熱中症に奪われた青春 低酸素脳症で言葉を失った16歳少女と安全を問い続ける父の20年
全国で記録的な猛暑となった今夏。総務省消防庁の速報値によると、今年5月から9月27日までで熱中症で約7万7400人が搬送、うち120人が亡くなっている。平成19年5月、高校での部活動中に16歳で熱中症で倒れ、脳に重い障害を負った兵庫県の栗岡梨沙さん(36)の父親、正則さん(63)は、話すことさえままならなくなった娘に代わり、全国で、熱中症への対策を呼びかける講演を続けている。
梨沙さんの父、正則さん(左)と母の弘美さん。熱中症の危険を訴え続け、講演なども行っている自宅で寝たきりとなった梨沙さん。気管にたまったたんの吸引、日中の手足のリハビリなど、身の回りの世話を両親がつきっきりで行う。「耳はよく聞こえていて、冗談を言うとよく笑ってくれるんですよ。私に似て美人でしょう」と正則さんは笑ってみせる。
事故の1カ月前に撮影された高校2年生時の梨沙さん(家族提供)事故が起きたのは同年5月24日。当時、兵庫県立龍野高校(たつの市龍野町)の2年だった梨沙さんは、女子テニス部のキャプテンを務めていた。当日は定期テストの最終日で、部活動は11日ぶり。連日のテスト勉強で睡眠不足と疲労が重なっていたものの、練習は正午から午後3時まで、通常よりも長く行われた。体感温度が30度近くに達する炎天下で、休憩や十分な給水がないまま基礎練習が続き、最後には1周約350メートルのグラウンドを2周走るというメニューが顧問から課されていた。
梨沙さんは午後3時過ぎ、ランニングの2周目で倒れた。消防が駆け付けたがすでに心肺停止状態で、救急搬送後に低酸素脳症を発症した。その後、集中治療室で4カ月間に及ぶ治療を受けたが、視力と運動機能、言語機能を失う重度の障害が残った。
練習は学校外のテニスコートを借りて行われていたが、監督すべき顧問教員は不在で、適切な休憩や給水を指示する指導者が現場にいなかった。梨沙さんの同級生らによると、顧問からは「コートのレンタル代がもったいないから」と、練習時間を多めに取るよう指示があったという。
「キャプテンに選ばれたばかりで、責任感が強い子だからしんどくても休めなかったんだと思う」と正則さんは振り返る。自宅から持っていった弁当は手が付けられないままで、水筒の水もほとんど減っていなかった。
梨沙さんと両親は、学校側の過失として、県に約4億7000万円の賠償を求め提訴した。1審神戸地裁は請求を退けたが、2審大阪高裁は「熱中症による心筋障害」と認定。練習の冒頭しか立ち会わなかった顧問の過失を認め、県に約2億3000万円の支払いを命じ、その後最高裁で確定した。
梨沙さんの部屋の壁には、浴衣姿で笑う梨沙さんや家族の写真が飾られているこの事故をきっかけに、正則さんは全国の学校関係者に向けて、部活動中の安全管理の重要性を訴える講演活動を続けている。生徒にとって顧問は「絶対的な存在」になりがちだ。正則さんは「子供たちは無理をしてでも従ってしまう。指導者がその日の熱さや生徒の体力を正しく見極めて指示をすることが、事故を未然に防ぐ」と訴える。
梨沙さんの夢はキャビンアテンダントになることだった。苦手な英語の勉強にも熱心に取り組んでいた。「結婚して子供もいたかもしれないですね。でも命があったことに感謝しています。この子に起きた出来事を知ってもらって、多くの命が助かればと願っています」
後断たぬ熱中症 10月も警戒必要
総務省消防庁は9月末までを「熱中症予防強化期間」と定め、引き続き警戒を呼びかけているが、学校現場で子供を襲う熱中症事案は後を絶たない。
今月10日午前11時ごろ、鹿児島県南さつま市の中学校で、生徒5人が熱中症の疑いで救急搬送された。学校によると、当時の同市の気温は29.6度。生徒たちは来月4日に開催の体育祭に向けて、校庭で短距離走の練習中だった。3年の男子生徒7人が吐き気などの体調不良を訴えていたという。
また、愛知県津島市の中学校では24日午前11時半ごろ、屋外での体育の授業中に、15歳の男子生徒が吐き気を訴え、熱中症疑いで病院に救急搬送されたという。
消防庁は9~10月は7~8月に比べて気温そのものは下がっていくものの、「熱中症の油断が生じやすく、死亡事故を含む重大事故が起こりやすい時期」として警戒を呼び掛けている。(鈴木源也)