あんぱん123話「アンパンマンの手袋」で今と違う「5本指」にも注目が やなせたかしが考えた「手の形」に込めたメッセージとは

『あんぱん』でも分かる通り、初期のアンパンマンの手は、人間と同じ5本指です。なぜ、いまのような「グー」の形に変わったのでしょうか。

柳井嵩役の北村匠海さん(2020年11月、時事通信フォト)

『アンパンマン』の作者、やなせたかしさんとその妻の暢さんをモデルにした2025年前期のNHK連続テレビ小説『あんぱん』の123話では、「柳井嵩(演:北村匠海)」と「いせたくや(演:大森元貴)」が手掛けるミュージカル『怪傑アンパンマン』の準備をしているなかで「アンパンマンの手」について描かれ、話題になりました。

 ミュージカルを手伝っている主人公「柳井のぶ(演:今田美桜)」と、妹「辛島メイコ(演:原菜乃華)」は、アンパンマンの黄色い手袋をどう再現するか悩むなか、母「朝田羽多子(演:江口のりこ)」が使っている炊事用の黄色いゴム手袋がピッタリだと気付きます。しかし、稽古ではミュージカルでアンパンマンを演じる「浜辺ヒラメ(演:浜野謙太)」が、ゴム手袋を「手がふやける」という理由で外してしまいました。

 予算がないなかでの学園祭の劇のような手作り感のあるエピソードが話題になるなか、一部の視聴者からは「そっか、このときのアンパンマンは、まだ手がグーじゃないんだ。パーなんだね」といった意見も出ています。

 たしかに、ミュージカルだけでなく、1973年の絵本『アンパンマン』(フレーベル館)や、その続編の『あんぱんまんとごりらまん』『あんぱんまんとばいきんまん』などでは、アンパンマンの手は普通の人間と同じ「5本指」で描かれています。

 1976年の実際のミュージカル『怪傑アンパンマン』の舞台写真を見ても、お笑い芸人の海野かつをさんが演じていたアンパンマンの手は黄色い5本指の手袋でした。やなせさんの書籍『アンパンマン伝説』(フレーベル館)によると、最初に炊事用のゴム手袋をはめさせてみたところ、海野さんの手が真っ白にふやけてしまったため、軍手を黄色く塗って代用したそうです。

 しかし、いま多くの人が『アンパンマン』と聞いて思い浮かべるであろうアニメ『それいけ!アンパンマン』(1988年~)のアンパンマンの手は、指が分かれておらず、ボクシンググローブのようにシンプルな「グー」の拳の形になっています。ほかのキャラクターも同様で、手袋をしていない「ジャムおじさん」「バタコさん」も、基本的には手は拳の形です。なぜこのように変わったのでしょうか。

 前述の『アンパンマン伝説』では、アニメが始まる前、やなせさんがスタッフに本作が「アンパンマンワールドという架空のバーチャルランドでのみ成立」する話であること、そのために「人間らしいものは、できるだけ排除」すると言ったことが語られています。「ジャムおじさんとバタコさんは人間ではなく妖精」という有名な設定も、このときスタッフに伝えたそうです。

 そして、やなせさんはこのアンパンマンワールドを利用して、とある「革新」を生み出しました。

 やなせさんはディズニーのアニメ映画のキャラクターたちが、アニメーターの負担も考えて、指が4本になっていることに着目したそうで、『アンパンマン伝説』では

「ぼくは指を全部省略してしまって、げんこつのかたちにした。必要なときには、パッと五本の指になる。犬や猫の手は、よく見れば指がわかれているが、一見拳骨風である」

 と語っています。

 やなせさんがこの手の形について「どうだ、楽だろう」というと、あるスタッフは「いや、助かります」と答えたそうです。さらに、この拳骨の手のおかげで、人形やぬいぐるみ、着ぐるみもとても作りやすくなりました。やなせさんは手のデザインに関して、「このことに注目する人は、だれもいない。つまり、少しも不自然ではないということである」と、自信満々に書いています。

 また、別の書籍『やなせたかし 明日をひらく言葉』(PHP研究所)では、手の形の理由について、グッズが作りやすい、子供たちがイラストを描きやすいということ以外に、やなせさんが込めたこのようなメッセージも綴られていました。

「力や気合を入れようとするとき、ぼくらは自然に手を握る。ギュッと握ると、それまでなんとなく考えていたことも、しっかりとした決意に代わる。悲しいときやつらいとき、涙がこぼれてきても、手のひらで拭くのでは、弱い心を追い出せない。しっかり手を握り、拳で涙を拭かなければダメだ」

『アンパンマン』では手の形にも、やなせさんの思いが詰まっています。残り7話の『あんぱん』では、完結までに手がグーの形に変わるエピソードは描かれるのでしょうか。

(マグミクス編集部)

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