猛烈な日本叩きを展開する中国当局直系“プロパガンダ・メディア”の数々 目的は対外的な「影響力工作」、日本の弱点に突破口を開く切込み隊長を担うのは『環球時報』
そうした中国の「宣伝工作機関」は日中関係の冷え込みを横目に、日本側にアプローチをかけている。その知られざる実態を、中国事情に詳しい紀実作家の安田峰俊氏がレポートする。【全3回の第1回】
「ほどなく、大地震や富士山の大噴火が起きる」 「在日中国人を狙う犯罪が激増し、日本の治安が悪化している─―」 そんな首をかしげる記事を、日々配信する媒体がある。中国のプロパガンダ・メディアたちだ。 そもそも中国では、あらゆるメディアが党の統制下にある。なかには多少の矜持を持つ地方系などの媒体も存在するが、対して体制のプロパガンダ戦士に徹するのが、国内外に強い発信力を持つ当局直系の巨大メディア群だ。中国語で"党媒"と呼ばれる存在である。 中国の軍事や工作活動を研究する防衛研究所主任研究官の山口信治氏は、その内訳をこう話す。 「筆頭格が、党中央機関紙の『人民日報』。さらに通信社の新華社、国営放送局のCCTV(中国中央電視台)やCGTN(中国環球電視網)、軍を統括する党中央軍事委員会の機関紙『解放軍報』などが代表的です」 日中関係が険悪化するなか、近年の彼らは猛烈な日本叩きを展開中だ。報道の範囲を踏みこえた強引なこじつけや「捏造」に近い発信も多い。 「一昨年春、対日イメージを改善するべく中国の主要メディアの記者たちを日本に招待。都内の小学校を見学してもらいました。彼らの多くも、日本の教育環境に接した感想を素直に述べてくれた。しかしながら……」
外交筋の一人はそう打ち明ける。騒動を起こしたのは、『環球時報』。党中央に直属する人民日報社傘下の"党媒"だ。 「同紙の記者が、日中戦争を調べた児童の自由研究の掲示に『南京事件の犠牲者数が過小だ!』と激怒。帰国後、応対した小学校教員の歴史認識を批判する長文の記事を発表したのです。あまりに教条的で、呆れました」 彼らのこうした主張は、商業的な事情が理由ではない。主たる目的は、党の解釈を中国人民に周知させることに加え、対外的な「影響力工作」をおこなうことにある。 「自分たちが出す情報を操作し、対象国の認識や判断を混乱させることで、自国に有利な状況を作り出すオペレーションが影響力工作です。中国の"党媒"の対日言説は、その典型例と考えていいでしょう」(山口氏) 工作の動きが強まったのは、習近平政権の成立以降だ。習近平は、西側各国からの"カラー革命"(自由な価値観の刷り込みによる体制破壊)を懸念する思想を持ち、「イデオロギー領域の戦争」を再三強調してきた。 結果、懸念に対する"反撃"を理由に、当局直系のメディアやSNS部隊を動員し、中国発の影響力工作を大規模に展開させるようになった。 2018年9月、アメリカ司法省はCGTNなどの"党媒"を、通常の報道機関とは異なる「外国エージェント」に指定。2020年には国務省も『環球時報』などを「プロパガンダ機関」と名指しで指摘した。カナダや豪州も、これらに歩調を合わせる動きを見せている。
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"党媒"の日本記事の多くは、お堅い論評や有識者の談話、そして日本国内のネガティブなニュースの転電である。 だが、記者を日本に送り込む取材を積極的におこない、論評も激烈かつ扇動的な傾向が強いのが『環球時報』だ。 「(他媒体より)踏み込んだ発信をする。危険なボールを投げる役割を担う媒体です」(山口氏) 同紙は海外向けの英語版発信に力を入れ、庶民ウケのよいショート動画を展開するなどフットワークが軽い。「習近平政権下で入社した若手ほど教条的」(外交筋)といい、向こう見ずな若さを過激なプロパガンダに振り向けている媒体だ。 たとえば昨年11月、高市早苗・首相の台湾有事発言で日中関係が緊張するなか、同紙は沖縄の日本帰属を疑問視する社説を発表。その後は英語版を含め、紙面で「沖縄県」の県名をほぼ使わず、前近代の国名「琉球」と表記するようになった。 国内外に向けて、沖縄の帰属への疑念を煽る狙いがあるとみられている。 これと前後して、中国は国際機関で「琉球人は先住民族」とする主張を展開したり、SNSに琉球独立を主張するショート動画を大量にバラ撒いたりするようになった。 「足並みが必ずしも揃った動きではない」(防衛筋)ともいうが、『環球時報』が日本の弱点に突破口を開く切込み隊長を担う構図は見て取れる。 (第2回に続く) 【プロフィール】 安田峰俊(やすだ・みねとし)/1982年、滋賀県生まれ。立命館大学人文科学研究所客員協力研究員。『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』(KADOKAWA)で第5回城山三郎賞、第50回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『戦狼中国の対日工作』(文春新書)など著書多数。近著に『民族がわかれば中国がわかる』(中公新書ラクレ)がある。 ※週刊ポスト2026年6月19日号