「国の借金」ばかり騒ぐ人が見落とす経済の真実 庶民を豊かにし、かつ格差を広げる「民間債務」の正体

 その結果、政府のバランスシートは建国以来とも言えるほど悪化し、政府の純資産は単年度で2兆2000億ドルも減少した。  しかし、同じ時期に家計の資産はどうなっていたか。驚くべきことに、家計資産は14兆5000億ドルも膨張し、史上最大の増加を記録したのである。  「政府が巨額の赤字を出せば、国が破綻し国民は貧しくなる」という通説は、この現実を前に脆くも崩れ去る。  むしろ現実は逆だ。  政府が損失を被ることは、家計というマクロ部門の純利益や純資産の増加と表裏一体だったのである。

 このパラドクスを理解するためには、政治的な議論で常に悪役とされる「政府の借金」ではなく、経済の真の支配者である「民間債務」に目を向けなければならない。  一国の経済統計とは、突き詰めれば個人や企業、機関の財務情報をすべて足し合わせた数字にすぎない。  ここで「複式簿記」の基本原則を経済全体に当てはめてみよう。複式簿記の世界では、誰かの支出は必ず誰かの収入となり、誰かの負債は必ず誰かの資産となる。  経済を「家計」「非金融企業」「金融機関」「政府」「海外(ROW)」の5つのマクロ部門に分けて分析すると、一つのパターンがくっきりと浮かび上がる。

 アメリカをはじめとする主要先進国では、家計と政府が最大の対極をなしている。つまり、家計が最大の純所得を計上しているとき、政府は最大の損失(赤字)を計上しているのだ。  政府が支出したマネーは消えてなくなるわけではない。その多くは最終的に給与や支援金として、家計の懐に入る。  この会計上の公理を無視して政府債務の規模だけを恐れるのは、循環器系の全体像を見ずに心臓の鼓動だけを心配するようなものである。 ■1980年代から始まった「大債務爆発」の正体


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 アメリカの債務の歴史を振り返ると、1981年を境に経済の性質が劇的に変化したことがわかる。  1950年から1981年までの期間は、第2次世界大戦で膨らんだ政府債務の「比率」が低下していく「大債務削減(グレート・デレバレッジ)」の時代だった。  しかし、1980年代に入ると「大債務爆発」と呼ぶべき時代が到来する。1950年時点で対GDP比142%だった総債務は、2021年には294%へと、150パーセントポイント以上も上昇した。

 注目すべきは、この間、民間債務も政府債務も歩調を合わせるように増大を続けている点だ。  かつて多くの経済学者は、政府債務が増えれば金利が上昇し、投資が圧迫され、インフレが加速して経済を損なうと警告した。  しかし、現実には政府債務が爆発的に積み上がる中で金利は急落し、家計の純資産価値は上昇を続けたのである。  私たちが「借金」と呼ぶものの正体が、実は「資産の創出」というエンジンそのものだったからにほかならない。

■なぜ「国の借金」より「民間の借金」が怖いのか  では、借金はいくら増えても問題ないのだろうか。そうではない。真に警戒すべきは政府債務よりも「民間債務」の急増である。  政府部門は、自国通貨を管理し、債務を借り換える能力において民間部門とは比較にならない柔軟性を持っている。  一方で、家計や企業の債務はそうはいかない。民間債務、とりわけ不動産関連の過剰な融資が短期間に急増することは、日本の「失われた10年」や2008年の世界金融危機を予兆する、最も危険な赤信号である。

 民間債務は資産を生み出す中心的なメカニズムだが、それが行き過ぎると「金融化」と呼ばれる現象を引き起こし、やがて経済成長を鈍化させる。  2008年の危機以降、多くの家計や企業が高額の負債に呻吟し、支出や投資が抑制されたことが、その後の生ぬるい回復の一因となった。  家計の収入に占める債務返済額の割合は、戦後の高度成長期と比較して今や30%も高くなっているのだ。 ■格差拡大という「副作用」  債務をめぐる最大のパラドクスは、それが家計全体の資産を増大させる一方で、同時に深刻な格差をもたらす点にある。


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 民間債務が増えれば増えるほど、その資金は株式や不動産といった資産の価値を押し上げる傾向がある。これらの資産を大量に保有しているのは人口の上位層であるため、債務による資産増の恩恵は偏った形で富裕層に蓄積される。  一方で、中低所得層は資産をほとんど持たないまま、日々の生活を支えるための負債をいびつな割合で担わされることになる。  「借金が増えるほど私たちは豊かになる」というのは、会計学的には一面の真実である。

 しかし、その「豊かさ」の中身を精査すれば、一部の人々に資産が積み上がる一方で、大多数の人々が負債の重圧に耐えるという不均衡な構造が露わになる。  私たちが向き合うべきは、政府の赤字という見かけ上の数字ではない。債務がどのように資産を作り上げ、誰に分配されているのか、そしてその負債の連鎖がいつ臨界点に達するのかという「負債の経済学」の実態なのである。  債務は創造者であると同時に、制御を誤れば社会を壊す破壊者にもなり得るのだ。

リチャード・ヴェイグ

東洋経済オンライン
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