衝撃の映画体験『シラート』が日本上陸! 圧倒的な音響の仕掛け人に聞く
知る前に、進めーー。
予測不能な展開に「こんな映画は観たことない!」と世界をどよめかせている映画『シラート』が、ついに日本上陸。巨匠ペドロ・アルモドバルがプロデューサーに名を連ね、2025年のカンヌ国際映画祭で4冠を達成。本国スペインのゴヤ賞では最多の6冠に輝き、アカデミー賞では2部門にノミネートされた話題作だ。
映画はレイヴパーティに参加したまま失踪した娘を探すため、砂漠の奥深くへと車を走らせる父と息子を追うロードムービー。タイトルの“シラート(Sirāt)”はアラビア語で「道」を意味し、宗教的には地獄と天国の上に架かる「髪の毛より細く、剣より鋭い橋」を象徴するとされる。それは「死ぬ前の人を死へと導く内なる道」なのだと語るスペイン出身のオリベル・ラシェ監督は、広大な砂漠を舞台に前代未聞の映画体験を完成させた。
今作で特に大きな話題を呼んでいるのが、まるでもう一人の主役のように物語を導き、観客を支配する、その圧倒的な音響だ。ギズモードは『シラート』の日本公開を前に、アカデミー賞音響賞にノミネートされたスペインのサウンドデザイナー、ライア・カサノバスに話を聞いた。
サウンドデザインに費やした9ヶ月間
左から、アマンダ・ビジャビエハ(サウンドミキサー)、ライア・カサノバス(サウンドデザイナー)、ヤスミナ・ブラデラス(レコーディングエンジニア)――本当に衝撃的な映画体験で、想像を絶する展開に圧倒されました。核心に触れずに『シラート』の魅力を語るのは難しいですが、ご自身の言葉で紹介するとしたら、どのような作品だと思いますか?
ライア・カサノバス(以下、LC):難しいですよね(笑)。一言で表すとしたら、“ショック療法”かな。これは映画的な“体験”なので、観客の皆さんには、ただ頭で考えるのではなく感じてほしいんです。あらゆる感情を受け止め、身を委ねながら、作品が示す内なる旅を追体験するための映画だと思っています。
――ショック療法とは、まさに言い得て妙ですね。今作にサウンドデザイナーとして参加することになった経緯は?
LC:もともと知り合いだった今作のプロデューサーから、「新しいプロジェクトがあるから、ぜひ脚本を読んでみて。きっと気に入るから!」と連絡をもらいました。オリベル(・ラシェ監督)とご一緒するのは、今回が初めてでした。
――初めて脚本を読んだ時の印象は?
LC:とても驚きました。6、70ページの非常に短い脚本だったのですが、斬新でユニークな作品だったので、すぐに気に入ったことを覚えています。それから、オリベルとカンディング・レイ(スコアを担当したフランスのプロデューサー/DJ)に会い、今作の音世界について十分に話し合ってから、仕事に着手しました。それはとても長いプロセスで、サウンドデザインだけで9か月を費やしました。
――9か月も!
LC:『シラート』はドラマであり、恐怖映画であり、時にはアドベンチャーでもあります。そういったすべての要素のバランスを見いだすのが難しかったので、結果的に長期間のプロセスとなりました。また、この映画特有の音響効果も重要でした。私たちは『シラート』を“体感すべき作品”と捉え、骨の髄まで響くような触覚的な音を生み出すために、さまざまなアプローチを試しながら検証を重ねました。
Image: © 2025 LOS DESERTORES FILMS, A.I.E., TELEFÓNICA AUDIOVISUAL DIGITAL, S.L.U.,FILMES DA ERMIDA, S.L., EL DESEO DA, S.L.U., URI FILMS, S.L.,4A4――今作では、音響がまるでもう一人の主役のように物語を導き、観客を支配していきます。サウンドデザインを始めるにあたって、最初にどんなアイデアが浮かびましたか?
LC:最初に感じたのは、登場人物たちと音の深い繋がりでした。レイヴの参加者たちにとって、音楽は自分の思考や日常から逃避するための手段なんです。
また、カンディング・レイとオリベルは撮影が始まる前から制作を始めていたので、すでにたくさんの音楽が用意されていました。音響効果やアンビエンスは、彼らの手がけたスコアのパワフルなベースラインやビートから着想を得ています。
トラックの効果音や砂嵐のようなアンビエンスにも、観客の身体に直接響くような低音や圧力のあるサウンドを積極的に取り入れました。観客にはリラックスして鑑賞するのではなく、緊張感を味わってほしかったんです。さらにテクノミュージックからもインスピレーションを得て、効果音にも同じような響きや質感を持たせました。
――サウンドデザインについて、監督とはどのような話をしましたか?
