中国の半導体版「マンハッタン計画」、最先端チップ製造へ試作機完成
[シンガポール 17日 ロイター] - 厳重に警備され深センの研究所で、中国の科学者たちが米政府が長年阻止しようとしてきたものを作り上げた。人工知能(AI)やスマートフォン、西側の軍事的優位性の中核となる兵器に不可欠な最先端の半導体チップを製造できる機械の試作機だ。
EUV露光装置は技術的な冷戦の中心的な存在だ。
この装置はEUVのビームを使って人間の髪の毛の数千分の一の幅の回路をシリコーンウエハーに刻み込んでおり、西側が現在はこの技術を独占している。回路が小さいほどチップは高性能になる。
中国の試作機はEUVの生成に成功しているが、実際に使用可能なチップはまだ製造できていないという。
ASMLのクリストフ・フーケ最高経営責任者(CEO)は4月、中国がこの技術を開発するのに「非常に長い年月」が必要だろうと述べた。しかし、今回ロイターが初めて報じるこの試作機の存在は、中国が半導体の自給自足を達成する時期がアナリストの想定よりも早まる可能性を示唆している。
それでも、中国は依然として大きな技術的課題に直面している。特に、西側のサプライヤーが製造する精密光学システムの再現だ。
中国は中古市場で入手できる旧型のASML装置の部品によって国産の試作機の製造が可能になった。中国政府は作動するチップをこの試作機で28年までに製造する目標を掲げているという。
しかし関係者によると、より現実的な目標は30年であり、それでもアナリストが予測した「10年後」よりも数年早い。
半導体の自給自足は習近平国家主席の最優先課題の一つであり、試作機の完成という飛躍的な進歩はその実現に向けた中国の6年かけた取り組みの到達点だ。中国の半導体目標は公表されていたが、深センのEUV露光装置事業は秘密裏に進められていたという。
国営メディアによると、このプロジェクトは習近平氏の側近である丁薛祥副首相率いる中国共産党中央科学技術委員会が運営している。
中国の電子機器大手の華為技術(ファーウェイ)が国内企業や国家研究機関を結び付ける拠点として重要な役割を果たし、数千人のエンジニアが関与していると、関係者2人と別の情報源が述べた。
関係者はこれを米国が原子爆弾を開発した第2次世界大戦中の「マンハッタン計画」にたとえて「中国版マンハッタン計画」だと表現した。
「最終的な目標は中国が完全に国産の装置で先端のチップを製造できるようになることだ」と関係者の一人は語った。「中国は米国をサプライチェーン(供給網)から100%排除したいと考えている」
これまでEUV技術を習得した企業はオランダのフェルトホーフェンを本拠地とするASMLだけだ。ASMLの装置の価格は約2億5000万ドルで、エヌビディアやアドバンスト・マイクロ・ デバイセズ(AMD)のような企業が設計し、台湾積体電路製造(TSMC)、インテル、サムスンのようなメーカーが製造する最先端チップの生産に不可欠だ。
ASMLは01年にEUV技術の最初の試作機を完成させて、19年に商業用チップを初めて製造するまでに約20年と数十億ユーロの研究開発費を要したとロイターに明らかにした。
ASMLのEUVシステムは現在、台湾、韓国、日本など米国の同盟国に提供されている。
米国は18年からASMLが中国にEUVシステムを売らないようにオランダに圧力をかけ始めた。この制限は22年に拡大し、バイデン政権は中国の先端半導体技術に対するアクセスを遮断する目的で包括的な輸出規制を導入した。
この規制はEUVシステムだけでなく、ファーウェイのような古い世代のチップを製造する旧型の深紫外線(DUV)露光装置も対象とし、中国の半導体製造能力を少なくとも1世代遅れに留めることを目的とした。
輸出規制により、中国の半導体自給自足を目指した進展は年単位で遅れ、ファーウェイの先端チップ製造が制約されたと、関係者2人と別の情報源が語った。
<中国版マンハッタン計画>
ASMLから採用されたベテラン中国人エンジニアは、気前のいい契約一時金とともに偽名で発行された身分証を受け取って驚いたと、採用事情に詳しい人物が語った。
このエンジニアは施設に入ると、同様に偽名を使って働いているASMLの元同僚たちを見つけ、秘密を守るために職場でお互いに偽名を使うよう指示されたという。
