米移民取り締まりで「異常な光景」-萎縮した労働者、職場から消える
トランプ米大統領が推し進める不法移民の強制送還が、全米各地に影響をもたらしている。
ロサンゼルスのアパレル卸問屋街「ファッションディストリクト」からは人影が消えた。テキサス州の酪農家は、牛の搾乳を担当する労働者が仕事に現れず困窮している。作物収穫の人員確保にすでに苦慮していたアイダホ州のタマネギ農家は、人手不足がさらに悪化していると話す。
合法的な就労資格を持つ労働者でさえ、拘束や尋問を受けるのではないかとの不安から職場に現れないケースもあるようだ。
カリフォルニア州ベンチュラのダグ・ハルター副市長は、近隣のホームセンター大手ホーム・デポ周辺で移民当局が日雇い労働者を狙った一斉摘発を実施した後、 同店舗から中南米系の労働者が姿を消したようだと話す。最近その店舗を訪れると、白人だけしかいなかったという。「この地域を知っている人なら、これが異常な光景だと一目で分かるはずだ」と同氏は語った。
トランプ大統領が進める不法移民の強制送還で労働市場に衝撃が走っている。武装した移民・税関捜査局(ICE)職員による一斉摘発により、仕事場から不法滞在者が消えた。雇用主は不法移民抜きで経営を維持できるのか不安を隠せない。不法移民は米労働人口の推定約5%を占め、建設業や食品加工業など慢性的な人手不足に悩む分野では特に比率が高い。
「飢え死にする」
トランプ氏が公約に掲げていた史上最大規模の強制送還作戦の実現を目指す中、経済への影響も懸念されている。5月の米労働人口は減少しており、外国生まれの労働者の落ち込みが一因とみられている。
今週発表されたベイエリア経済研究所とカリフォルニア大学マーセド校の報告書によれば、移民が占める比率がとりわけ高いカリフォルニア州で移民の大量送還が実施された場合、同州の経済損失は2750億ドル(約40兆1000億円)に上る見通しだ。年間税収も最大230億ドル落ち込むと見込まれており、建設や農業などの主要産業にも甚大な混乱をもたらす恐れがある。
アイダホ州を拠点とする大手タマネギ農場「オワイヒー・プロデュース」を運営するシェイ・マイヤーズ氏は「畑で働く不法就労者をすべて送還したら、われわれは飢え死にする」と語る。
同氏の農場では毎年、農業就労を目的とする「H-2A」ビザを取得した労働者およそ90人をメキシコなどから確保し、アイダホおよびオレゴン州の1万エーカー(約40平方キロ)の農地を管理している。だが近年は人員確保が難航しており、作物栽培を一部断念せざるを得ない状況だという。
「こうした労働者なしには、米国民に食料を届けることはできない。それは単純明快な事実だ」と同氏は述べる。
政策混迷も重し
米農家は大量の人手が必要で、農務省は労働者の4割以上が不法滞在者と推定している。農場主も労働者も、トランプ政権の方針を測りかねている状況だ。トランプ氏は先週、人手不足に対応するため、移民政策に変更を加え、農場や食品工場、ホテル、レストランを摘発の対象から除外する可能性を示唆した。だがその数日後、国土安全保障省は職種にかかわらず、すべての不法滞在者を摘発対象にすることを再確認。トランプ政権は一転して、立場を急変させた。
政策の二転三転はトランプ政権で常態化しており、関税政策でも同様の揺れが見られた。背景には、ホワイトハウス内部の見解が割れていることがある。ミラー大統領次席補佐官は1日当たり3000人以上の逮捕を目標とする強硬的な移民送還政策を推進する一方で、ロリンズ農務長官は労働力不足を懸念する産業界の声に理解を示していると、事情に詳しい関係者は述べている。
ロサンゼルスで発生した抗議デモは、市内中心部のファッションディストリクトでICEによる強制捜査が行われたことが引き金となった。通常はミシン音が鳴り響いている同地区の製造工場は今や静まり返り、人手不足により店舗も閉鎖されている。卸売りの顧客を相手とするショールームは施錠されたままだ。
同地区の不動産所有者が運営する非営利法人によると、6月6日の大規模な取り締まり以降、同地区の訪問者数は4割減少。従業員の出勤率も24%近く落ち込んだ。
米労働力人口に加わった移民は2020年以降で550万人に上り、雇用創出の大部分を支えてきた。だが、トランプ氏は、移民取り締まりを治安回復と米国人の雇用保護の問題として位置づけている。
一部の手法については批判があるものの、不法移民摘発に対する国民の支持は根強い。米ピュー・リサーチ・センターが3月に実施した世論調査によると、少なくとも一部の不法滞在者、特に犯罪歴のある場合には強制送還すべきだとの回答が8割以上に上った。
原題:Employees Terrified of ICE Raids Are Failing to Show Up at Work(抜粋)