エージェント化するECの未来 Visaが示す「人間不在まで3年」の道筋

VisaのAgentic Commerceにおける取り組み「Visa Intelligent Commerce」

AIエージェントを介した金融取引に関する議論や活動が活発化している。特にAIエージェントがEC上での購買行動を担う「エージェンティック・コマース(Agentic Commerce)」について、本連載でも何度か話題を取り扱っているが、非常に動きが速くトレンドを適切にキャッチアップするのが非常に難しい。

今回、この分野で最先端を走る企業の1つであるVisaについて、同社アジア太平洋地域イノベーション・成長プロダクト責任者のアビジート・ラメッシュ(Abhijeet Ramesh)氏に話をうかがう機会を得たので、この分野における同社の取り組みと市場への展望についての話をまとめる。

最初にVisaの同分野での立ち位置について説明しておこう。以前に同社シンガポール拠点で開催されたイベントの模様を伝えたが、その直前にあたる2025年4月30日(米国時間)に「Visa Intelligent Commerce」を発表している。

AIエージェント時代に求められる決済機能をインフラに提供するのが主眼であり、そのために何が必要なのか、Visaでは何が提供できるのかを盛り込んだものだ。

Visa Intelligent Commerceについて説明する米Visaで最高製品・戦略責任者のジャック・フォレステル(Jack Forestell)氏。2025年6月のシンガポールにて

同時期には競合にあたるMastercardも「Agent Pay」を発表している。

内容としては両社ともに「AIエージェントが安全に“決済代行”を行なう仕組み」を提供する点で共通だが、指向性は若干異なっている。

Agent Payでは今年6月に発表されたばかりの「AP4M(Agent Pay for Machines)」にみられるように、最近になりブロックチェーンやステーブルコインを組み合わせることで“マシン間(AIエージェント同士など)”で低コスト超高速取引が可能なインフラを広く展開する傾向がみられる。これはリンクでも紹介したStripeのMPP(Machine Payments Protocol)の取り組みに近い。

他方で、Visaは人間がAIエージェント(ChatGPTなど)を介してECを利用する場合、この取引をECサイト側が受け入れ、かつ当該取引専用の“トークン”で安全性を担保しながら決済処理を完了できるという。

TAP(Trusted Agent Protocol)を使った対人インターフェイスを持つAIエージェントに決済機能を付与する取り組みが現在の主軸になっているようだ。

実際にVisaは、OpenAIやAnthropicなど主要なAI開発ベンダーと本件に関して提携し、インフラ構築支援に近い立ち位置にあるというのが筆者の印象だ。

Ramesh氏も「Visaはエージェンティック・コマース現実化のなかで決済エコシステムの実現者(Enabler)として、そこで必要な信頼と管理の仕組みの構築に注力している」と述べている。

Visa アジア太平洋地域イノベーション・成長プロダクト責任者のアビジート・ラメッシュ氏

Ramesh氏によれば、「AIエージェントが決済を行なう」という切り口での“エージェンティック・コマース”はすでに米国で商用化され、本番環境で実際に大規模な取引がスタートしているという。

代表的な例として同氏が挙げるのがショッピングサービスの例で、自社プラットフォームに在庫がない場合にAIエージェントが他社サイトから調達を行なったり、あるいはB2B取引で調達から決済、照合の自動化といった、決済が絡むバックエンド業務でAIエージェントが動作するケースがあるようだ。

これらは主にB2B用途でのユースケースだと思われるが、同氏が主にB2Cを想定したエージェンティック・コマースにおける最大の課題として挙げているのが「加盟店(Merchant)の準備不足」だ。

従来のECサイトは人間向けに設計されており、AIエージェントのような機械による判読性が難しい。またサイト自身がAIエージェントをブロックしてしまうことで買い物を完了できない問題がある。

エージェンティック・コマースで同様のプロトコルを発表するOpenAI/StripeやGoogleでも、アプローチこそ違えど問題意識は一緒であり、まずは“口を開く”という部分が出発点となる。

先ほど触れたTAPはその好例で、VisaとCloudflareの共同開発で生まれた。

Visa Intelligent Commerce推進の一環として、6月に米カリフォルニア州サンフランシスコで開催されたVisa Payments Forum 2026では、ECのAIエージェント対応度を評価するツール「Agent Score」、信頼できるAIエージェントと加盟店をリスト化して信頼性を担保する「Agentic Directory」、何十億もの膨大な取引データを学習させたリスク判定を可能にする「Large Transaction Model」なども発表されており、エージェンティック・コマース導入により今後課題となりそうなトピックをあらかじめ網羅し、その対策ツールを提供する準備を進めている。

また銀行やカードイシュアがエージェンティック・コマースの取引を拒否しないようにする「Agentic Ready Program」が今年4月に発表されており、アジア太平洋地域では10の市場で50のパートナー銀行が対応済みだと同氏は説明している。

