過剰診断や検査のデメリット、「当時は知らなかった」。甲状腺がんが見つかった福島出身の女性、「検査のあり方変わって」

会場後方に座っていた一般来場者の女性が真っ直ぐ手を挙げた。

詰めかけた地元の高校生らの視線が一斉に集まる。女性は言葉を探すように、ゆっくりと話し始めた。

「甲状腺がんの手術をしました。学生の時、『みんな受けるから』という理由で甲状腺検査を受けました」

「仕事を休まなければならなくなったり、追加で治療をしなければならなかったり。(手術の)傷が残ってしまうというのが一番不利益なことです」

「正しい知識を持って、自分にいま必要な検査なのかどうか、自分の意見も大切だなと思うので、その辺りもきちんと考えてほしいです」ーー。

こんな一幕があったのは、11月29日に福島県郡山市で開かれた企画展「甲状腺検査と甲状腺がんのほんとうを知ろう」の終盤だった。

東京電力福島第一原発事故後、福島では県民健康調査の一環で、事故当時18歳以下だった県民ら約38万人を対象にした「甲状腺検査」が実施されている。

同検査を巡っては、放置しても生涯にわたって何の害も出さない病気を見つけてしまう「過剰診断」の問題が指摘されてきた。しかし、県は過剰診断の被害を公式に認めていない。

こうした現状に危機感を感じた「若年型甲状腺癌研究会(JCJTC)」が今回、企画展を開催した。

会場で発言したのは、県内出身の女性。今回、SNSで企画展があることを知り、「自分の経験が誰かの役に立つかもしれない」と会場を訪れたという。

女性は企画展終了後、ハフポスト日本版などの取材に応じ、これまでの経緯や甲状腺検査に対する思いを語ってくれた。

甲状腺検査の開始を前に実施されたリハーサル(福島市の福島県立医科大学、2011年10月8日撮影)

女性が初めて県民健康調査・甲状腺検査を受けたのは2013年。

この1回目の検査で異常を指摘されることはなかったが、次に訪れた人生2回目の検査で、「結果が良くない」と判定された。

女性は2次検査を受けるため、福島県立医科大学(福島市)を訪れた。そこで、がんを疑う部分に針を刺して細胞を採取し、細胞の良悪性を判定する「細胞診」という検査を行うと説明された。

「細長い針を首に入れると言われたので怖くなりました。でも、看護師さんに『3歳児でも泣かずにやっているから大丈夫』と言われ、覚悟を決めました」

細胞診の結果は良性だった。その後も検査継続のため、毎年福島医大に通ったが、判定は変わらず良性だった。

「もう大丈夫だろう」。こんな気持ちも芽生え始めていたが、社会人になり、生活にも慣れ始めた年の春、突然「悪性」と判定された。

前年に就職したばかりだった女性は、その時のことを「命とか、仕事とか、この先どうなるのだろうと、ものすごく不安になりました」と振り返る。

がんの種類は、比較的予後が良いとされる「甲状腺乳頭がん」だった。「すぐに手術を受けた方がいいか」と主治医に尋ねると、「1、2年も待つのはお勧めしない」と告げられた。

「がんだから早く取るにこしたことはない。取れば終わるんだから」。当時、手術以外の選択肢を考える余裕はなく、外科に移り、手術を受けた。

手術は成功。しかし、手術後に追加の治療が必要になったり、甲状腺の全摘後に、倦怠感や疲れやすさが顕著に出た

日勤の仕事も体力的に厳しくなった。職場の人たちの「腫れ物に触る感じ」の接し方も辛くなった。

働くことが難しくなり、勤め先のあった首都圏を離れ、福島県内の実家に戻って休職することに決めた。

11月29日に開かれた企画展「甲状腺検査と甲状腺がんのほんとうを知ろう」

「自分はなぜ甲状腺がんになったのだろう」ーー。“がん”と診断されて以来、何度もそう自問した。

自ら勉強してきた結果、福島の甲状腺検査で見つかっている甲状腺がんが、原発事故の影響だとは考えられなかった。

実際、県が行った基本調査では、原発事故後4カ月間の外部被ばく線量は99.8%が5ミリシーベルト未満だったことがわかっている。

甲状腺検査などについて話し合う福島県県民健康調査の検討委員会も、現時点で「甲状腺がんと放射線被ばくの関連は認められない」という見解を示している。

なにより、原子力放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)は、2020/2021報告書で「福島で起きた原発事故の放射線被ばく量は、将来にわたって健康影響を及ぼすほどではないレベル」と評価している。

「では、なぜ……」。調べるうちに辿り着いたのが、「過剰診断」という言葉だった。

放置しても生涯にわたって何の害も出さない病気を見つけてしまう、という検査の問題だ。初めて聞く言葉だった。

「メディアでもきちんと報じられている?」「県もきちんと住民に周知している?」と思わざるを得なかった。

UNSCEARは2020/2021報告書で、福島で見つかっている小児の甲状腺がんについて、「増加は放射線被ばくの結果ではなく、むしろ高感度の超音波検査の結果」と指摘している。

国際がん研究機関(IARC)も2018年、「原発事故後に甲状腺のスクリーニングを実施することを推奨しない」という提言を出していた。

さらに、今から10年以上も前の2014年には、甲状腺がんの過剰診断問題についてまとめた韓国の論文が、権威ある「New England Journal of Medicine」に掲載されているという。

「がんの中には、見つけさえしなければ一生症状を出さず、命に影響しないものがあると知り、衝撃だった」

自分が診断された「甲状腺乳頭がん」も、甲状腺がんの中で最も予後が良いタイプだということを知った。

亡くなった人を解剖したら、約10%の人から甲状腺がんが見つかったという剖検のデータもあるという。もちろん死因は甲状腺がんではない。

調べれば調べるほど、甲状腺がんにはこうした“知らされていない事実”が多いことに驚いた。

過剰診断で被る不利益の可能性(緑川早苗先生らへの取材をもとに作成)

「つまり、私ががんになったのは、見つけにいったからということ? 検査にこんなデメリットがあるなんて、学校で検査を受けていた時は知らなかった」

現在配られている小冊子「福島県『県民健康調査』甲状腺検査 検査のメリット・デメリット」には、デメリットの欄に「将来、日常生活や命に影響を及ぼすことのないがんを発見し、治療する可能性があります」と記述されている。

女性が学生の時に検査を受けた当時も、こうした過剰診断に関する情報は浸透していなかった。検査も「学校行事の延長」のように行われていたという。

「私自身、周りの同級生が受けるから受けました。クラスメイト30人のうち、検査を受けない人は2人ほどでした。『学校の授業時間内に行われるなら受けようかな』『どうせ無料だし』という感じです」

福島県は2023年12月、「甲状腺検査に関するアンケート調査」の結果を公表。検査対象者の半数以上が、メリット・デメリットについて「知らなかった」と回答している。

「検査は任意とされていても、福島県が実施しているものなので、『受けないといけないのかな』という空気もありました。そんな状況の中、軽い気持ちで検査を受け、見つけなければ無害だったかもしれないがんを見つけてしまった、ということなんだなと」

そう語った女性は、「これを見てください」と服の襟を少しめくり、記者らに手術痕を見せた。首の中央を横切るように、一本の線が残っていた。

過剰診断によって被る不利益の可能性については、体調への影響や手術痕のほか、経済的負担・時間の損失、就職や恋愛、職場生活など社会生活への影響も指摘されている。

女性は、「福島の甲状腺検査については、検査のデメリットのほか、甲状腺がんになった人の体験談や手術を受けたことで起きた不利益などをわかりやすくネットで提示する必要があると思います」と述べた。

「がんと診断されたら間違いなく手術に踏み切ります。検査対象の子どもたちが、『検査自体を受けなければ良かった』と思わないような検査のあり方に変わっていってほしいです」

地元の高校生は企画展を通し、「過剰診断の情報が知れ渡っていない現実」を感じたという

11月29日の企画展では、福島で行われている甲状腺検査や甲状腺がんの基本がわかるポスターが掲示されたほか、有識者によるビデオメッセージが流された。

また、検査のあり方を検討する県の有識者会議で委員を務めた甲状腺専門医・髙野徹さん(甲状腺がんの分子病理学)と、地元学生との「ミニ対談」も開かれた。

ハフポスト日本版が企画展に来場した2人の地元高校生に話を聞いたところ、2人とも甲状腺検査の対象者となっているが、「今はもう検査を受けていない」と語った。

そのうちの1人は、「学校で検査が行われていたことから、学校行事のように『なんとなく』受けていたが、過剰診断などのデメリットがあると知り、親と相談して受けなくなった」と話した。

学校の会話の中で検査にデメリットがあると聞いた時は、「寝耳に水で、非常に驚いた」といい、「福島県はデメリットを分かりやすく伝えてほしい」と述べた。

また、別の高校生も「過去に1回だけ検査を受けたが、親が『受けなくてもいい』と言ったので、受けなくなった」と語った。

その上で、「学校で検査が行われると、皆が“学校行事”のように受けてしまう。自分で検査を受けるかどうか判断できるように、県やマスコミもきちんと情報発信をしてほしい」と話した。

一連の問題を議会で取り上げている福島県の渡辺康平県議(自民党)も企画展を訪れた。

渡辺県議は「これだけ過剰診断に関する指摘が専門家や国際機関から出ているのに、議会でも検査を止められないというのが問題」と述べた。

さらに、「問題意識も県庁や議会の中でなぜか広がらない」とし、「県議会の一般質問でも、担当課からは“テンプレート”のようななんとも言えないような回答が続いている。関係者は福島の子どもの人権に関わるこの問題にしっかり向き合ってほしい」と訴えた。

なお、企画展を主催したJCJTCは6月12日、福島県に対し、「福島県県民健康調査『甲状腺検査』に関する要望書」を提出している。

内容は、①甲状腺検査を学校の授業時間内に実施しない②過剰診断の意味と国際専門機関からの勧告を正式に伝える③利害関係のない新たな委員会を設置するーーの3点。

特に①については、「学校の授業時間内の集団検査は、子どもたちが検査への参加を断りにくくする状況を生み出し、医学倫理的に問題がある」と指摘した。

予算、研究業績、名誉……。約1000億円という莫大な予算が配分されて始まった県民健康調査の裏には、どのような思惑が渦巻いているのか。

ハフポスト日本版は、福島で実施されている甲状腺検査と過剰診断の問題について、専門家のインタビューなどを報じてきた。

これまでに配信した記事は「関連記事」などから読むことができる。

関連記事: