中世ヨーロッパの「黒死病」の大流行、火山活動が引き金だった、どういうこと?(ナショナル ジオグラフィック日本版)

 1347年、黒死病が南ヨーロッパに到達して瞬く間にイタリア半島全土に広がり、地域によっては人口の半数が死亡した。目撃者の記録からは一家全員が感染したケースや、犠牲者を埋葬するために共同墓地が掘られたことなど、恐怖に覆われた町々の様子が伝わってくる。 ギャラリー:ヨーロッパ人の3分の1を死なせた黒死病の歴史 画像10点  黒死病の猛威については誰もが知るところだろう。病原体であるペスト菌(Yersinia pestis)や、それを媒介するノミやネズミについて広範囲にわたって研究されてきたが、2025年12月4日付けで学術誌「Communications Earth & Environment」に発表された論文は、火山も黒死病が爆発的に拡大した要因だと主張している。  黒死病が人間で発生したのは1300年代初頭と考えられている。1330年代には中央アジアで猛威をふるったものの、地中海地域には1347年まで到達しなかった。  その理由はまだ明らかではない。だが、今回の研究結果によれば、火山の噴火によって寒冷化が進み、飢餓がまん延した結果、穀物の輸入が盛んになり、ペスト菌も一緒に持ち込まれたという。 「感染が拡大する要因がすべてそろっていました。1つでも欠けていたら大流行は起こらなかったでしょう」と、米国アリゾナ州立大学の歴史家ハンナ・バーカー氏は言う。中世ヨーロッパで黒死病の大流行が起こったのは、気候変動や、ノミがネズミに寄生するといった生物間相互作用、そして人間の活動があいまった結果だと言えるだろう。なおバーカー氏は今回の研究には関与していない。

 英ケンブリッジ大学の地理学者ウルフ・ビュントゲン氏は、同僚の研究者と共に年輪から過去2000年間の気温や降水量を再構築している。「ほぼ正確な年代決定ができます」とビュントゲン氏。  ヨーロッパ全土の樹木から得られた気候データを調べていたビュントゲン氏は、1345年から1357年にかけて、地中海地域全体の気温が平均よりも若干低いことに気付いた。「特に驚くほどのことではなかった」としながらも、気温を低下させた原因を知りたいと考えた。  寒冷化の要因となるエアロゾルを噴出する火山活動を疑った氏は、氷床コアの研究者に相談した。氷床コアとは氷河や氷床から垂直に掘削された氷の試料で、過去の大気組成などが保存されている。  グリーンランドと南極大陸で採取された氷床コアを調べると、1345年頃の層で硫黄の濃度が上昇していた。火山の噴出物に多く含まれている元素だ。その濃度の上昇は、恐らくは熱帯地域で火山が一度ないしは連続して噴火したことを示唆していた。  ビュントゲン氏はさらに中世の歴史を研究するマーティン・バオホ氏と協力し、火山の噴火の痕跡を社会の記録の中に見いだそうと試みた。すると中国とボヘミアで、計算上は起こりえない月食の報告が記録されていた。火山性粒子が漂う空で月の見え方が変化し、奇妙な報告が相次いだ可能性があると、ドイツ、ライプニッツ東欧歴史文化研究所のバオホ氏は指摘する。  長く続いた寒冷な状態は、地中海地域全体で作物の収穫に影響を与え、人間に黒死病の拡大を早める行動を促したと考えられる。  当時、イタリアの都市国家は食料安全保障に力を入れていたと、バオホ氏は言う。13世紀に発生した飢饉をきっかけに、遠い地域との貿易ネットワークを整えて、北アフリカや黒海沿岸地域などからも穀物を入手できるようにしていた。  当時の行政および法的な記録などを見ると、1346年から1347年にかけて穀物の価格が高騰し、食料安全保障への懸念がとても高まっていたことが分かる。「ベネチア共和国やジェノバ共和国といった強力な都市国家であっても、可能な限り穀物を輸入する必要性を痛感していました」とバオホ氏は説明する。  イタリアの都市国家はその数年前から、貿易摩擦のせいで北部黒海沿岸地域の大半を支配していたモンゴル帝国からの穀物の輸入を停止していたと、バーカー氏は言う。しかし、黒死病で多くの死者が出ているとモンゴルと、小麦が著しく不足していたベネチアやジェノバに貿易戦争をしている余力はなく、イタリアの都市国家は物資の輸入を許可した。  それらと一緒に黒死病も持ち込まれることになる。病原菌を保有したノミは穀物の粉塵の他、船にいるネズミの血を吸って生き延びられる。「平和と穀物取引の再開が感染を拡大させたのです」と、バーカー氏は言う。  都市国家は飢餓を概ね回避できたものの、「想像しうる最悪の危機に自らをさらすことになってしまいました」とバオホ氏は言う。ベネチアは輸入した穀物の一部をパドバやトレントにも送っており、そこでの感染爆発を招いた可能性がある。そして1348年末までにはイタリアの多くの都市と地中海地域全域で黒死病が大流行した。

ナショナル ジオグラフィック日本版

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