オオカミが絶滅寸前から復活したヨーロッパで家畜や人間の襲撃事件が増加、果たして共生は可能なのか?

生き物

by Hans De Bisschop

ヨーロッパオオカミはユーラシア大陸に広く分布するオオカミですが、生息地の破壊や公的な駆除計画によって、20世紀半ばには西ヨーロッパの個体群がほぼ絶滅状態まで追い込まれました。近年は保護政策などによりオオカミの個体数が回復していますが、同時に家畜や人間を襲撃する事件が増えているとのことで、科学誌のScienceがオオカミと人間の共存について解説しています。

Wolves are reconquering Europe. Can people learn to live with them? | Science | AAAS

https://www.science.org/content/article/wolves-are-reconquering-europe-can-people-learn-live-them

2025年夏、オランダ第4の都市であるユトレヒト近郊の自然公園を家族と散歩していた6歳の男児が、オオカミにかみつかれて森に引きずり込まれそうになる事件が発生しました。幸いにも近くにいた大人が棒でオオカミをたたいたため、男児が連れ去られることはありませんでしたが、脇腹や胸にかみつかれてけがを負いました。

男児のTシャツに残ったDNAを鑑定した結果、犯人のオオカミは「ブラム」と名付けられている個体であると判明。ブラムは2カ月前の2025年5月にも女性の脚にかみついたほか、2024年の夏にも子どもにかみつこうとするなどの事件を起こしていたとのこと。

ブラムが最初に人を襲った際、オオカミの専門家らは「ブラムを捕獲して追跡用の首輪を付ける」「ペイントボールを撃って人を怖がるように仕向ける」といった対策を提案しましたが、動物愛護団体が訴訟を起こしたためこれらの対策は実施されなかったとのこと。女性にかみついたことを受けてユトレヒト州はブラムの射殺許可を出しましたが、動物愛護団体は再び訴訟を起こして射殺許可を差し止めようと試み、射殺許可が認可されたのは少年を襲うわずか数日前のことでした。 この事件はオランダで急増するオオカミを巡る二極化した議論に、さらなる拍車をかけることとなりました。オオカミによる人の襲撃事件はまれですが、羊などの家畜がオオカミに襲われることはしばしばあるため、オランダの農家らは対策を求めています。一部の政治家はオランダのオオカミを撲滅することを主張しており、オオカミ研究者は反オオカミ陣営からも動物愛護団体からも批判され、板挟みになっているそうです。

by Hans De Bisschop かつて西ヨーロッパのオオカミ個体数は減少の一途をたどっており、1970年代にはイタリアやスペイン、ポルトガルに少数の個体群が生き残るのみでした。ところが1979年、ヨーロッパの野生動物および自然生息地の保全に関する条約(ベルン条約)が制定され、ヨーロッパ全土でオオカミの保護が強化されました。 その結果、1980年代にはロシア西部やフィンランドからオオカミがスウェーデンとノルウェーに流入し、中央ヨーロッパの個体数も大幅に増加。1990年代後半にはポーランド西部からやってきたオオカミがドイツ国内で目撃されるようになり、記事作成時点ではドイツ・デンマーク・オランダ・ルクセンブルク・ベルギー・スイス・イタリア・フランスなどのEU加盟国で、合計約2万3000頭ものオオカミが生息しているとのこと。 以下の図は、2023年時点でヨーロッパオオカミの恒久的な生息地があると考えられる地点を示したもの。色分けは遺伝子集団によるもので、少なくとも7つの集団がほとんど混ざり合うことなく分布していることがわかります。

オオカミの個体数増加は自然保護の観点からすれば喜ばしいことですが、同時に人間や家畜への被害が問題視され、人間とオオカミの共生についての課題が提起されています。すでに一部の市民らは自らオオカミを駆除し始めており、2026年4月にはイタリアの国立公園で18頭のオオカミが毒殺される事件が発生しています。

また、EUは2024年にオオカミの保護分類を見直すことを提案し、2025年3月付けで基準が「厳重保護」から「保護」に引き下げられました。これにより、「住民を危険から保護する観点」に基づいてオオカミの捕獲・狩猟が可能となり、大幅に狩猟基準が緩和されることとなりました。

