低酸素性虚血性脳症に「ヒスパニック・パラドックス」

 低酸素性虚血性脳症(HIE)の発生率は出生1,000件当たり1.5~3例と新生児の脳疾患で最も頻度が高く、約3割が死亡や重篤な神経学的後遺症を来すことから、周産期管理における課題となっている。米・University of California, San FranciscoのDawn Gano氏らは同国カリフォルニア州で出生した母児を対象に、母親の人種・民族および健康の社会的決定要因(SDOH)とHIEとの関連を検討する人口ベースのコホート研究を実施。貧困地域に在住する母親やヒスパニック系の母親の出生児ではHIE発生リスクが低く、いわゆる「ヒスパニック・パラドックス」が認められたとの結果を、JAMA Neurol2025年6月16日オンライン版)に報告した。(関連記事「新生児脳障害の新規バイオマーカー」)

15施設の全新生児と母親29万組超で検討

 胎児または新生児仮死に引き続き生じるHIEは、周産期の新生児死亡および新生児の脳障害の主な原因である。低酸素および虚血により生じた脳障害の多くは可逆性に回復するものの、高度に障害が及ぶと不可逆的な転帰を来し、脳性麻痺、点頭てんかん(ウエスト症候群)、精神運動発達障害など重篤な転帰をたどる場合もある(関連記事「母の油性マーカー使用で児のウエスト症候群リスク増」)。

 SDOHは、個人の健康状態に影響を及ぼす社会経済的・環境的な要因であり、収入、教育、職業、住居、社会的支援、医療アクセス、地域環境などが含まれる。HIEの既知の危険因子として母親の年齢、高血圧既往が知られており、母親の人種・民族、保険、教育は、妊娠関連死亡率および重度の母体合併症リスクに関連することも報告されている。しかし、母親のSDOHがHIEに及ぼす影響を検討した研究は少ない。

 Gano氏らは今回、ヘルスケアサービスシステムKaiser Permanente Northern California(KPNC)に加入する母親から生まれた全ての児を含む人口ベースのコホート研究を行い、母親のSDOHと周産期HIEの関連を検討した。対象は、2012年1月1日~19年7月31日にKPNCの15施設で35週以上の妊娠週数で出生した全ての新生児と母親29万535組。

 主要評価項目は周産期HIEとし、診療録から周産期酸血症〔臍帯動脈血ガスがpH 7未満/生後2時間以内の乳児血液ガス検査で不足している塩基量(Base deficit)が10mmol/L以上の場合と定〕と新生児脳症(生後1~6時間以内に実施されたSarnat検査で異常所見が6時間以上持続し、痙攣を伴う/低体温療法で治療された場合と定義)を確認した。

 母親の人種・民族は自己申告により、ヒスパニック系、非ヒスパニック系のアジア・太平洋系、黒人、多民族、白人に分類。母親のSDOH指標には、米国勢調査区画ごとに住民の平均資産と収入、教育、職業、住宅状況などの社会経済的要因に基づいて算出される地域貧困指数(NDI)と公的保険(医療保険加入94%、他の州の健康保険補助金が6%)が含まれた。NDIは三分位群に分けた。

 母親の妊娠回数、年齢、肥満、妊娠前糖尿病、妊娠糖尿病、慢性高血圧妊娠高血圧症候群(HDP)、子癇前症、分娩中の重大な合併症(胎盤剝離、子宮破裂、臍帯脱出、肩甲難産)、帝王切開分娩、児の性、妊娠週数、出生体重などを調整した多変量解析を行い、HIEのリスク比(RR)とオッズ比(OR)を算出した。

初産、早産・過期産は危険因子、女児は保護因子

 対象の内訳は、ヒスパニック系が7万5,011組、アジア・太平洋系が7万1,366組、黒人が1万8,602組、多民族が1万2,214組、白人が10万9,147組、不明が4,195組だった。35歳超および初産はアジア・太平洋系と白人で最も多く、HDPは黒人が最多、絨毛膜羊膜炎はアジア・太平洋系で多かった。母親の重大な合併症は黒人で頻度が高く、過期産(41~44週)は白人で多かった。

 HIEの発生率は、母親がヒスパニック系の新生児(0.1%)と比べ、母親がアジア・太平洋系0.2%、RR 1.38、95%CI 1.06~1. 80)、黒人0.2%、同1.66、1.15~2.14)、白人0.2%、同1.54、1.21~1.95)の新生児で有意に高かった(P=0.009)。

 ベースライン特性、NDI、公的保険を調整した解析の結果、母親が白人の新生児を参照とした場合、母親がヒスパニック系の新生児でのみHIEリスクの有意な低下が示された(OR 0.70、95%CI 0.56~0.87、P=0.002)。NDIの第2三分位群を参照とした場合、最も経済的に不利な第3三分位群でリスク低下が認められたのに対し同0.78、0.62~0.98、P=0.03)、最も裕福な第1三分位群では差がなかった(同1.02、0.83~1.26、P=0.85)。在胎週数37~40週の正期産を参照とした場合、35~36週の早産同1.89、1.33~2.68、P<0.001)、41~44週の過期産(同1.30、1.00~1.68、P=0.05)では有意にリスクが上昇した。

 その他、HIEの危険因子として初産母親の高血圧/HDP子癇前症前期破水(18時間超)絨毛膜羊膜炎分娩中の重大な合併症が、保護因子として女児が抽出された(子癇前症のみP=0.001、その他はP<0.001)。

 Gano氏らは研究の限界として、①父親の人種・民族は検討していない、②人種・民族は単一の変数として扱っており、集団内での多様性は考慮していない、③公的保険とNDIの評価は絶対的なものではない-などを挙げた上で、「保険に加入している母児を対象としたコホート研究において、貧困地域在住またはヒスパニック系の母親から出生した児は、そうでない児とくらべ周産期HIEリスクが低いことを明らかにした」と結論。「35週以降の死産率に母親のSDOHによる差はなかったため、過剰な周産期死亡率では説明できない。米国在住のヒスパニック系女性は、黒人女性と類似した社会経済的リスクプロファイルを有するにもかかわらず、早産率、低出生体重率、乳児死亡率の低さを含む、より良い産科的および周産期転帰を示す、いわゆる"ヒスパニック・パラドックス"が複数報告されている。母体のストレス、胎盤の健康状態、保険の種類、医療の質などを評価することで、特定の集団におけるHIEリスク低下の機序が解明できる可能性がある」と付言している。

編集部・関根雄人

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