LC:オリベルとは、彼が伝えようとしていた感情や、私たちが共有する“言語”について話し合いました。撮影監督や作曲家も同じ言語で作品を語っていたのですが、今作では砂漠の砂のような粒感や16ミリフィルムの粒子が感じられる映像を目指していたんです。私たちはテクスチャーやざらつきについて語り合い、その粒感を音にも反映させようとしました。音作りのプロセスは試行錯誤の連続でした。
――必要不可欠だったツールや録音技術はありますか?
LC:まずは、できる限りイマーシブな作品にしたかったので、ドルビーアトモスで制作することを決めました。そして、アンビソニックス形式で多くの収音をしました。たとえばレイヴのシーンでは、すべての音楽を劇中に出てくるようなサウンドシステムを通して録音したんです。さまざまなマイクをスピーカーの前に設置し、アンビソニックス形式で録音することによって、音楽が空間を伝わるようにデザインしました。
時にはマイクを保護せずに録音するなど、リスクの高い判断をしなければならない場面もありました。トラックの音を収録した際には、映像と同じようなザラついた質感を得るため、あえて風除けを付けずにマイクに風を当てたんです。この映画での作業は、本当に特別な体験でした。
――音響をデザインするうえで、特に大切にしていたことは?
LC:感情です。一つのシーンのサウンドを作ったら、それを観た時に自分たちが感じ取ったことが、観客に伝えたかった感情と一致しているかどうか、その都度確認していました。ナラティブや状況設定ではなく、感情に基づいてすべてを判断しました。
感情に寄り添うサウンドデザインの妙
Image: © 2025 LOS DESERTORES FILMS, A.I.E., TELEFÓNICA AUDIOVISUAL DIGITAL, S.L.U.,FILMES DA ERMIDA, S.L., EL DESEO DA, S.L.U., URI FILMS, S.L.,4A4――この物語は登場人物のフィジカルな旅だけでなく、感情的かつ精神的な旅も描いています。そういった観点から、サウンドデザインにおいて意識したことはありますか?
LC:前半はより現実的なので、観客もダンスフロアにいる気分を味わえるような、よりイマーシブなサウンドデザインを目指しました。物語が転換し、登場人物の内なる旅が始まると、サウンドデザインもより豊かに広がり、現実的な表現から離れていきます。終盤の砂漠のシーンでは、有機的な音源を駆使しました。加工された音からは距離を置き、さまざまな音を模索したんです。
――具体的にはどのような作業ですか?
LC:たとえば風の音は、サハラ砂漠だけではなく、ここスペインでも録音したのですが、最後のシーンではよりアンビエントな質感を求めて、アイスランドで収録した音源を使用しました。あのシーンにあの空気感を取り入れるのは不思議な感覚でしたが、自然由来の音だからこそ、とてもリアルに感じられたんです。私たちは登場人物の頭の中に入り込んでいくような、独特なサウンドを目指しました。
――制作過程を通して、新たに学んだことはありますか?
LC:とても長いプロセスのすべての過程を通して、本当に多くの学びを得ました。オリベルはドキュメンタリー畑出身で、私は主にフィクションやメインストリームの作品を手がけてきたのですが、それぞれの世界のベストな部分が『シラート』に反映されたように思います。
スタジオではライブラリ音源も駆使しましたし、アマンダ(・ビジャビエハ/サウンドミキサー)が現場で収録した音源もたくさんありました。感情に寄り添いながら作業を進めるというアプローチが、今回のサウンドデザインにおける最大の挑戦だったように感じています。
Image: © 2025 LOS DESERTORES FILMS, A.I.E., TELEFÓNICA AUDIOVISUAL DIGITAL, S.L.U.,FILMES DA ERMIDA, S.L., EL DESEO DA, S.L.U., URI FILMS, S.L.,4A4――特に今作では、音響が映画の感情を形作る上で非常に重要な役割を果たしていると感じます。作品の感情面に大きな違いを与えたサウンドデザインの例を教えていただけますか?
