【まるで映画】普通の大学生がサーカスで体験した「台風」との戦いがヤバ過ぎた / 木下サーカスの思い出:11回
世界一のサーカスを目指し、ごく普通の大学生が木下サーカスに入団。舞台を照らすピンスポットも、音響卓の操作も身につけ、公演後のトレーニングにもなんとか慣れてきた。裏方ながら団員生活を楽しむ余裕も生まれていたのだが……
私を含め団員たちが本気で恐れていたものがある。
「台風」だ。ひとたび台風発生のニュースが出れば、進路図を睨みながら一喜一憂することになる。なぜなら直撃が決まった瞬間……サーカスの命である巨大テントを守るため、団員たちは『アルマゲドン』さながら暴風雨に立ち向かわねばならないからだ。
・サーカスと台風
台風はサーカスにとって天敵である。なにしろ舞台は仮設の巨大テントであり、住居もコンテナ暮らし。強風に襲われれば一発で飛ばされかねないし、テントが破ければ興行そのものが成り立たない。
もちろんテント自体は風速30メートル級にも耐えられる丈夫な構造だが、もし万が一、テントが飛ばされて事故でも起きれば……年間100万人以上を動員する巨大サーカス団としての信用まで一瞬で吹き飛んでしまう。
だからこそ「安全第一」でテントを守るのだが、同時にサーカスは興行ありきの商売でもある。休演すれば収益はゼロ。団員たちは公演を続けながら強風対策を施し、それでもやはり危険だと判断された時には、全員でテントを下ろし、守り抜くことになる。
・台風発生
いざ台風が発生すると、団員たちは気象庁や米軍の予報を頼りに進路の予想を始める。公演の合間も「次の休みに直撃やな」「空気を読めよ台風」「いや、この進路ならギリギリ大丈夫やろ」と話題は台風のことばかり。
その後、いよいよヤバいかも……というタイミングで幹部が事務所に呼び出され、テントを下ろすのか、もう少し粘るのか、最終判断をいつ下すのかが話し合われる。我々 “平団員” は仕事をしながらその結果を待つことに。
もしテントを下ろすことが決まれば、休みは消え、エンドレス作業が待っている。それでもテントを、住居を、仲間を、台風から守らねばならない。
心のどこかで「直撃はやめて」と祈りながらも、結局のところ「やると決まればやるしかない」と腹をくくるしかない。あきらめ半分・覚悟半分……そんな緊張感に包まれる団員たち。
・テントを守る
そして、テントを下ろすことが確定した瞬間から空気は一変する。公演終了後に作業着に着替え、腰道具をぶら下げ、全員が即座に補強作業へと動き出すのだ。
作業はテント内の片付けから。照明器具を下ろし、客席にはブルーシートや毛布を敷き詰めて徹底的に養生。さらに台風で雨水が吹き込むことを想定し、テント内には水中ポンプを複数台あらかじめ設置しておく。
約半日かけてテント内の作業を終えると、いよいよテントを下ろす段階へ。巨大な幕を地面まで下ろし、内と外の両側からベルトでガチガチに固定。暴風にあおられても絶対に飛ばされないよう徹底的に引っ張り込む。
さらに夜間の見回りに備えて、テントを支える鉄柱には投光器を取り付ける。点灯テストまで済ませて、ようやく作業はひとまず完了だ。
テントの作業を終えると、今度は売店・住居エリアの補強に移る。女性団員たちは炊事場やトイレ、お風呂のコンテナを点検し、異常があればすぐに男性団員に声をかけて補強を依頼する。
男性団員は敷地を囲うフェンスや住居用コンテナのひさし、アンテナなどを徹底的に固定。鉄杭をハンマーで打ち込み、ベルトや番線でガチガチに縛りつける。
鉄杭を運ぶ団員、ハンマーを肩に担ぐ団員、ベルトを運ぶ団員が列になって行き来し、台風への備えを固めていく。点検も補強も「自分の部屋は自分で」ではなく、全員でやる。ファミリー全員で確認し合い、全員で守り抜くのだ。
ここまで徹底的に固定しても、過去には予想外の事態が起きた。2004年の台風では強風にあおられたフェンスが1枚吹っ飛び、コンテナとコンテナの間に突き刺さったことがあった。つまり「これで完璧」は存在しないってこと。
・見回り
補強作業を終えたら、今度は男性団員が5〜6人ずつ班を組んで交代で敷地を巡回する。スケジュールは夜通し組まれ、仮眠を取りながらも、夜中に2〜3回はカッパを着てヘルメットをかぶり30分ほどの見回りに出ることになる。
この「見回りスケジュール」を決めるジャンケンが異常に盛り上がるのは言うまでもない。早い時間帯の方がそりゃあトラブルは少ないし(補強作業の直後だから)、見回りを終わらせたらすぐに眠れる。
つまり負けた班ほど深夜に叩き起こされる……地味に過酷な運命を背負うことになるのだ。
こうして決まった順番通りに、眠気と緊張感の入り混じる巡回が始まる。誰もが「何も起きないでくれ」と祈りながら、暗闇をライトで照らし、風のうなりに耳を澄ませる。
フェンスもテントも異常は見当たらない……ひと安心して事務所に戻り、温かいお茶をすすりながら台風情報を確認する。万が一異常が起これば、住居エリアに設置したスピーカーで全員を即座に召集する決まりだ。
次の見回り班が来たら交代する。作業は大変だが、夜中に仲間と顔を合わせるのはなんだか特別感があって嫌いじゃない。ただ、なかには全然起きれない団員も……交代ついでにそいつを叩き起こし、ようやく自分の部屋に戻って休むのだった。
・復旧
やがて台風が過ぎ去ると、待ったなしで復旧作業を開始。団員総出でたまった水をポンプで吸い上げ、テントを建て直し、照明やスピーカーを再び取り付け、客席を整える。
とくに照明はひとつひとつ角度を合わせ直さねばならず、手間も時間もかかる。それでも全員で力を合わせ、復旧後には何事もなかったかのように公演を再開……と思いきや、また別の台風が発生。戦いはエンドレスで続いていくのだった。
・木下サーカスは名古屋市で公演中
──というわけで、今回はここまで。台風にも負けずに続いてきた木下大サーカスは愛知県名古屋市の「白川公園」で公演中だ。名古屋公演は10月27日まで。百聞は一見に如かず、生のサーカスをぜひ体感してみてくれよな。それではまた!