日本でもSBペイメントサービス、クレディセゾン、三井住友カード、三菱UFJニコス、楽天カードの5社が同タイミングで対応発表している。

Visa Singapore Innovation Centreのある71 Robinson Road

前述の通り、“現状”のVisaでは“対人インタラクション”を主軸としたAIエージェントを使ったエージェンティック・コマースを想定しているが、Ramesh氏は現在世間には「汎用エージェント(General Purpose Agent)」「垂直型エージェント(Vertical Agent)」「個人用エージェント(Personal Agent)」の3種類が存在し、それらすべてに対して“決済オプション”が組み込まれていることが不可欠だという。

汎用エージェントの代表例は「Siri AI」であり、あらゆるカテゴリでの処理を一括して実行可能な、いわゆる「AIエージェント時代のスーパーアプリ」と呼べる存在だ。垂直型エージェントは例えば「旅行手配」など特定分野(Vertical)に特化したエージェントで、その分野において特に専門性を発揮する。

個人用エージェントについては汎用エージェントとの違いが分かりにくいが、同氏によれば「目当てのコンサートチケットを最速でゲットする」といった特定目的に特化した自作あるいはカスタマイズ済みエージェントのことを指しており、大枠では汎用エージェントの範疇に含まれる機能限定版エージェントと言えるかもしれない。

いずれにせよ、商品を検索(クローリング)するだけでなく決済が完了してはじめてECというエコシステムでのマネタイズが可能になるわけで、これを実現できるインフラを構築することがVisaの大きな使命だという考えだ。

この取引を安全に行なうための取り組みだが、基本的にはカード番号等をECサイト側には渡さず、あくまで当該の取引に限定した専用トークンを発行することで対応する。また、AIエージェントの動作そのものの信頼性を高めるため、エージェントへのカード追加や購入指示を行なうタイミングなどで、パスキー(Passkey)のような生体認証を用いて安全性を確保する。

先ほどTAPやAgentic Ready Programの話題に触れたが、ECサイト(Merchant)とは別にイシュア(銀行)側には当該の取引が「(信頼された)エージェント」であることを明示しておき、合わせて「1日50回以上の取引は高リスク」といったルールを事前に設定することでさらなる安全性を確保する。

ここまでは、エージェンティック・コマースが買い物の手法……言い方を変えれば「フロントエンド」部分の変革を主眼に置いているが、それと同時に「決済」にかかわるインフラそのものを変革するのが「ステーブルコイン」や「ブロックチェーン」の技術だ。

フロントエンドに対する「バックエンド」と呼べる部分だが、過去の記事でも触れたように、エージェンティック・コマースによって“対人インタラクション”が経るごとに取引スピードは加速し、最終的に単位時間あたりのトランザクションは膨大なものとなる。MastercardのAP4MはWeb3関連企業や組織との連携に活路を見出しつつあるようだが、Visaは自身のVisaNetのインフラを最大限に活用してこの問題を切り抜けるようだ。

Ramesh氏は「Visaの決済ネットワーク(VisaNet)はすでに年間何十億から何百億もの膨大なトランザクションをグローバルで処理しており、ネットワークの設計段階から将来的な需要の急増を見越して処理能力を構築している。既存インフラのスケールで充分に対応できるほか、爆発的なトランザクション増加においてもグローバル単位でデータセンターを分散配置することで回復力(Resiliency)を備えており、処理能力上の懸念はない」と太鼓判を押す。

他方で、このインフラの将来的な変化についても同氏は触れており、長期的にはVisaがフロントエンドで進めている変革と、バックエンドで起きつつあるインフラの変質は合流することになり、より自律的なAIエージェントがステーブルコインと“(ブロックチェーンの)スマートコントラクト”を組み合わせることで、より効率的かつ高速に自動的に決済を行なうことになるとも予測する。

ただ、高速マシン間取引で実現されるとみられる「マイクロペイメント」の世界で必要となる取引コスト削減については、実現までまだ時間がかかるのではとも述べている。

シンガポールの夜景

エージェンティック・コマースが将来的に指向するのは、EC取引の過程で人間が介在する瞬間をできるだけ減らし、重要な部分の判断にのみ介在させることで取引をスムーズに行なわせることだ。

Ramesh氏は「Human in the Loop(人間が介在するプロセス)」と表現しているが、今後2~3年で多くのECがエージェンティック・コマースへと変革していく一方で、人間が途中で介在しない完全な自律化にはまだ3年近くかかるのではないかとも述べている。そのため、当面は購入前に逐次確認が入る「Human in the Loop」でありながらも、ユーザーの信頼を構築する過程で徐々に自律化への道を歩んでいくことになるという。

同氏が日本の関係者ならびにユーザーに対して訴えるのは、エージェンティック・コマースは消費者の生活を豊かでシンプルなものにするが、それ以前に最も重要なのは「信頼の構築」であり、時間をかけてこのプロセスが進展することに期待しているということ。

いずれにせよ、ユーザーがAIエージェントとそれによる決済を信頼しなければエージェンティック・コマースは成り立たない。変革と同時にこうした下地を醸成することがエージェンティック・コマース普及を考える関係者に求められているのだろう。

Visaのロゴ

関連記事: