弱体化したイラン、むしろ危険-NPT脱退し核兵器保有目指す可能性
中東でここ10日ほどの間に起きた出来事で、イランの脆弱(ぜいじゃく)な安全保障体制と情報ネットワークの不備が露呈した。
イスラエルは6月13日に一連の攻撃を開始。イラン国内の報道によれば、初期の攻撃はイラン国内の地下基地から発信されたドローン(無人機)や爆弾を用いて行われ、現地の市民に衝撃を与えたという。
イスラエル当局はこの攻撃がイラン国内での政権転覆を誘発し得ると説明していたが、現時点ではテヘラン側の統治基盤が揺らいでいる兆候はほとんど見られない。
一方、米政府はイランの政権転覆を目指していないと強調してきた。外国の体制転換を狙うような介入は、トランプ大統領の基盤支持層には受け入れがたい戦略だ。
しかし、トランプ氏は22日、「現行体制がイランを偉大にできないならなぜ変えない」とSNSに投稿。イランの体制そのものの変更が必要だと示唆した。
イランのペゼシュキアン大統領に助言していたこともあるエコノミスト、サイード・レイラズ氏は「国民のナショナリズムが体制の支えとなってきた。なぜなら、それ以外にないからだ。イランそのものが危機にひんしているとは私は思わないし、また米国側もそれを望んでいないと考える」と語った。
政府主導のデモに参加しない一般のイラン国民の間では、大規模な国内の改革や変革を望む声が根強く、反政府の抗議活動がここ数年頻発している。
しかし、イスラエルと米国による一連の爆撃は、1979年のイラン革命に象徴されるような外国からの干渉への反発という感情を再びかき立てた。
米中央情報局(CIA)の元中東担当シニアアナリスト、ウィリアム・アッシャー氏は「市民社会や経済界、軍内部から政権を交代し得る政治勢力が台頭する兆しは現状では見られない」と話した。
海峡封鎖
米国の攻撃を受け、聖職者から成る指導部は身を潜めているが、報復の選択肢は依然として多い。
イランは中所得国ながら、豊富な石油資源やサイバー戦能力、そして弱体化したとはいえ依然として強力な親イランの武装組織ネットワークを有しており、混乱を引き起こす力を保持している。
また、ホルムズ海峡の封鎖という前例のない一手に出れば、原油価格は1バレル=130ドルに達する可能性もあるとブルームバーグ・エコノミクス(BE)はみている。
欧州外交問題評議会(ECFR)で中東・北アフリカ担当副責任者を務めるエリー・ゲランメア氏は、「米国への反撃は不可避であり、多層的かつ速やかに仕掛けられるだろう。これは米国側の攻撃の度合いによる」と分析。「イランはこの戦争に勝てないことを理解しているが、米国とイスラエルにも敗北を味わわせようとしている」と語った。
同氏は米国兵ではなく、米国に関係するインフラへの攻撃という方向で調整される可能性があるとみている。
トランプ政権が1期目の2020年にイランの高官を無人機で殺害した際、イランは即座に北部イラクの米軍基地をミサイルで攻撃したが、死者は出ず、その後の軍事的なエスカレーションには至らなかった。
イラン指導部が最も採用しやすい選択肢は、報復の内容と場所を事前に公表し、米国に死者が出ないように仕向けることだ。
そうすれば、トランプ氏もイスラエルに攻撃をやめろと圧力をかけ、これが当事者間の停戦につながる可能性があるとBEのアナリスト、ディナ・エスファンディアリー氏は想定している。
しかし、イランが当初の報復で限定的な対応にとどまり、即座に全面戦争に発展しなくても、この数週間の出来事は、核開発を巡るイランの野心をむしろあおる可能性があり、今後の衝突の火種にもなり得る。
「大いなる皮肉」
バイデン前政権で中東担当の国防次官補代理を務めたダナ・ストラウル氏は「米国による一晩の空爆とイスラエルの一週間の攻撃では、何十年にもわたる投資に基づくイランの核計画を屈服させることはできない」と説明した。同氏は現在、ワシントン近東政策研究所の研究ディレクターをしている。
米国の攻撃を回避できなかった外交努力は、実際にはイラン政府の警戒感を弱める戦術だったのではないかとの臆測が浮上する中で、核開発を封じ込めるための協議は事実上途絶した。
イラン議会は22日、核兵器不拡散条約(NPT)を脱退する可能性を議論した。NPTはイランが核開発を平和目的に限定し、核兵器を求めないと国際的に約束するものだが、国家安全保障最高評議会が最終判断を行うとみられる。
イラン政府はこれまで核兵器開発を否定してきた。ウラン濃縮の取り組みを、米国による経済制裁強化への対抗措置と位置付けてきた。だが、指導部は安全保障を核抑止力によって担保する必要性を感じている可能性がある。
テヘランのコンサルティング会社アラ・エンタープライズ創業者兼最高経営責任者(CEO)のサイラス・ラザギ氏はトランプ政権によるイラン空爆について、米国とイスラエルという「二つの核保有国が歴史上初めて核武装していない国を核拡散阻止の名目で攻撃した例だ」と指摘。
「インドやパキスタン、北朝鮮のような国々は、NPTから脱退した自国の判断が正当化されたと感じているはずだ」と語った。
NPT脱退は、イランが核兵器保有を追求する自由への第一歩となるだろう。脱退を宣言すれば、それまで禁止されていた核軍備に向けた活動が可能になり、どの程度、核兵器の保有に近づいているかに関し透明性が失われることになる。
空爆だけでは、核計画を完全にやめさせることはできない。ECFRのゲランメア氏によれば、米国がイランの核計画を根こそぎ廃絶するには地上部隊の投入と軍事占領を覚悟しなければならない。空爆で核を巡る活動を後退させることはできるだろうが、完全な設備破壊には至らない。
「イランは大国であり、核科学者や技術者を豊富に抱えている。政治的な決断がなされれば、ひそかに核計画を再構築し、兵器開発に向かうことも可能だ」という。
「トランプ氏がイランから核の脅威を取り除こうとした結果、逆にイランが核保有国になる可能性を大きく高めてしまったという大いなる皮肉」が生じたとゲランメア氏は結論付けている。
原題:A Weakened Iran Can Still Inflict Pain on the US — and the World (抜粋)