国家安全保障上の極秘とされるこの事業について、施設外の誰にも、そこで何を作っているのか、そして彼らがそこにいること自体を知られてはならないのだ。
チームは最近退職した中国出身の元ASMLエンジニアや科学者が含まれている。彼らは機密技術の知識があるが退職後は職業上の制約が少ないため、採用の最重要ターゲットだったと関係者は述べた。
オランダにいる中国籍のASMLの現役社員2人は少なくとも20年以降、ファーウェイの採用担当者から接触を受けたとロイターに語った。
ASMLはEUV技術について社内でさえも選ばれた従業員だけが情報にアクセスできるよう保護していると述べた。
関係者によると、深センの研究所の飛躍的な進歩はASML出身の技術者が実現した。彼らの技術に関する深い知識がなければ、装置を分解して模倣し製造するのはほぼ不可能だっただろう。
中国は19年から海外で働く半導体専門家の採用に積極的に動いており、こうした技術者の獲得もその一環だった。採用活動では、一時契約金は300万―500万元(6600万ー1億1000万円)から始まって住宅購入の補助も提供されたと、ロイターが政府政策文書で確認した。
採用された人材には、ASMLの光源技術の元責任者である林楠氏が含まれる。同氏が率いる中国科学院・上海光学精密機械研究所のチームは、この18カ月でEUVに関する特許を8件出願している。
中国の採用活動に詳しい別の2人によると、他国に帰化した人々に中国のパスポートが与えられ、二重国籍が認められた事例もあるという。中国は公式には二重国籍を禁止している。
<中国のEUV研究所>
ASMLの最先端EUVシステムはスクールバスほどの大きさで、重量は180トンある。中国はその大きさでシステムを再現しようとしたが失敗し、深センの研究所にある試作機は出力を高めるために数倍大きくなったと関係者は語った。
中国の試作機はASMLの装置に比べて原始的だが、試験を行うには十分だという。
中国の試作機がASMLに遅れを取っている主な理由はドイツのカール・ツァイスが供給するような光学システムの入手に苦労しているからだという。
この装置は毎秒5万回、溶融したスズにレーザーを照射し、20万度のプラズマを生成する。レーザーは製造に数カ月かかる鏡を利用して集められるとツァイスのウェブサイトは説明している。
中国科学院の長春光学精密機械物理研究所が、光学システムにEUV光線を統合する飛躍的な進歩を達成したことで、25年初めに試作機が稼働できるようになった。ただ、光学システムはまだ大幅な改良が必要だという。
約100人の新卒者チームがEUV露光装置とDUV露光装置を分解して模倣・製造する作業に携わっている。各作業員の机はカメラで撮影され、分解して部品を再び組み立てようと試みる様子が記録されている。組み立てに成功した従業員にはボーナスが支給されるという。
中国は必要な部品を得るために、旧型のASML装置から部品を回収し、中古市場を通じてASMLのサプライヤーの部品を調達しているもようだ。
最終的な購入者を隠すために仲介企業のネットワークが使われることもあり、日本のニコンやキヤノンの輸出制限対象となっている部品も試作機に使用されているという。
ニコンはコメントを控えた。キヤノンは、そうした報道は承知していないとした。ワシントンの日本大使館はコメント要請に回答しなかった。
<ファーウェイの科学者は現場で寝泊まり>
EUV事業は中国政府が運営しているが、ファーウェイがチップ設計や製造装置から製造、そしてスマートフォンなどの製品に対する部品の最終的な組み込みに至るまでサプライチェーンのあらゆる段階に関与していると、ファーウェイの業務に詳しい4人が語った。
任正非CEOが中国の習近平指導部に進捗状況を報告していると関係者の一人は述べた。
ファーウェイはこの取り組みのために国内のオフィス、製造工場、研究センターに従業員を配置している。半導体チームに配属された従業員は平日の間現場でしばしば寝泊まりし自宅に戻ることを禁じられている。より機密性の高い業務を担当するチームは電話の使用も制限されていると関係者は語った。
ファーウェイ内部でもこの作業の全体像を知る従業員はほとんどいない。「チーム同士は事業の機密保持のために隔離されている」と関係者の一人は述べた。「彼らは他のチームが何をしているのか分からない」
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