「色恋営業」禁止、波紋広がるホストクラブ業界-改正風営法が施行へ

金曜日の夜、午後10時。東京・歌舞伎町の老舗ホストクラブ・愛本店では女性1人につき数人のホストがテーブルを囲み、談笑している。鏡張りの壁にはシャンデリアが映り、華やかな光を放っている。

  ホストとして毎月20-30人ほどの指名客を迎える蒼さん(28)は、「普通のサラリーマンと僕の清潔感が一緒だったら、多分女性は僕に価値を感じてお金を使ってくれない」と話す。特に体形や肌の管理、衣服や香りに気を使っており、仲間のホストや「姫」と呼ぶ女性客への感謝を大切にしていると語った。

  月末に施行される改正風営法により、全国に1000店舗、都内に300店舗存在するホストクラブでは恋愛感情に付け込んだ飲食などの要求、いわゆる「色恋営業」が禁止される。売り掛けと呼ばれる後払いシステムを利用した女性客が、返済のために売春や性風俗店への従事を余儀なくされることが問題視され、法改正に至った。

  政治の動きに対し、関係者の間で波紋が広がっている。色恋営業をホストクラブでの演出の一環として享受することに同意する「色恋同意書」がネット上で拡散。ホストの仕事を始めて2年以上という蒼さんは「人間関係に色が出ないわけなくないですか」と戸惑いを隠さない。「今日はありがとうねって、このハグもダメなのでしょうか」と疑問を投げかけた。

関連記事:改正風営法が成立、ホストクラブの「色恋営業」禁止へ

救済必要

  警察庁によると、全国の警察が受理したホストクラブに関わる相談件数は2021年から24年にかけて約4割増加。悪質店に関わる検挙は24年で207人と前年から倍増した。女性客を風俗店に紹介し、女性が得た収益の一部を見返りとして受け取ったホストや、ホストの交際相手を脅して消費者金融から金を借りさせた経営者などが検挙された。

  衆参両院で全会一致により可決、成立した改正風営法はホストクラブなど「接待飲食営業」を営む風俗営業者に対して、料金に関する虚偽説明や客の恋愛感情に付け込んだ飲食などの要求をしてはならないことを順守事項として明記。売春や性風俗店で働くよう促すことで代金を取り立てることや、ホストらから女性を紹介された性風俗店が見返りに料金を支払うスカウトバックも禁止し、罰則の対象とした。

  法制定に関わった自民党のワン・ツー議連(性暴力のない社会の実現を目指す議員連盟)の宮崎政久事務局長(衆院議員)は、トラブルに巻き込まれた女性を救済し、対策を立てることは「社会的に必要」だったと語った。

  立憲民主党の塩村文夏参院議員も、最近は経済的に余裕のある層だけでなく、普通の学生や会社員が顧客になっていると指摘した。女性が風俗店で得た金銭を収入源とするホストクラブは「若い女性の体で稼がせ続ける人身売買。先進国とは思えないシステム」だと批判した。改正法は、女性客が危険を察知するきっかけになると意義を強調した。 

  社会的な批判を受け、業界も改善に取り組んでいる。最大手「グループダンディ」を運営するジーディーの巻田隆之最高執行責任者(COO)は、女性が多額の借金を抱える要因としてやり玉に挙げられた売り掛けシステムに関し、同業の他店舗と協力し24年から自主規制を始めていると言う。

  売り掛けは長年の慣行で業界の自主規制には限界があると指摘。法律により、「売り掛けは、規制された方がいいと思っている」と語った。ただ、色恋営業の禁止については、何をもって色恋と判断するのか「具体性がない」と指摘した。 

居場所

  愛本店とは別のホストクラブに2年間通っていたという希咲未来さん(25歳)は18歳の時、歌舞伎町の路上で客引きから声を掛けられた。親から虐待を受け、施設に入所していたが、自立に向け仕事を探そうと歩いていた時だった。

  店に入ってから事情を話すと、「面倒を見てあげる」と言われ、ホストが紹介する性的な仕事をし、提供する宿泊施設で寝泊まりするようになった。クラブの従業員がSNSアカウントを運営して男性顧客をあっせんした。1日平均で8万円、時には20万円ほど稼いだが、すべてホストクラブの支払いに消えた。家賃や衣服などの生活費はホストが払っていたという。

  ホストクラブでは「姫、おかえりなさい」と迎えられ、「家でも言われなかったおかえりなさいがうれしかった」と話した。ただ、当時は金銭をホスト側に全部管理され、「助けを求める先がなかった」と振り返る。売春行為を続けさせられ、このままでは妊娠するかもしれないという危機感を抱き、民間の相談窓口に連絡。ホストの元から逃れることができた。

  現在、NPO法人「ぱっぷす」で性的搾取被害などに遭った女性へ支援を行っている。

  中央大学の山田昌弘教授(家族社会学)は、職場、恋人や家族に評価されない女性が「自分を肯定してくれる場というものをどこかに求めなければいけない」中で、選択肢の一つがホストクラブとなっていると述べた。

  ホストクラブに通っていた経験などをSNSで発信している鈴木葵さん(29歳)も、常連客となる女性には「少なからず家庭環境の問題や寂しさがある」と話す。「その時に好きだよって自分のタイプのイケメンに言われたら信用してしまう」と語った。自身も売り掛けによる借金の総額は一時、200万円ほどまで膨れ上がったこともあるという。

  ぱっぷすの金尻カズナ理事長は、「お金がなくて、寂しくて、でも誰にも頼れない。そんなときにホストが優しくしてくれる」と、支援してきた女性の状況を説明した。一方、金尻氏は、指名客の売り上げに応じて収入が決まる歩合制で、毎月売り上げランキングが公表されるなど、熾烈(しれつ)な競争下で働くホストを責めることはできないとも指摘した。

100万円

  愛本店の蒼さんはホストクラブで働き始めた理由を「お金ですね」と語る。北海道出身の蒼さんは15年に高校を卒業した後、テーマパークで働くため上京。残業しても手取りは月20万円に満たなかった。大手流通業者の関連会社に転職した後は睡眠時間を2、3時間まで削って激務をこなし、月収80万円を得られるようになった。

  春闘では数十年ぶりの賃上げ率を記録する一方、厚生労働省の毎月勤労統計調査(速報)で物価変動を反映させた実質賃金は4月、4カ月連続でマイナスを記録するなどインフレに追い付いていない。24年の高校卒業者の平均賃金は29万円と、大学卒業者の約7割の水準にとどまり、生活必需品価格の高騰による影響を受けやすい状況が続く。

  蒼さんの給与水準は平均以上だったが、もっと稼いで貯金し経営者になりたいという夢があった。ホストになる以外に高卒の自分がさらに稼げる方法はないと思い立ち、老舗である愛本店の面接を受けた。入店から2年以上たち、店のランキングで上位に入った現在、多い月は売り上げ1200万円、手取り600万円を稼いでいるという。

  「100万円ぐらいがお給料の封筒に入っていないとホストをやる意味がない」というのが歌舞伎町の常識だという。一方で、そのために自分自身がメディアに取り上げられている悪いホストになってはいけない。手本になる働き方で、自分の店は「やっぱり違う」と言われたい。総支配人として後輩育成も担当する蒼さんは、そんな思いで客を迎える。

関連記事: