70歳でも諦めない! 「多発性骨髄腫」の新治療が高齢者に希望をもたらす理由

新しい4剤併用療法は強力ですが、黒田医師は「全員にD-VRdをするということにはおそらくならない」と明言します。患者さん一人ひとりの状態に応じた、きめ細かな治療選択が重要なのです。 80歳以上の患者さんの場合、まずDRd(ダラツムマブ+レナリドミド+デキサメタゾンの3剤)から開始するのが基本となります。 「年齢だけでフレイルになってしまうので、無理のない治療から始めます。ただし、すごく調子が良くて元気な方だったら、そこにベルケイドを週1回追加することも検討します」 一方、比較的元気な65歳から75歳の患者さんには、4剤併用療法での積極的治療を検討します。実臨床では、型通りの治療ではなく、患者さんに合わせた調整が重要です。 「患者さんが潰れてしまうような治療では意味がない。何も最初に無理して患者さんが潰れてしまうような形にならないようにした方が、足し算で得策なのです」という考えが、黒田医師の治療方針の根底にあります。

4剤併用療法の課題は副作用管理ですが、黒田医師は前向きに捉えます。 「血液内科医にとって、感染症に注意しない化学療法などありません。見たことのない感染症が起こるのではなく、頻度が増えるだけ」 感染症対策は治療開始時から計画的におこなわれます。投与方法の工夫も重要で、ベルケイドは点滴から皮下注射に変更することで副作用が大幅に軽減しました。ダラツムマブも皮下注射なので5分で終了。点滴なら数時間かかるところが、患者さんの負担を大きく軽減しています。

黒田医師が医学生に語る印象的なエピソードがあります。 「病棟実習では悲惨な風景を彼らは見るわけです。ところが外来に来ると、血液内科の患者さんを待合室から選んでこいと言ったら絶対に無理だと思います。バスの中で会ったら、電車の中で会ったら、多分病気の人だとわからない。それくらい回復するので、そういう可能性を高められることがやっぱり一番重要なことではないか」 実際、月1回の通院で普通の生活を送れている患者さんが多くいます。治療の初期は外来で週2回から始まりますが、すぐに週1回になり、維持期には月1回のみ。入院が必要なのは最初の数日間だけです。 「これまでアイテムがないからもっと治療できる人たちを治療できていなかった。過剰治療じゃなくて治療不十分だった人が残っていた。そういった方に新たな強い治療を提供することができるようになった結果として、生存期間そのものが延ばせる。そして病状を早く良くすることによって、早く社会にも戻れる方、日常生活に戻る方が増えるのです」


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2000年代前半、ボルテゾミブというプロテアソーム阻害剤の登場が、骨髄腫治療に革命をもたらしました。 黒田医師は、その作用機序を都市のインフラに例えて説明します。 「細胞の中には、古くなったタンパク質をバラバラに分解して再利用するプロテアソームという『ゴミ処理再利用施設』があります。がん細胞は活動が激しいので、このゴミ処理施設がフル稼働しています。東京でもしもゴミ処理施設が1日ストップしたら大変なことになりますよね。同じように、がん細胞でこれをストップさせると、普通の細胞よりもダメージが強いのです」 この薬の革命的な点は、患者さんごとの遺伝子異常の違いに関係なく、「最大公約数的に」効くことでした。VMP療法(ボルテゾミブ+メルファラン+プレドニゾロン)により、奏効率は30%から90%へと劇的に向上。完全奏効率も9%から40%以上に跳ね上がりました。

骨髄腫治療の進化を、黒田医師は野球のピッチャー交代に例えて説明します。 「昔のMP療法は1回途中でダメだった、コールド負けみたいな感じでした。でも最近は5回、6回まで投げられるピッチャー(薬)が出てきた。場合によっては完投してくれるピッチャーも現れました」 この20年間の治療の進化は、着実な「積み上げ」によって実現しました。まずプロテアソーム阻害剤の追加、続いて免疫調節薬のレナリドミドが登場。そして抗体薬のダラツムマブが加わりました。「骨髄腫細胞の95%以上に発現するCD38を標的にして、しかも免疫を抑制する細胞にも効くダブルアタック」という画期的な薬剤でした。

最新のCEPHEUS試験では、移植の適応とならない新規多発性骨髄腫患者さんを対象に、D-VRd療法(ダラツムマブ+ボルテゾミブ+レナリドミド+デキサメタゾン)の効果が検証されました。 その結果、完全奏効以上を達成した割合はD-VRd群で81.2%、従来のVRd群では61.6%と有意に高く、さらに、MRD陰性(10の-5乗閾値、※がん細胞が10万個に1個以下の状態)率も60.9%と従来の39.4%から大幅に改善しました。無増悪生存期間(PFS)においても、D-VRd群は疾患進行や死亡のリスクを約43%低減するという有意な延長効果が示されています。 「VRd療法自体が強力なので、効果がある方の割合は大きく変わらないように見えます。しかし“非常によく効いている”患者さんの割合が大きく異なるのです」と黒田医師は説明します。


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年齢だからと諦める時代は終わりました。多発性骨髄腫の治療は、高齢者でも日常生活を維持しながら続けられる時代になったのです。30年前は「治療してもほとんど変わらない」と言われた病気が、今では「治療しながら普通に生活できる」病気へ。医学の進歩と、それを支える医師たちの20年にわたる着実な歩みが、多くの高齢患者さんに新たな希望をもたらしています。

【登壇者】 黒田 純也(京都府立医科大学大学院医学研究科 血液内科学教授) 京都府立医科大学卒業、同大学院修了(医学博士)。京都第二赤十字病院での臨床修練、京都大学医学部での研究留学を経て、オーストラリア・ウォルター&イライザホール医学研究所(Andreas Strasser研究室)で客員研究員として細胞死研究に従事。帰国後、京都府立医科大学で講師、診療科長、診療副部長を歴任し、2016年より現職。同大学附属病院血液内科診療部長、遺伝子診療部部長、遺伝カウンセリングコース教授を兼任。日本血液学会理事・評議員、日本骨髄腫学会副理事長、日本臨床腫瘍研究グループリンパ腫グループ多発性骨髄腫小班班長、関西ミエローマフォーラム幹事。20年以上にわたり多発性骨髄腫の基礎研究と臨床に従事し、取り残されていた患者さんへの治療選択肢拡大に尽力。患者一人ひとりに最適なオーダーメイド医療の実践を通じて、高齢者でも日常生活を維持しながら治療できる時代の実現に貢献している。

メディカルドック
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