には非暴力でチベット問題の解決を訴えてきた活動が認められ、ノーベル平和賞を受賞した。

 ダライ・ラマは歴史的に政教両面の指導者と位置づけられてきたが、14世は2011年5月、亡命政府に政治権限を移譲し、宗教活動に専念し、精神的支柱となっている。中国共産党政権の厳しい統制が敷かれているチベット自治区でも、14世を尊敬し、写真を自宅で隠し持つ住民もいる。

 Q チベット仏教の高僧は転生で選ばれるのか。

 A ダライ・ラマに次ぐ高位であるパンチェン・ラマも転生で選ばれてきた。中国政府に批判的だった10世が1989年に急死すると、ダライ・ラマ14世は当時6歳の少年を転生者とした。しかし、中国当局はこの少年を軟禁状態に置き、別の少年を11世に認定。「2人の11世」が存在する異例の事態となった。

 中国は11世を「民族融和」や、宗教の教義よりも共産党の指導を優先する「宗教の中国化」を推進するシンボルとして利用しているが、これを認めないチベットの人々も多いとされる。

自治区抑圧 一層厳しく…東大教授(アジア政治外交史)平野聡氏

 今回の声明では、ダライ・ラマ14世側の組織のみに、後継者を認定する権限があると強調された。中国政府による将来の15世の選定を否定したものであり、中国は絶対に受け入れない。中国の安定を望まない外部勢力が、裏で糸を引いていると宣伝するだろう。

 チベット自治区では、住民や僧侶に抑圧的な政策がとられているが、今後はさらに厳しい思想統制が敷かれるだろう。14世の声明を支持する人を分裂主義者として取り締まるほか、声明に関する情報を自治区内に持ち込んだり、住民間で伝達したりした人を捜そうと、当局が住宅を捜索することも予想される。

 声明に対抗するため、中国政府が14世の死後に選定する15世こそが正統なダライ・ラマであると自治区の仏教寺院や学校などで宣伝する動きが強まることが想定される。将来的には、中国が擁立する15世と、既に擁立しているパンチェン・ラマ11世を対面させることでチベット仏教界の大同団結を演出し、自国の統治が成功しているとアピールする思惑だろう。(聞き手・国際部 村上愛衣)

政府へ過度な刺激 回避…駒沢大教授(宗教人類学)別所裕介氏

 ダライ・ラマ14世は2011年以降、自身の後継選びの方法については具体的な言及を避けてきた。しかし、今回の声明で「転生」制度を継続すると宣言した。チベット亡命政府だけでなく、世界各地の信者の声を受けて決断したと説明し、伝統を継承することを選んだ。「自由世界」に生まれるだろうなどと述べたこともあったが、今回は言及がなく、中国政府を過度に刺激することを避けた可能性がある。

 転生制度の維持が宣言されたことで、「2人の15世」が生まれる状況は避けられないだろう。転生者を探す上で手がかりとなる湖は中国にあり、かつて幼児だった14世を発見した高僧に連なり、15世の認定でも同様の役割を担うであろう人物も中国にいるので、亡命チベット人社会の側が選んだ転生者を中国側が真っ向から否定する局面は不可避と思える。

 中国国内にいる約700万人(2021年時点)のチベット族の多くは、中国国外で生まれる後継者を慕うことも考えられ、この後継者が引き続き信仰のひそかなよりどころとなる可能性は排除できない。(聞き手・中国総局 吉永亜希子)

国際ニュースを英語で読む

関連記事: