日経平均5万円の景色:株価はいったい何を語っているのか
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日経平均株価が「5万円台」という未踏の領域に達した。わずか4カ月で1万円、25%もの上昇を記録し、市場は熱気に包まれている。
背景にあるのは「高市トレード」と呼ばれる新政権への期待感だけなのか——。実体経済とは乖離したマネーゲームの本質を、ワタナベ君と教授が読み解く。
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ワタナベ君:日経平均株価。あっという間の5万円です。もっと驚いたのは4万円に乗せてからのスピードです。今年の6月末に4万円を回復してから、ほぼ一本調子、そして10月になってからの“高市トレード”、月末には52,000円です。1万円、つまり25%の上昇がたった4ヶ月です。
教授:アゴラに連載している「未来の証券市場」が完結していないけど、これだけ足元の変動があると、そちらへのコメントが先かな。
ワタナベ君:株価は新首相の就任前から上昇しましたが、政策的にはまだ何もしていないわけで、ホントの要因と言うか背景はなんでしょうか。
教授:視野を10年ぐらいに広げてみると、日本株価の出遅れは明らか。図1を見ると2020年頃(当時の日経平均は2万円前後)から日米の差は開いていた。
世界を回遊している巨大なマネーが、政権交代をシグナルにして、次の目標を日本に定めた、という理解が一般的かな。そして世界マネーの動向スイッチに呼応して日本国内にも充満している待機資金(MRF他)が乗り遅れまいと動きだした。
図1 日米の株価推移 出典:Investing.comのデータに基づき筆者作成
ワタナベ君:日米の株価にこれだけの差があるのに、それがある期間、放置されたのは何故でしょう。
教授:日本の主体別株式所有構造を見てみよう。1970年頃までは最大株主は金融機関だった。1980年代になると彼らが持ち株比率を減らし始めた。個人は長期的に売っていた。では誰が買ったのといえば外国人。そしてアベノミクスが始まってからは日本銀行だ。
さて、ここで海外の投資家になって考えてみよう。日本の金融機関は長期保有の安定株主。それが比率を下げている。外国人は上がったら売る。当然だよね。だから安定株主じゃない。
では日銀は? これについては、アゴラの別の記事で主張したけどルール違反なんだ。ホントは日銀が最大の株主なんておかしい。すぐには売らないけどいつか売るのが道理。個人は、ひと昔前は長期保有だったけど、現代流はネット取引のデイトレードだ。日本では株式が安定した個人資産と見做されなかった。アメリカとの大きな違いだ。
君が投資家だったら、この不安定(変動の可能性)を抱えた国の株を買うかな?実物経済をみても日本は長期のデフレ、EPSを比べても低い。だから株価に差があっても海外からの買いはそんなに増加しなかった。
ワタナベ君:しかし事情は変わったのですね。というより、世界のカネ余りの自制が働かなくなったと言うべきでしょうか。
教授:日本は一応先進国で落ちぶれたとはいえ、それなりの市場規模だから、アメリカの次の目標にはなりうる。10月30日に、第4週の売買動向が公表されたけど、外人は4週連続の買い越し(6,436億円、前週は1,532億円)だ。
ワタナベ君:同じ自民党政権。違うのは連立のパートナーだけ。そんなに違うのですか。
教授:石破政権は、一応、財政を気にしていた。後世にツケを回すのはダメ、という常識を持っていたと思う。また、マイナス金利まで出現させた超低金利の異常性にも気が付いていた。だから日本銀行の脱黒田路線に反対しなかった。利上げをほのめかして石破ショックに遭遇したから、矛先は鈍ったけどね。要するに石破政権は踏もうと思えば踏めるブレーキを用意していたのだと思う。
ワタナベ君:なるほど。ブレーキなんか持っていない、意識もしていない新総理の出現で制約が外れた、ということですね。
教授:引き金になったのかな。株高をもたらす主要な要因は、このテーマを論ずるときいつも強調しているけどマネーの状況です。つまり世界的な規模での“金余り”、具体的に言えば、株を買ってもよいという志向性のある資金の巨大な滞留だ。そのカタマリが投機のプロによって世界を舞台に運用されている。
ワタナベ君:その大きなカタマリの動きを決めるのが金利というわけですね。教授が『The NEXT』で紹介した株価方程式でも金利・利子率が強調されています。
教授:あまり普及してないけどね。ミクロ的にみれば株価は個々の企業の収益動向≒利潤≒配当等なのだけど、いまでは金利だ。昨年の8月にあったように、日銀の総裁が金利についての将来の見通しを述べただけで史上最大の暴落が起きる(記事「名もなき暴落」①~⑥)。株式市場が過剰なマネーに包まれている。株式市場という実物世界が金融世界に飲み込まれている。資本主義が発展して金融化が究極の地点まで進行しているわけだ。
ワタナベ君:ちょうど日銀の金融政策決定会合がありましたが、高市トレードの“大成果”をつぶしたくないから“利上げ”は見送りました。
教授:昨年の8月と違って株価は充分すぎる程に高いから、むしろ“利上げ”のチャンスだったと思われるが、新政権に最初から逆らう勇気は日銀にはない。私は、冷却剤が必要だったとは思います。超低金利からはいつか脱却しなければならない。見送れば、“いつやるの”の不安も先送りだから。
ワタナベ君:株価方程式は一国モデルで為替相場は変数に入っていません。でも今回の株高は外人買いが主体ですから為替相場・円安も大いに関係していますね。
教授:札幌の街を歩いているとアジア人に加えてヨーロッパ・ユーロ圏からの観光客が目立つようになった。ユーロに対する円安はすごい勢いだから(10月末 178円)、彼らにとって日本は天国だろう。こんなに長期に(最近は別)物価が上がっていなくて、通貨も安いまま、というのは経験したことがない。
ワタナベ君:日経平均4万円あたりまでは、ドル高でアメリカ系のファンド、ドルを使うアラブ系も参加した、そして5万円への急な坂道ではユーロ系ですか。ウクライナと地続きですから資金の逃避もあるのかもしれません。確かに日本はいまのところ戦場から遠い。でも、この理屈からすると、何らかの要因で円高に振れたら逆に株安に、そして世界の戦争に終息の兆しが見えたら全面的な日本売りもありえます。
教授:話をしていて改めて思うのは、株価が実物経済、つまり景気が良いとか悪いとか、企業が儲かっているとかそうじゃないとかではなく、株式市場の外側の要因に影響されている、ということだ。外的要因と株式市場をつなぐ重要な媒介要因として金利や外為相場というマクロ指標があるという構図が見えてくる。
ワタナベ君:東京の中古マンションの平均価格が1億円を超えたそうですが、株価との関係はありますか。
教授:インフレヘッジを狙う投機資金の行先として横並びの関係にある。不動産と株式の間の資金往来というのは当然あるでしょう。株式はモノの世界の鏡なんだ。実物の投影だからモノの値段が上がれば、上がるのが原則。だからインフレヘッジになるのだけど、それらは原則で、現代では間に挟まった要素が沢山あり複雑だね。
ワタナベ君:アメリカの株価についてはどうでしょう。ひと昔前のようにニューヨークと東京の連動性は弱くなったようですが。
教授:その原因のひとつは銘柄構成の違いでしょう。アメリカはほんの一握りのIT・AI関連の比重がすごく高くなった。時価総額を見ると、1~5位まではこうした業種で、時価総額は2,500兆円もある。昨日の新聞報道によれば、エヌビディアの時価総額は5兆ドル(770兆円)を突破した。日経225銘柄の合計が800兆円だから、これはすごいね。
日本の第1位はいまだにトヨタ。IT部品は多く使っているがモノづくり産業だ。日経平均に影響力のあるのはソフトバンクグループで、これは投資会社。日米の構成は随分違う。
アメリカの株価はこうした新しい産業の動向にかかっている。期待は高く世界から資金が集まっているけど、焦点は期待どおり、つまりこれらの企業が投資額(2005年の7月から9月の3か月で17.3兆円、年間80兆円に迫る)に見合う収益を上げ続けるかどうかにかかっている。既にPERはかなり高く警戒領域に入っている。
ワタナベ君の質問に答えよう。世界の株式市場はアメリカを中心にして繋がっているから、ここが上がり続けるなら、そのおこぼれは期待できる。でも日本の株式市場が独自に成長するという予想は立てにくい。日米の株価の格差は再び広がっていくかもしれません。
ワタナベ君:日本の株価もかなりいびつですね。10月3日~10月30日まで日経平均株価の上昇は5,400円、率にして12%も上がったのですが、寄与の程度をみるとソフトバンクグループが1,337、ファーストリテイリングが711、東京エレクトロンが428で、3社で全体の半分になります。
ということは、値上がりしてない銘柄も多いわけです。単純に考えれば、新高値の連発の割には儲かっている人は少ない。ということは資産効果も期待した程には現れない。
教授:年末にかけて多くの品目の値上げが予定されているけど、果たして消費はどうなる。株価上昇の資産効果はさほど大きくないとすれば、期待は賃上げしかないけど、物価には追い付きそうもない。実質賃金マイナスは続きそうだ(図2)。
図2 所得の動向 出典:『商工金融』2025年10月号、P.52
ワタナベ君:新内閣は物価対策を一番に掲げていますが、どんな政策を展開するつもりなのでしょう。
教授:まず言っておきたいのは、政治・政治家に物価は下げられない、ということです。電気料金などの公共料金は会社が申請しても政治的に上げさせない、あるいは上昇分を国が払うというのは可能。しかし一般物価の動向に政治は無力です。
選挙演説で“私が物価を下げます”なんて叫んでいる。自民党の総裁選でも多くの候補者がそんなことを言っていたけれど、経済学を勉強してない証拠だね。モノの値段を決めるのはそれを作った人と買う人の他はいないからです。価格は市場という経済の中心機構で決まり政治はその外にあるのです。
ワタナベ君:高市内閣がどんな手を使うか見ものですね。ガソリンと軽油について補助金を積み増し、その後に課している税金をやめる。これは与野党で合意しましたね。
教授:補助金は国の支出であり、税金をまければ税収は減る。どちらも財政に響く。なにしろ財政は危機的。プライマリーバランスさえ達成できない。企業収益が増えて法人税増収といっても、日本の好決算は一部の企業に限られている。中小企業の苦戦は続いている。だから増収になるかどうか疑問。そんなときに防衛費の増額をトランプ大統領と約束している。そうすると医療費が狙われて、“老人は負担増”の主張になる。
ワタナベ君:日本にはデフレ要因がまだくすぶっています。価格転嫁というのが主張されたけど、それができた中小企業は半分程度です(図3)。上げたくても上げられない。顧客がいなくなるのが心配。取引先からも圧力がかかる。値上げしなければ賃金は上げられないので、消費は増えない。高市政権が何もしなくても、予定されている製品価格値上げが一巡すれば物価は一時期安定するかもしれません。円安がそのままなら輸入からくる物価高はあるでしょうが。
図3 中小企業における価格転嫁の状況 出典:『信金中金月報』2025年10月号、 P.27
教授:所信表明では均衡財政に言及なし。むしろ積極財政が旗印になった。建設関係、軍事関係企業は歓迎だろうけど、前者はともかく後者は経済波及効果が小さいから景気刺激にはなりにくい。
言及なしは地方創生も同じ。2015年以来、各政権が引き継いできた長期政策がまったく語られない。日米会談では安部政権の継承は何度も話題になったようだが、前・石破政権についてはほとんど無視でした。菅、岸田両内閣への言及もなかった。彼らこそ安部後継者なのにね。
ワタナベ君:地方創生は無視だけど、代わりに成長戦略を掲げ、強い日本経済をスローガンにしています。その推進のために新しい会議を立ち上げるようです。岸田内閣から石破内閣へ引き継がれた「新しい資本主義」は何が新しいのかわからないうちに終了です!
教授:学者の世界では、ひと頃、脱成長が流行した。成熟した大人の身長が伸びないよう先進国の成長はもう無理。また、これ以上成長を目指すと環境負荷も大きいという見解だ。でも脱成長論は未来を描けなかったので、それこそ成長しなかった。
高市政権の目指す成長とは何なのか? 国民の幸せの増大になる成長であって欲しい。個人的には成長はそこそこでいいから、国民の二極化を避けるような工夫を考える方が先でしょう。