宿主をゾンビにして操る、フィクションのような感染症!【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】|au Webポータル

「宿主をゾンビにする病原体」。フィクションの賜物のように思われるかもしれないが、それは実在する。

連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第135話

「感染するとゾンビになる」。そんな話、フィクションの中だけだと思っていませんか? 実はそれ、実在するんです。梅雨も明けていよいよ夏本番、今回はちょっと、怪談めいたお話を......。

* * *

■フィクションの中の感染症

「パンデミック」というのは、隕石や大地震、大洪水などの天変地異に並んで、映画などのフィクションによく取り上げられる題材のひとつである。

フィクションの中の感染症は、高い確率で感染した人を死に追いやる(たとえば、小松左京の小説『復活の日』や、浦沢直樹の漫画『20世紀少年』)。

変わり種としては、呪いのビデオを見た人に、「視覚」から感染するウイルス(鈴木光司・原作の『リング』シリーズ三部作。「貞子」で有名なやつ)。あるいは、普段は潜伏感染していてなんの症状もないが、「性的興奮(リビドー)」を感じることによって発症し、怪物化する(笠原真樹の漫画『リビドーズ』)、なんていうウイルスもある。

しかしなんと言っても、「フィクションの中の感染症」といえばやはり「ゾンビ」だろう。『バイオハザード』シリーズや映画『アイ・アム・レジェンド』、映画『ワールド・ウォーZ』、花沢健吾の漫画『アイアムアヒーロー』などがこれにあてはまる。

このようにフィクションの世界では、病原体はさまざまな方法で人間を苦しめる。しかし、それが病原体として存在し続けるためには、忘れてはいけない大前提がある。それは、「感染・流行し、他者に伝播することこそが、病原体の生存戦略である」ということだ。

なぜ新型コロナウイルスや季節性インフルエンザウイルスは流行するのか? それは、ウイルスの毒性がそれほど強くないため、感染者が症状を保ったままでも行動できるからである。微熱や咳といった症状があっても、普段の生活を続けることはできるので、他者との接触が生まれ、流行が広がる。それによって、病原体は存在し続けることができるのだ。

その一方で、エボラウイルスや鳥インフルエンザウイルスなどの場合はそうではない。その毒性が強すぎるために、微熱や咳のような軽い症状ではおさまらず、感染者はぐったりと寝込んでしまい、動くことができなくなる。そうなると、その高い毒性が病原体(ウイルス)にとっては仇となり、流行はあまり広がらない。

つまり、病原体が存在し続けるためには、感染者が病原体を拡散する行動をとることが必要になる、というわけである。

そう考えると、フィクションの定番である「感染者をゾンビにする病原体」は、病原体の生存戦略を満たしているといえるだろうか? 感染者がゾンビになったとして、それが病原体の拡散に貢献するだろうか? そう考えると、「感染者をゾンビにする病原体」はやはり、「ザ・フィクション」の賜物のように思われるかもしれない。

が、ところがどっこい、感染した宿主をゾンビ化する病原体は実在するのである。

その名前は「マッソスポラ(Massospora)」。しかし幸いにして、これは私たち人間には感染しない。その宿主こそ、私が好む生物のひとつであり、この連載コラムの前話までしつこく登場した(133話や134話など)、夏の風物詩でもある、セミである。

このマッソスポラという真菌は、セミのお腹に寄生し、その内臓を食い散らかす。内臓を食い尽くされ、菌の「胞子」で内臓を埋め尽くされたセミは、当然ながら正常な行動をとることはもはやできない、まさにゾンビのような状態となる(ロイター通信がYouTubeに動画を載せていたので、もし興味があればこちらもご覧いただけたら、よりイメージが湧くと思う)。

そして身の毛もよだつのは、マッソスポラは、寄生したセミをゾンビにするだけではなく、性行動を促進させるのである。メスのセミは、羽根を羽ばたかせることによって、交尾相手のオスを誘う。

マッソスポラに感染したセミは、自我がないゾンビ状態にあるにもかかわらず、そして自身の性別に関係なく、羽根を羽ばたかせる性行動を死ぬまでとり続けるのである。

つまりマッソスポラは、宿主をゾンビのような「傀儡(かいらい)状態」にするだけではなく、病原体として存在し続けるために、ゾンビとなった宿主のセミに、死ぬまで性行動を強要することによって、別のセミへの「感染・流行・伝播」を成立させるのである。

これだけでもフィクションや怪談としてはお腹いっぱいではあるのだが、ノンフィクションのマッソスポラの生存戦略はこれだけに留まらない。

マッソスポラが寄生して、その胞子で内臓を埋め尽くされてゾンビとなった成虫のセミのお腹は、最終的には破裂する。

木に止まっているセミのお腹が破裂すると、そのお腹の中に溜め込まれていた無数の胞子が地面にぶちまけられることになる。成虫のセミは空を飛び、木の上で生活するのに対して、幼虫のセミは地面で生活する。

つまり、ぶちまけられた胞子は、地面、あるいは地中に潜む幼虫のセミたちにくっつき、新たな「感染・流行・伝播」が成立するのである。

――うーん、事実は小説よりも奇なり......。

文/佐藤 佳 写真/PIXTA

関連記事: