ティム・バーナーズ=リーが「ソーシャルメディアの壁を壊そう」と提唱、ウェブの発明者が「ChatGPTやDeepSeekの進化形」と呼ぶ新しいインターネットの在り方とは?
ワールド・ワイド・ウェブを発明したことで知られる計算機科学者のティム・バーナーズ=リー氏は、過去に「悪いことが起きにくいソーシャルネットワークが必要」と述べるなど、ソーシャルネットワークによるインターネットの分断を懸念してきました。そして、バーナーズ=リー氏は経済紙・Financial Timesに寄稿した新しいコラムで、この問題にさらに一歩踏み込み、ソーシャルメディアがユーザーを囲い込む「ウォールド・ガーデン」を解消し、AIを活用して個人が自分のデータをひとつにまとめられるようにすべきだと提言しました。
Let’s knock down social media’s walled gardens
https://www.ft.com/content/79d2d19a-08df-48fc-9a6f-a9dbef58f642 バーナーズ=リー氏が、ワールド・ワイド・ウェブの現状について抱いている懸念は大きく分けて2つあります。1つは「一部のウェブの機能不全」で、もう1つは「まだ実現されていないウェブの可能性」、つまり現状のインターネットに対する物足りなさです。 まず、前者の「機能不全」の例としては、ソーシャルメディアのユーザーの二極化が挙げられます。これは、ユーザーがプラットフォームに費やす時間によって企業の収益が決まるのが原因で、ソーシャルメディアは人々の怒りをかき立てるようなコンテンツを次々とフィードに投入することで収益を最大化しようとします。フィードを決めるアルゴリズムを、怒りではなく穏やかなコンテンツを基準としたものに変更するのは難しいことではありません。事実、Pinterestなどのソーシャルメディアは、有害なコンテンツを助長することなく、交流やアイデアの議論ができる場を提供することに成功していると、バーナーズ=リー氏は指摘します。 ソーシャルメディアを取り巻く問題について、バーナーズ=リー氏は「規制は最後の手段であるべきですが、ソーシャルメディア業界には自浄作用がないので、若者たちやオンラインの公共の場に実害が出ています。政府には、この問題に関する法整備と規制を強く求めます」と述べました。
バーナーズ=リー氏の2つ目の懸念であり、同時に期待でもある「可能性」のヒントは、初期のウェブにあります。当時は、インターネット接続されたPCさえあれば誰でも自分のウェブサイトを作れたので、インターネットユーザーはブログを開設して好きなものを掲載したり、そこに好きなブログのリンクを追加したりして、少しの努力で大きな貢献を果たすことができました。
ところが、ソーシャルメディアが発達して以来、デジタル主権とも呼ばれている個人のエンパワーメントの感覚は失われ、人々は拡張不可能なウォールド・ガーデンに囲い込まれてしまうようになりました。
例えば、記事作成時点ではFacebookの写真をLinkedInの職場仲間と共有したり、同じIDを使ってInstagramやX(旧Twitter)、Redditなどで友だちリストを共有したりすることはできません。これが、バーナーズ=リー氏が指摘している「ソーシャルメディアの壁」です。バーナーズ=リー氏は「電子メールであれば、GmailやOutlook、Yahooメールなどさまざまなサービスを利用している人のメールをひとつのメールグループにすることができます。ソーシャルメディアでも、同様の相互運用性が必要です」と訴えました。 「相互に運用できるソーシャルメディア」を実現する方法の1つは、新しく標準を策定して、それに従うことをプラットフォームに義務付けることですが、これには強制が伴います。 そして、バーナーズ=リー氏が提唱するもう1つの方法は、新標準に準拠した別のシステムを構築し、そちらのほうがいいと人々に感じてもらうことです。これは、ちょうど閉鎖的な会員制のインターネットサービスだったAOLやProdigyから、自由なウェブへと移行したのに似ているとのこと。
バーナーズ=リー氏がロンドンで共同設立したオープンデータ研究所(Open Data Institute)は、ユーザーが自分のデータを自分で管理できるようにする新しい標準規格「Solid(ソーシャルリンクデータの略)」の開発に取り組んでおり、Solidはウェブ標準化団体のW3Cによって管理されています。
Solidの用途はソーシャルメディアにとどまらず、例えばバーナーズ=リー氏が共同設立した別のスタートアップ・InruptはSolid上に運転免許証から写真、医療データまであらゆるものを保存できるデータウォレットを開発しています。このように、すべてのデータが一元管理できるようになることで、異なるデータから新しい洞察が得られるようになり、バーナーズ=リー氏が「魔法」と呼ぶ相乗効果につながることが期待されています。一例として、2023年に発表された研究では、イギリスの大手小売店のポイントカードのデータを用いて痛み止めや消化薬の購入履歴を分析することで、卵巣がんの兆候を早期に発見できる可能性が示されました。
別々の種類のデータから新しい洞察を得るのは、難しいことのように思えますが、バーナーズ=リー氏はAIエージェントを使えば誰でもその恩恵を受けられると考えています。ただし、ソーシャルメディアの二の舞にならないようにするためには、AIエージェントはユーザーの利益になるように機能することを念頭に開発されなければなりません。例えば、Solidウォレットのデータからパーソナライズされた回答を生成することを目指してInruptが開発中のAIエージェント「Charlie」もそのひとつです。 バーナーズ=リー氏は、ソーシャルメディアに囲い込まれるのではなく、AIエージェントを通じて誰もが自分のデータを最大限に活用できるようになる未来について、「これは、ユーザーとウェブをつなぐ新しいインターフェースのビジョンであり、ChatGPT、Gemini、Pi、DeepSeekの進化形です。以前から、私たちは技術的に何が可能であるかを示してきました。次は、ソーシャルリンクデータが世界中の人々の力になることを示さなければなりません」と述べました。 バーナーズ=リー氏の野心的な提言には、AIの透明性の観点から疑問を投げかける意見も出ています。
イギリスの不動産会社・Hightrees Houseの取締役であり、Financial TimesでAIや気候問題などをテーマに投書してきたロビン・クック=ハール氏は、バーナーズ=リー氏のコラムに対する返書で、「AIが学習したデータの正確性を吟味できる、確実で検証可能なメカニズムがない限り、バーナーズ=リー氏の理想の実現は望み薄ではないでしょうか。2000年前、ローマ総督のポンテオ・ピラトはイエス・キリストに『真理とは何か』と問いました。モデレートも検証もされないまま流通するデータがますます増えている今日の世界では、この問いはますます重要な意味を持つように思われます」と述べました。
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