津久井やまゆり園事件から10年。慰霊碑に刻まれた遺族の言葉で分かった施設の真実
2026年7月26日、津久井やまゆり園事件から10年が経過したこの日、ドキュメンタリー映像『ハートビート・ボイス 津久井やまゆり園事件から10年、心の声を聴く』が放送された。
この痛ましい事件の記憶を風化させないために、神奈川県が推進する「ともに生きる社会かながわ憲章」と「神奈川県当事者目線の障害福祉推進条例」に基づく取り組みの一環として制作されたものだ。監督・制作総指揮を務めたのは、アートを通じて障害のイメージ変容を目指すクリエイティブカンパニー、へラルボニーの桑山知之さんだ。
このドキュメンタリーは、冒頭で過去に触れながらも、「音楽」を通して「今」の津久井やまゆり園を描いている。世界的に活躍する音楽家の蓮沼執太さんが施設の日常にあふれる音を収音し、楽曲を制作。事件の概要と現在の施設を映し出しながら、「命の尊厳」を問いかける作品となり、2026年7月期のギャラクシー賞に選出された。
【放送批評懇談会の審査講評】
「ハートビート・ボイス 津久井やまゆり園事件から10年、心の声を聴く」 7月26日放送/テレビ神奈川 ヘラルボニー 神奈川県
音楽家・蓮沼執太が園内の生活音を採録し、言葉にならない「声」を音楽にしていくプロセスを、桑山知之が詩情豊かに描いた。事件の経緯や社会的な論点をことさらに強調するのではなく、再生した「津久井やまゆり園」のいまの日常と、そこに暮らす入所者たちの姿を丁寧に見つめ、「共生」とはどういうことなのかを考えさせる。静かな力を秘めたドキュメンタリーだ。
FRaUwebでは桑山さんにインタビュー。その第1回では前後編にわたり、かつて報道の現場にいた桑山さんが、事件を追ういわゆるドキュメンタリーとは一線を画し、音楽を通して今を作品として描いたのかをその現場の状況とともに聞いた。
2回目は、後編、事件から10年が経過した今、桑山さんがこの作品に込めたメッセージと、思い描く社会のあり方について話を聞いた。前編では、作品の中にはあえて入れなかった、遺族からの声を伝えた。後編ではさらに桑山さんが遺族からの言葉からの気づきをお届けする。そこには事件を伝えるだけではない、桑山さんと、そしてへラルボニーの願いが込められていた。
2016年7月26日。津久井やまゆり園の事件から10年。
この作品が制作された目的の一つに、「事件の記憶を風化させないこと」がある。しかし、本作に映し出されているのは主に、10年を経た施設の穏やかな日常だ。そこには笑顔で過ごす入所者や職員の姿があった。
桑山さんは、”風化させたい”こともあると語る。
「『津久井やまゆり園』と聞くと、最初に事件を思い浮かべる方は少なくないと思います。けれど……。もちろん事件が起きた場所ではありますが、今そこで暮らし、利用している方からしたら、楽しいことがある、日常の場所。誰かと会えて、何かができる場所なんです」(桑山知之さん、以下同)
桑山さんが風化させたいと感じたのは、施設に今なお付きまとう「事件の場所」というイメージだった。事件の記憶やそこに差別や偏見があったことは、決して風化させてはならない。しかし、その出来事だけで津久井やまゆり園という場所を捉えることもまた、違うのではないだろうか。
「考えてみたら、当たり前ですよね。ずっと重々しい空気の中で暮らしているわけがありません。しかし実は私も、撮影を始めたころはどこかしめやかな気持ちで臨んでいたところがありました。でも撮影中、私たちに入所者の方も職員の方も自然体で接してくださったんです。そのおかげで津久井やまゆり園には今の日常があって、そこには暮らしがあることに気づくことができました」