LC:たとえば、映画を通して進化する風の音です。前半は、さまざまな草の音で風を表現しているんです。そして、物語が登場人物の内なる世界へと進むにつれ、音はより静謐になり、ベースが徐々に存在感を増していきます。風の吹き抜ける音が深く、そして低く響き渡り、登場人物が自分の世界に閉じこもっているかのような印象を与えるんです。
また、劇中に登場する3台の車の音にもこだわっています。1台目は大きな青いトラックで、何層もの金属を組み合わせて作られており、エンジンの轟音はまるで動物の咆哮のようです。私たちは音を通して、道を切り開いて砂漠を横断できるほどの馬力を備えたトラックであることを表現したいと考えました。
2台目はバンのような車です。登場人物がファミリーのようになっていく中で、あのバンには家のような雰囲気を持たせたかったんです。ここでは幾層にも重なったプラスチックやガラスの音を使用しました。トラックよりは脆いけれど、十分にパワフルなエンジンが搭載されています。
最後は父親のルイスが運転するバンです。とても小さな車ですので、車両の現場録音を採用しました。劇場正面の中央部分だけに設定されているのは、巨大なトラックに対して、バンが小さいことを感覚的に理解できるようにするためです。また、あのバンは、父親には砂漠を渡る準備が整っていないことを象徴する存在なのです。
感情と向き合い紡ぎ出すサウンドデザイン
Image: © 2025 LOS DESERTORES FILMS, A.I.E., TELEFÓNICA AUDIOVISUAL DIGITAL, S.L.U.,FILMES DA ERMIDA, S.L., EL DESEO DA, S.L.U., URI FILMS, S.L.,4A4――アカデミー賞音響賞のノミネート、おめでとうございます。レコーディングエンジニアのヤスミナ・ブラデラスさん、サウンドミキサーのアマンダ・ビジャビエハさんと共に、女性だけで構成された音響チームとして史上初のノミネートだったそうですが、どのように受け止めましたか?
LC:とても誇りに思っていますし、幸せです。これは音響の仕事に従事するすべての女性にとって、非常に意味のある出来事だと思うんです。初めての作品から9年間にわたって一緒に仕事をしてきた、ヤスミナと一緒にノミネートされたこともうれしく思っています。アマンダはスペインで長年のキャリアを築いてきた方で、今回初めてご一緒する機会に恵まれました。私たちは女性を取り巻く環境が変化しつつあることを、大変うれしく思っています。
――サウンドデザイナーという仕事のどんなところに魅力を感じていますか?
LC:サウンドデザインは技術的な仕事だと思われがちですが、実際には豊かな創造力と感情をもって取り組んでいます。私がこの仕事で最も魅力を感じているのは、まさに感情と向き合えるところ。一つの作品やシーンを仕上げて、狙った感情のスイッチを押せたと感じられた瞬間は、最高の気分になるんです。
よく友人たちに話すのですが、私は作品の感情に没頭するあまり、その時に手がけている映画のジャンルによって自分の気分が変わってしまうんです。ホラー映画を手がけている時は不安を抱えて生活していますし、コメディだと一日中ハッピーです(笑)。映画で描かれるさまざまな感情を音として丁寧に掘り起こしていく作業が、サウンドデザインという仕事の一番の醍醐味だと感じています。
Image: © 2025 LOS DESERTORES FILMS, A.I.E., TELEFÓNICA AUDIOVISUAL DIGITAL, S.L.U.,FILMES DA ERMIDA, S.L., EL DESEO DA, S.L.U., URI FILMS, S.L.,4A4――『シラート』の制作中は、どのような気分でしたか?
LC:いろんな感情が押し寄せてきました(笑)。私たちは物語に深く入り込み、孤独感を通して登場人物の内なる旅を表現することに、多くの時間を費やしました。今作に込められた深い悲しみ、そしてその先に差し込む光に、私は強く共感しています。それこそが、この映画で最も大切な部分だと思うんです。
――『シラート』が世界中でこれほど受け入れられたのは、なぜだと思いますか?
LC:世界中の観客がこの作品に繋がりを感じてくれるのは、とても美しいことだと思っています。それはきっと、この映画には誰もが生きている悲劇やドラマが描かれており、私たちみんなが同じ人間性で結ばれていると感じられるからだと思います。映画館は、そこに集まるすべての人がカタルシスを感じられる場所です。『シラート』を観るとカタルシスが得られ、内なる旅に出ることができるんです。
――ついに『シラート』が日本で公開されます。日本の映画ファンに伝えておきたいことはありますか?
LC:この映画がこんなに遠くまで旅をするなんて、本当にうれしいです! 私は日本に行ったことがないのですが、いつか訪れてみたいと思っています。ぜひ前情報を入れずに劇場で観て、体感してください。日本の皆さんにも、この映画を気に入っていただけたらうれしいです。
『シラート』は新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほかにて公開中。
Source: シラート