気候変動の責任、国が他国を提訴するのは可能 国際司法裁が勧告的意見
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エスメ・ストラード記者、ジョージア・ラナード記者(BBCニュース、気候変動・科学担当)
国際司法裁判所(ICJ)は23日、気候変動に関する画期的な判断を下した。国が別の国を相手に、温室効果ガスの過去の排出を含む気候変動の責任を問う訴訟を起こす道を開いた。
ただし、同裁判所の判事は、気候変動のどの部分を誰が引き起こしたのかを明確にすることは困難だと指摘した。
今回の判断は勧告的意見であり、法的拘束力はないが、司法専門家らは、広範な影響を及ぼす可能性があるとみている。
今回の判断は、気候変動に対して特に脆弱(ぜいじゃく)な国々の勝利と受け止められている。これらの国々は、気候変動対策における国際的な進展の遅れに不満を抱き、ICJに訴えていた。
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今回の前例のない訴訟は、気候変動の最前線にある太平洋の低地諸島出身の若手法学生グループが、2019年に起こしたものだ。
そのうちの1人であるトンガ出身のシオシウア・ヴェイクネ氏は、ハーグで判決を聞いた。
ヴェイクネ氏はBBCニュースに対し、「言葉が出ないほど興奮している。さまざまな感情が一気に押し寄せている。これは私たちの地域社会に誇りを持って持ち帰る勝利だ」と語った。
また、異常気象の影響を最も受けているとされるバヌアツ出身のフローラ・ヴァノ氏は「今夜は安心して眠れる。ICJは私たちが経験してきた苦しみや強靱(きょうじん)さ、そして未来への権利を認めてくれた」と述べた。
さらにヴァノ氏は、「これは私たちだけでなく、声を届けようと闘っているすべての最前線の地域社会にとっての勝利だ」と強調した。
ICJは世界で最も権威ある裁判所とされ、国際的な管轄権を有している。弁護士らはBBCニュースに対し、今回の意見が早ければ来週にも、各国の裁判所で活用される可能性があると述べている。
活動家や気候問題に取り組む司法専門家らは、今回の画期的な判断が、これまでに最も多くの化石燃料を燃やしてきた国々に対し、地球温暖化の責任を問う損害賠償請求への道を開くことを期待している。
多くの途上国は、気候変動対策に関するこれまでの約束を先進国が守っていないと主張し、こうした不満から今回の訴訟を支持していた。
一方、イギリスを含む先進国は、2015年のパリ協定をはじめとする既存の気候変動に関する合意で十分であり、これ以上の法的義務を課すべきではないと主張していた。
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ICJ所長を務める岩澤雄司判事は、各国が気候変動対策として最も野心的な計画を策定しない場合、それはパリ協定における約束の違反にあたると述べた。
また、より広範な国際法が適用されると指摘。パリ協定に署名していない国や、アメリカのように離脱を望む国であっても、気候システムを含む環境の保護義務を負うと強調した。
国際環境法センター(CIEL)のジョイ・チョウドリー上級弁護士は、「この判断は法的に画期的な瞬間だ」と述べた。
「この権威ある歴史的判断により、ICJは従来の慣行から脱却し、気候破壊の影響を受けている人々には、損害賠償を含む救済を受ける権利があることを明確に示した」
一方、英外務省の報道官は、今回の意見について詳細なコメントを出す前に「時間をかけて」検討していると述べた上で、次のように付け加えた。
「気候変動への対応は、イギリスおよび世界にとって引き続き、緊急の優先課題だ。イギリスは今後も、国連の既存の気候条約および枠組みに対する国際的な取り組みによって、これを達成するのが最善だという立場を取る」
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ICJは今回、途上国が気候変動による被害、たとえば建物やインフラの破壊に対して、他国に損害賠償を求める権利があるとしている。
また、国土の一部を回復することが不可能な場合には、その政府が補償を求めることができると付け加えた。
この補償は、気候変動が原因だと証明できる、特定の極端な気象事象に対して求められるものになると思われる。岩澤判事は、こうした判断は事案ごとに検討される必要があると述べた。
バヌアツおよびマーシャル諸島の代理を務めた法律事務所ドーティ・ストリート・チェンバースのジェニファー・ロビンソン弁護士は、「これは気候変動に脆弱な国々にとって大きな勝利だ。今回の訴訟を主導したバヌアツにとっても大きな成果であり、気候変動に関する提言のあり方を変えるだろう」と語った。
損害賠償請求が認められた場合、各国がどの程度の金額を支払うことになるのかは明らかになっていない。
しかし、学術誌「ネイチャー」に掲載された過去の分析によると、2000年から2019年の間に気候変動によって発生した損失は2兆8000億ドル(約408兆円)に上り、これは1時間あたり1600万ドル(約23億円)に相当するとされている。
ICJで昨年12月に行われた審理では、気候変動による海面上昇の影響で住まいを追われた多数の太平洋諸島の住民が証言に立った。
マーシャル諸島は、気候変動に適応するために必要な費用が90億ドルに上ると強調した。
前出のロビンソン弁護士は、「この90億ドルは、マーシャル諸島には存在しない資金だ。気候変動は同国が引き起こした問題ではないにもかかわらず、首都の移転を検討せざるを得ない状況に追い込まれている」と述べた。
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ICJは損害賠償に加え、各国政府が自国で活動する企業による気候変動への影響についても責任を負うとの判断を示した。
特に、化石燃料産業への助成や、新たな石油・ガス開発の認可は、各国の義務に違反する可能性があると明記した。
BBCが取材した弁護士らによると、すでに複数の途上国が、ICJの意見を根拠に、過去の温室効果ガス排出に対する損害賠償を求めて、排出量の多い先進国に対する新たな訴訟を検討しているという。
ただし、ICJに対して損害賠償の判断を求める訴訟を起こすには、相手国がICJの管轄権を受け入れている必要がある。イギリスなどはこれに該当するが、アメリカや中国は含まれていない。
前出のCIELのチョウドリー氏は、ICJの意見を根拠にすれば、国内外を問わず、世界中のあらゆる裁判所で訴訟を起こすことが可能だと説明している。
そのため、各国はICJではなく、たとえばアメリカの連邦裁判所のように相手国が法的拘束を受ける裁判所で訴訟を起こすことを選ぶ可能性がある。
ただし、ICJの意見がどの程度尊重されるかは、依然として不透明だ。
ドーティ・ストリート・チェンバースでソロモン諸島の代理を務めた、ハルジ・ナルラ弁護士(気候問題専門)は、「ICJは地政学的な影響を受ける機関であり、その判断の履行は、各国の自発的な順守に依存している。警察権を持っているわけではない」と述べた。
今回の判断についてBBCニュースが質問したところ、米ホワイトハウスの報道官は次のように回答した。
「いつものように、(ドナルド・)トランプ大統領および政権全体は『アメリカ第一主義』の方針を堅持し、日々のアメリカ国民の利益を最優先に考えている」