なお、Scienceは欧州委員会委員長のウルズラ・フォン・デア・ライエン氏の一家が飼っていたポニーが2022年にオオカミに殺害されたことに触れ、この基準緩和は個人的な動機によるものだったと指摘しました。

多くの科学者らは今回の規制緩和が時期尚早だったと考えており、オオカミの個体数は見かけほど安定したものではないと指摘。環境の変化に耐えうるだけの遺伝的多様性を持つ個体数は、ヨーロッパオオカミの場合500頭と推定されていますが、7つの遺伝的集団のうち500頭を超えているのはわずかです。

ユーラシア大陸に生息する1001頭のオオカミの遺伝子を調べた(PDFファイル)研究では、特にスカンジナビア半島とイベリア半島に住む個体群で有意な近親交配が確認されました。また、ドイツの個体群もわずか数頭の個体から始まったため、遺伝的多様性は限られています。近親交配は、個体群を有害な劣性形質に対して脆弱(ぜいじゃく)にするだけでなく、病気への抵抗力など潜在的に有益な形質の遺伝子が失われる可能性も高めます。

オオカミの駆除を求める動きがある一方で、オオカミとの共存に向けた取り組みも進んでいます。ドイツ北西部のヴォルフスブルクで40頭の馬や鶏を飼育する農場経営者のダニエラ・フォン・クレーマー氏は、2025年8月のある夜にオオカミの群れが馬たちを襲い、うち1頭が負傷するという事態に見舞われました。

そこでクレーマー氏は、農家がオオカミの侵入を防ぐための支援団体・ニーダーザクセン州家畜保護協会に連絡しました。協会の助言を受けたクレーマー氏は、協会が集めた労働者の手を借りて高さ1.7mの電気柵を設置。このプロジェクトには約3万5000ユーロ(約645万円)の費用がかかり、今後も維持費用がかかる見込みですが、クレーマー氏はそれだけの価値はあると述べています。実際、オランダで行われた2026年の調査では、オオカミによる襲撃の90%以上が電気のない家畜を標的にしていたことがわかっており、電気柵の設置にはオオカミを防ぐ効果があることが示されています。

また、数千年にわたり羊飼いとともに生きてきた牧羊犬にも新たな需要が見いだされています。ドイツ東部を流れるエルベ川沿いで1000頭の羊を放牧しているヤン・テュルマン氏は、訓練中の若い犬も含めて10頭もの牧羊犬を飼育しています。テュルマン氏が放牧する地域には5つのオオカミの群れがいるそうですが、テュルマン氏はオオカミのいない区域を設けるのではなく、オオカミとの共存を選ぶとのこと。

テュルマン氏は、「個人的にはオオカミがいることを知っていて、動物たちが守られていることもわかっている方が、動物たちを無防備にしながらいつオオカミが現れるかわからず常に心配するよりも、ずっと安心できるのです」とコメントしました。

オランダでは依然としてオオカミの狩猟許可を求める声も多く、オランダ東部のヘルダーラント州で行政評議会員を務めるハロルド・ゾート氏は、農村部ではオオカミの影響が都市部よりも大きいと指摘。「私たちはすでに限界に達しています」「首都のアムステルダムに住んでいる人なら『オオカミが戻ってきてよかった』と言うのは簡単です。人々はオオカミが日常生活に与える影響を過小評価していると思います」と述べています。 また、オランダでは「活動家がスロベニアからオランダにオオカミをトラックで運び込んだ」「オランダのオオカミは実際にはオオカミと犬の交雑種であり、保護に値しない」といったうわさも広まっているとのこと。なお、後者についてはDNA研究によって誤りであることが示されています。 オランダ・ラドバウド大学の環境哲学者であるマーティン・ドレンセン氏は、オオカミと共存するにはある程度の予測不可能性を受け入れる必要があると指摘。「社会は完全に制御できないことがあるという事実を受け入れ、そしておそらくオオカミの野生性と共に生きることを学ぶ必要があります」と述べました。

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